第4話 仕上がりを娘が判定する
左右を整えた後、俺は後ろへ回った。
長さは残す。肩に触れたところでどう曲がるか、櫛を通して下ろし、指で軽く動かして確かめる。
厚く重なる部分だけを取り分け、普通の鋏で少しずつ調整した。
表面の髪を戻し、また確認する。
右を見て、左を見て、正面の鏡を見る。
角の横は、短くしすぎずに流れを作った。髪が角の根元へ絡みにくいよう、櫛を通す方向も確かめておく。
「もう終わり?」
娘が聞いた。
「もう少し。最後に、気になるところがないか見てるんだ」
「まだ切るの?」
「必要ならね。でも、切らなくてよければ切らないよ」
女の子は考えてから、うなずいた。
魔王は、布の上の髪を見た。
「もう、十分ではないか」
「確認だけです。今、少し動かしても大丈夫ですので、顎をゆっくり引いていただけますか」
魔王が顎を引く。
後ろの毛先が動く。
「次は、お顔を左右へ」
魔王は動かなかった。
娘を見ている。
「……今は、よいのか」
「今はいいよ」
許可が下りた。
俺の説明にも、娘の承認が必要らしい。
動いた髪が、自然に戻る。
襟足の端をほんの少し整えて、俺は鋏を置いた。
「はい。お待たせしました」
櫛と清潔な布で、顔や首元の細かな髪を払う。
肩の布は切った髪がこぼれないように畳み、外した。
黒い衣装の上へ、整えた髪が落ちる。
長さは大きく変えていない。
けれど、横へ広がっていた髪が収まり、顔の輪郭がはっきり見える。角の周りの膨らみも抑えたので、二本の角が、さっきよりすっきりと際立った。
元々、整った顔立ちの人だ。
髪が落ち着くと、その顔がちゃんと見える。
魔王は鏡を見た。
少し右を向き、左を向く。
手を上げかけて、俺を見る。
「触ってもよいか」
「どうぞ」
指が髪の表面を通る。
次に、耳の横。そして角の根元。
「軽いな」
「厚く重なっていたところを減らしました。長さは残してあります」
「うむ」
魔王は満足そうにうなずいた。
それから、すぐ娘を見た。
「どうだ」
女の子が椅子から降りる。
魔王の前に立って、顔を見上げた。
魔王は待つ。
俺も待つ。
セレスも、兵士たちも、何となく待っている。
女の子は左右を見て、少し背伸びをした。
「お父様だ」
「うむ」
「前のより、かっこいい」
魔王の口元が緩んだ。
隠す気は、ほとんどなかった。
「そうか」
「うん。こっち、ぼわってしてない」
小さな手が、自分の頭の横で広がる。
「そうか、そうか」
二回目の、そうか、が出た。
かなり気に入っている。
「触ってみてもよいぞ」
魔王が身をかがめた。
娘が髪に手を伸ばす。指が通ると、目が少し大きくなった。
「からまらない」
「であろう」
切った本人みたいな顔である。
俺は小卓の道具を片づけながら、笑った。
「長さを残したので、明日も同じように整えられると思います。ただ、朝の風は弱めにお願いします」
セレスが深くうなずいた。
魔王も、今度は異論なくうなずく。
「覚えておこう」
娘はもう一度、父親の髪をなでた。
「次も、これがいい」
その言葉を聞いたとき、胸の奥が、ふっと温かくなった。
元の店でも、何度も聞いた言葉だった。
次も、これがいい。
また、お願いね。
帰れない寂しさが消えたわけではない。
それでも、この場所で自分の仕事を喜んでもらえたことは、確かだった。
「ありがとうございます」
俺が言うと、娘がこちらを向いた。
「お父様、かっこよくしてくれて、ありがとう」
今度は俺が、うれしい顔を隠せなかった。




