第12話 美容師と職人、互いの仕事を知る
ガルドが並べた鋏を、一本ずつ持たせてもらう。
輪が小さいもの。
持ち手が長いもの。
軽いが、指を入れると妙に手が窮屈になるもの。
刃を閉じたまま持ち替え、指の位置を確かめる。
「これは、親指を動かしやすいですね」
「さっきのと、何が違う」
「輪の位置です。こっちだと、無理に指を開かなくて済みます」
俺は二本を並べ、持ち手の違いを指で示した。
ガルドは鋏を見比べてから、俺にもう一度持つよう促した。
「ゆっくり動かしてみろ」
開く。閉じる。
さっき説明したとおり、親指を動かす。
ガルドは正面から、それから横へ回って、手元を見た。
「輪の大きさだけ合わせればいいわけでもないんだな」
「はい。指が入っても、動かしにくいと疲れますし。浅くかけた親指が、引っかからずに抜けることも大事です」
「しっかり握り込む方がいいと思っていたが」
「髪をとかしたり、毛束を取り直したりするので、ずっと同じ握り方ではないんです」
コームを持ったつもりで、左手も動かして見せる。
ガルドは、今度は俺の両手を追った。
「髪を切っていない間の使い方も、見た方がよさそうだな」
「そうしてもらえると助かります」
鋏が開くか、閉じるか。
それだけなら、どれもできる。
けれど、仕事の中では、その前後にも手を動かしている。
自分には当たり前すぎて、説明から抜けていた。
「刃の長さは?」
「普段使っていたものに近いのは、このくらいです。ただ、これは持ち手が違うので、同じ感覚では使えませんけど」
候補を一本、紙の横へ置く。
ガルドはうなずいた。
「なら、まずはこの持ち手と、そっちの長さを目安にするか。実際に合わせて、重さも見てもらう」
「お願いします」
「軽ければ軽いほどいい、という話でもなさそうだ」
「はい。持ったときのバランスもあります」
言ってから、俺は少し笑った。
「注文が細かくなりますね」
「今言え。できてから全部変えろと言われるより、よほどいい」
ガルドは何でもないことのように言い、紙を自分の方へ引き寄せた。
ありがたい。
俺も、切り終わってから「やっぱり長い方がよかった」と言われると、なかなか困る。
伸ばす方は、まだできない。
*
「ところで、髪というのは、誰のでも同じように切れるものか?」
ガルドが、紙の上の数本を指した。
「切れ方の確認には使えますけど、これだけで全部大丈夫とは言えません。太さも違いますし、曲がり方や傷み具合も違いますから」
「昨日の魔王様の髪とも?」
「違いますね。それに、同じ人の頭でも、場所によって生え方や量が違います」
ガルドの耳の上へ、一瞬、目が向いた。
さっき見た、横へ張り出す部分だ。
「……儂の頭で考えているな?」
ばれた。
「少し」
「鋏を見ていたはずだが」
「髪も見てしまうんです。仕事柄」
セレスが、横でうなずいた。
「今朝も、私がお話しする前に、結び方の違いに気づかれました」
「よく見てるんだな」
「ガルドさんも、俺が鋏を持っただけで、指の動かし方を見ていたでしょう。それと、似たようなものだと思います」
ガルドは自分の手を見た。
それから、俺の右手へ視線を移す。
「道具が合っていないと、使う者が無理をする。そこは気になる」
「髪も、無理に押さえて形を作ると、家で自分で整えたときに困ることがあるんです。できるだけ、普段の扱い方も聞いて考えます」
「切る前に、か」
「はい。どんな形にしたいかと、毎日どのくらい手をかけられるか。そこがわからないと、こちらが気に入った髪形にしても、本人が困るので」
「なるほどな」
ガルドは、並んだ鋏のうち一本を引き出しへ戻した。
「儂も、この輪なら指がしっかり収まると思っていた。だが、お前には合わなかった」
「俺も、欲しい形を描けば伝わると思っていました」
二人で、紙の鋏を見る。
大きさの違う輪が、そこにあった。
「……描けているかどうかは、別として」
「そこは実物で相談しろ」
返事が早い。
*
