第5話 報酬と次の予約
「ユウよ。見事な仕事であった」
魔王が椅子から立った。
髪が揺れ、肩へ収まる。
もう一度、鏡を見た。
話をする前に、確認したくなるらしい。
「望みを申せ。相応の褒美を与えよう」
セレスが合図をすると、兵士が小さな箱を運んできた。
蓋が開く。
金貨が入っていた。
俺は金貨を見た。
小卓の刺繍用の鋏を見た。
もう一度、金貨を見た。
店の会計に、箱が出てきたことはない。
「……まず、この世界のお金について教えていただけますか」
「金貨をご存じないのですか?」
セレスが聞く。
「お金だとはわかります。ただ、一枚で何が買えるのかがわからないので」
喜ぶにも、判断材料が欲しい。
魔王は箱の中から、一枚を取った。
「では、まずこれを受け取れ。我から、お前の腕への謝礼だ」
大きな手が差し出される。
「住まいについては、別に用意させる。こちらの都合で招いた者を、行くあてもなく外へ出すつもりはない」
俺は顔を上げた。
「泊まる場所も、お願いできるんですか」
「城内に客室がある」
助かった。
元の財布も、携帯も、家の鍵もない。
カットの間は仕事に集中していたが、鋏を置くと、そういう現実が戻ってくる。
「ありがとうございます。では、謝礼はありがたく頂戴します」
金貨を受け取った。
ずしりと重い。
この後、買い物をする前に、きちんと値段を教わろう。
「ほかに、必要なものは?」
魔王が聞いた。
「道具を作ってくれる職人さんを、紹介していただきたいです」
「鋏か」
「はい。今日はお借りしたものでできましたが、これからも切るなら、自分の手に合うものが欲しいので」
俺は小卓の鋏を見た。
「髪用の鋏と、毛量を調整するすきバサミ。それから、櫛も相談できれば」
「手配いたします」
セレスが答えた。
「まず城の職人に話を聞き、必要でしたら、ほかの職人もご紹介します」
「助かります。今日、道具を集めてくださった皆さんにも、ありがとうございました」
兵士たちに頭を下げる。
何人かが、慌てて背筋を伸ばした。
金色の鋏を持ってきた兵士も、盆を抱えてうなずいていた。
あの鋏は、契約の儀で活躍してもらおう。
俺の指とは、契約しなくていい。
「それと、ユウよ」
魔王が言った。
「次も頼む」
「はい。伸び具合を見て、相談しましょう」
「いつだ」
「切ったばかりですので、しばらくは大丈夫です」
「娘が、次もこれがよいと申した」
理由は知っている。
俺も、その場にいた。
「では、何週間かしたら、一度見せていただけますか。この髪が、どのくらいの速さで伸びるかも知りたいので」
「よかろう」
セレスが手帳を取り出した。
予定を書き込む。
見慣れた動作に、俺は少しほっとした。
この世界でも、次の予約は手帳に入るらしい。
娘が魔王の手を引いた。
「お母様にも見せよう」
「そうだな」
魔王は娘について歩き出し、途中で止まった。
壁際の鏡を見る。
髪を触る。
「お父様、早く」
「うむ」
今度こそ、二人は広間を出ていった。
世話係と兵士たちが続く。
少し静かになった広間で、セレスが手帳を閉じた。
「お疲れさまでした。ユウ様」
「こちらこそ。水と風、助かりました」
「私も、よい勉強になりました」
そう言ってから、彼女は自分の髪に触れた。
きちんとまとめた銀髪。
こめかみの辺りが、やはり少し引かれている。
「……あの」
「はい」
「私の髪も、お願いできますか」
「もちろんです。切りたいところや、気になることはあります?」
「長さは残したいのですが。この結び方だと、夕方には少し頭が痛くなってしまって」
「毎日、同じように結んでいるんですか?」
「はい。仕事の邪魔にならないので」
俺はうなずいた。
「では、まずほどいた状態を見せてください。切らなくても、結び方を変えるだけで楽になるかもしれません」
「切らなくても?」
「髪を整える方法は、切るだけではありませんから」
セレスは少し驚いて、それから笑った。
俺は椅子に残った髪を払い、鏡の位置を確かめた。
「どうぞ。こちらへ」
セレスが座る。
俺は鏡越しに目を合わせた。
「お待たせしました」
まだ店も、看板もない。
借り物の鋏と櫛、それに大きすぎる鏡があるだけだ。
それでも、次のお客さんが椅子に座った。
俺は清潔な布を手に取った。




