第10話 魔王ってなんだろう
朝食を済ませ、工房へ向かう準備をした。
俺は昨夜の紙を机から取る。
明るいところで見ると、鋏の絵は、さらに歪んでいた。
右の輪が大きい。
左の輪は、やけに細長い。
このまま作られたら、困る。
俺は横に、実物の形は相談して決める、と書き足した。
「何か不足がありましたか?」
セレスがのぞき込む。
「絵の腕が少し」
「形はわかりますよ」
「使いやすい形かどうかは、別なので」
紙を広げ、昨日書いた条件を確認する。
刃の長さ。持ち手の形。開閉の滑らかさ。
重さは数字で指定するより、手に持って相談したい。材質や刃の作り方についても、職人の話を聞く必要がある。
俺が知っているのは、何を使いたいか、どう使いたいかだ。
それを作る方法まで、全部知っているわけではない。
「まず、普通の鋏からですね」
「はい。すきバサミもお願いしたいですけど、こちらの道具でどこまでできるか、見せてもらってから相談します」
セレスは下の方へ目を移した。
そこで、止まる。
「……『指を入れるところに、牙は不要』」
「はい」
「これは、昨夜のうちに?」
「寝る前に思い出したので」
「そこまでお気になさっていたのですね」
「最優先事項です」
セレスが口元を押さえた。
昨日は魔王も娘も見ていたので、笑うのを控えていたのだろう。
今日は、だいぶ余裕がある。
「職人には、先に伝えておきます」
「お願いします。竜そのものが嫌いなわけではないんですけど」
「ええ。指を入れる場所には、必要ありませんね」
ちゃんと通じた。
この一点だけでも、付き添ってもらえるのは心強かった。
*
工房は、城の別棟にあるという。
廊下を歩く間、セレスは今日の段取りを説明してくれた。
まず、担当する職人に紹介してもらう。手持ちの道具を見せてもらい、寸法や用途を相談する。
材料や作業にかかる時間も、その場で聞く。
「今日中に作っていただけるとは限りません」
「もちろんです。ほかの仕事もあるでしょうし」
「はい。魔王様からは、ユウ様の話をよく聞き、必要なことを相談するようにと」
俺は少し、歩く速度を落とした。
「……セレスさん。一つ、聞いてもいいですか」
「何でしょう」
「魔王様って、ずいぶん話を聞いてくれる方なんですね」
セレスが、こちらを見る。
「昨日も、俺が知らないことを急かさなかったですし。泊まる場所まで用意してくれて。今朝も、無理に今日中に作れ、という話ではないんですよね」
「必要な道具が、急いで使えないものになっても困りますから」
「確かに」
俺は紙を持ち直した。
「俺のいた世界の物語だと、魔王は、だいたい怖い敵だったんです。ゲームでも、最後に倒す相手で」
セレスの眉が、少し上がった。
「魔王という名前だけで?」
「そういう話を、よく見てきたので。正直、昨日も最初は身構えました」
「お会いになって、どうでした?」
頭に浮かんだのは、娘の感想を待っていた顔だった。
そして、こちらの都合で招いた者を外へ出すつもりはない、と言った声。
「……今のところ、よく話を聞く王様と、娘さんに格好よく見られたいお父さんです」
セレスが笑った。
「どちらも、間違ってはいないと思います」
それから、少し真面目な顔に戻る。
「ただ、お仕事のことは、これからご覧になる機会もあるでしょう。昨日の魔王様は、ご家族の前でもありましたから」
「そうですね。まだ、一日しか知りませんし」
娘に弱いだけで、国を治められるわけではない。
けれど、怖い名前だから邪悪だと決めつけるのも、違うのだろう。
魔王とは、そもそも何なのか。
俺の知る物語と、この世界で、その意味が同じとは限らない。
その辺りは、もう少し落ち着いたところで聞いてみたい。
「まずは、今日の道具ですね」
俺が言うと、セレスがうなずいた。
「はい。使い道を一番よく知っているのは、ユウ様ですから」
廊下の先で、金属を打つ音がした。
一定の間隔で、硬い音が響いている。
別棟へ渡ると、空気の匂いが変わった。火と、熱した金属。それから、削った木の匂い。
開いた扉の向こうには、作業台が並んでいた。
壁に掛かった工具。積まれた材料。使い込まれた手の人たち。
俺はメモの端を、指でそろえた。
こちらの欲しいものを、わかるように伝えよう。
作り方は、教えてもらおう。
「こちらです」
セレスに続いて、工房へ入る。
奥にいた職人が、手を止めて顔を上げた。




