第16話 え?日本語じゃないの?
俺は空になった器を置き、向かいのセレスを見た。
「あの、今さらなんですけど」
「はい」
「俺、セレスさんと普通に話していますよね」
「そうですね」
「俺が話している言葉、何語に聞こえています?」
セレスは少し考えてから答えた。
「この国の言葉に聞こえています」
「日本語ではなく?」
「ニホンゴ……ユウ様が、元の世界で使っていた言葉ですか?」
「はい。俺はずっと日本語を話しているつもりなんです。セレスさんの言葉も、日本語として聞こえています」
セレスは、ようやく俺が何を聞きたいのか理解したらしい。
「ああ。召魂の儀の術式ですね」
「召魂の儀?」
「ユウ様をこの世界にお招きしたときの儀式です。その術式には、言葉を通じさせるための仕組みが組み込まれています」
召喚されたときから、言葉が通じるようになっていたのか。
「俺が日本語で話しても、セレスさんには、この国の言葉で聞こえるんですか?」
「はい。私の言葉も、ユウ様には日本語として伝わっています」
「だから、魔王様とも最初から話せたんですね」
「言葉が通じなければ、お招きしてもお話ができませんから」
「確かに。それは困りますね」
召喚された先で、目の前には大きな角のある魔王。
しかも言葉が通じない。
髪を切る相談どころではない。
「でも、セレスさんは俺が日本語を話していることを、知らなかったんですね」
「ユウ様が、どのような言葉をお使いになるかまでは知りませんでした。私には、最初からこちらの言葉に聞こえていましたので」
「なるほど。俺も、セレスさんが何語を話しているのか、わかっていなかったわけですね」
「はい。お互いに、普段使っている言葉で話していたつもりだったのです」
話せるのが当たり前すぎて、考えもしなかった。
魔王の髪を切ることや、鋏を探すことで頭がいっぱいだったのもある。
「それなら、俺が元の世界の言葉を使えば、何でも伝わるんですか?」
「言葉は伝わります。ただ、こちらにないものは、名前を聞いてもわからないことがあります」
「たとえば、先ほどのポテトです。ユウ様は芋の名前だと説明してくださいましたが、私は実物を見たことがありません」
「ああ。ガルドさんにセニングを説明したときも、名前だけでは伝わりませんでしたね」
「はい。どんな形で、何に使うものなのかを伺って、初めてわかりました」
そういえば、魔王に会ったときもそうだった。
「俺が『美容師』だと言っても、魔王様には伝わりませんでしたね」
「はい。私たちの世界にはない言葉でしたので、名前を聞いても、どんなものなのかわかりませんでした」
「髪を切ったり、整えたりする仕事だと説明して、ようやくわかってもらえたんですよね」
言葉が通じるからといって、相手も同じものを知っているとは限らない。
そこは、元の世界でも同じだ。
「召魂の儀って、そこまで考えてあるんですね」
「お招きした方が、こちらで困らないようにするためです」
「実際、かなり助かっています」
もし言葉が通じなかったら、ガルドと鋏の相談もできなかっただろう。
俺が礼を言うと、セレスは少し照れたように笑った。
「お役に立ててよかったです」
そこで、もう一つ気になった。
ガルドは、俺が描いた鋏の絵だけでなく、横に書いたメモも読んでいた。
――指を入れるところに、牙は不要。
俺は日本語で書いたつもりだったが、あれも読めていた。
「……セレスさん。もう一つ、聞いてもいいですか?」
「何でしょう?」
「文字も、ですか?」
俺が机の上のメモを指すと、セレスはその紙へ目を向けた。