ガルドは鋏を一本手に取り、ねじの辺りを示した。
「ここの締め具合でも、動きは変わる。だが、締めれば何でも切れるようになるわけじゃない」
「刃の状態もありますよね」
「そうだ。さっきのは、先の方で髪を逃がした。まず刃の当たり方を見たい。研ぎ直すにしても、どこをどう直すか確かめてからだ」
俺はうなずいた。
切れないなら、研ぐ。
使う側だと、ついそこで話を済ませてしまう。
けれど、作る側には、その前に確かめることがある。
「俺のいたところでも、鋏は専門の人に研いでもらっていました。使っていて気になることは伝えますけど、自分で刃を削ったりはしません」
「その方がいい。減らしたものは、簡単には戻せんからな」
「髪もです」
「髪は伸びるだろう」
「お客様が帰るまでには、間に合いません」
ガルドが声を出して笑った。
「そいつはそうだ」
俺も笑い、それから紙の空いたところへ、もう一つ鋏を描いた。
今度は、輪の形に時間をかけない。
大事なのは、刃の方だ。
「それと、もう一本。こういう鋏も作れるか、相談したいんです」
片方の刃に、コームのような歯を描き込む。
ガルドの顔から、笑みが消えた。
「……刃を、そんなに欠かせるのか?」
「欠けているわけではなくて、最初からこういう形なんです。すきバサミ、俺たちはセニングとも呼びます」
「何のために?」
「挟んだ髪を、全部は切らないためです」
ガルドは、俺を見た。
紙を見た。
さっき試した鋏を見た。
「……今、全部きちんと切れるようにしようと話していたよな?」
「はい」
「今度は、切れないところを作るのか」
「はい。ただし、狙って残せるようにしたいんです」
俺は歯と歯の間を指した。
「歯で受けた髪は切って、この隙間に入った髪は残す。そうすれば、長さを残しながら量を調整できます」
「切れ残る場所を、先に決めておくのか」
「そうです。さっきみたいに髪が滑って残るのとは、違います」
ガルドが、紙へ顔を近づけた。
「歯の間隔や、幅で変わるな」
「切れる髪の割合も、使ったときの感触も変わります。髪を引っかけたり、引っ張ったりしないことも大事です」
「ただ溝を入れれば済むものじゃなさそうだ」
「はい。なので、こちらも試しながら相談したいです」
すきバサミがなくても、毛量の調整はできる。
昨日も、乾いた状態で髪の落ち方を見ながら、普通の鋏で必要なところを切った。
ただ、道具が増えれば、選べる方法も増える。
何でもすきバサミで済ませたいわけではない。髪と、作りたい形に合わせて使い分けたいのだ。
ガルドは、自分の鋏を紙の上へ重ねた。
刃を少し開き、描かれた歯の位置と見比べる。
「まず、普通の方で髪がきちんと切れるようにする。こっちは、その先だな」
「はい。それでお願いします」
「歯の方も考えておく。だが、この絵をそのまま作っていいとは思うなよ」
「俺も思っていません」
そこだけは、すぐに意見が合った。
セレスが紙をのぞき込む。
「使うために必要なことをユウ様が説明して、作るために必要なことをガルドさんが確かめるのですね」
「ええ。俺一人だと、欲しい鋏の絵が増えるだけなので」
「儂一人なら、革を切って、これで十分だと言っていたな」
ガルドは、最初に試した革の切れ端を脇へよけた。
代わりに、紙の上の髪を、小さな浅い皿へ移す。
「失くす前に、こっちへ置いておけ」
「ありがとうございます」
「試す分は、もう少し欲しいがな」
俺の手が、頭へ向かいかけた。
「今、抜けとは言ってない」
手を下ろす。
セレスが、とうとう小さく吹き出した。
ガルドは皿を作業台の奥へ置き、俺に持ち手の候補を差し出す。
「それで、もう一度動かしてみろ。今度は、髪を切るところから、とかし直すところまでだ」
「はい」
俺は右手に鋏を取り、左手を上げた。
誰も座っていない作業台の前で、いつもの仕事の動きを始める。
ガルドは、俺の指先をじっと見ていた。
今度は俺も、その目がどこを確かめているのか、少しわかる気がした。




