第45話:絶望の再来。レガシー家を滅ぼした『真の黒幕』の影
「不名誉バナナ」を食べて踊る学院長と、それを見つめる生徒たちの頭上。
青空が、まるでガラスを鋭利な刃物で引っ掻いたかのように「パキリ」と音を立てて割れた。
そこから溢れ出したのは、光すら吸い込む漆黒の霧。
霧の中から現れたのは、全身を滑らかな黒い甲冑で覆い、顔には目も鼻も口も存在しない、不気味な騎士――「真空の王・バキューム」。
「……見つけたぞ。レガシーの生き残り。……相変わらず、下俗な『隙間』に指を突っ込んで喜んでいるようだな」
その声は口からではなく、周囲の空間そのものを振動させて響いた。ヴォルガッシュの全身に、かつてない悪寒が走る。
「……バキューム。親父の言っていた、レガシー家を陥れた『無の信奉者』か」
「陥れた? 心外だな。私はただ、この世界の不潔な『隙間』をすべて埋め、完璧な『無』へと還そうとしているだけだ。お前の父は、私の『完全なる閉塞』を指一本で拒絶した。だから……消したのだ」
「……っ、ふざけるな!!」
ヴォルガッシュが右指を黄金色に輝かせ、バキュームへと突進した。
「スキル発動――『聖なる指先・一点突破』!!」
キンッ!!!!!
激しい金属音が天空に響き渡る。だが、信じられない光景が広がっていた。
ヴォルガッシュの指先が、バキュームの胸元で「滑って」止まっているのだ。
「……な、何だ!? 隙間が……指を引っかける『取っ掛かり』が、どこにもねえ……!?」
「無駄だ。私の体には、分子レベルの隙間すら存在しない。お前の指がどれほど高速で動こうと、入るべき『穴』がなければ、それはただの無力な突起物に過ぎない」
バキュームが軽く手を振るだけで、真空の圧力波がヴォルガッシュを吹き飛ばした。
「ヴォルガッシュ様!!」
アイリスが駆け寄り、シールドを展開するが、真空の刃がシールドの魔力の隙間を通り抜け、彼女の肩を掠める。
「主よ、危ない! 『銀竜のブレス』!!」
ポチが極大の炎を吐き出すが、バキュームはその炎すらも「真空」で吸い込み、消滅させた。
「……理解したか。お前の指先は、不完全な者にしか通じない。……この世界から、すべての『鼻の穴』も『耳の穴』も、そして『心の隙間』も私が埋めてやろう。それが、真の浄化だ」
バキュームが空へ手をかざすと、天空の島の重力が狂い出し、建物が次々と「圧縮」されていく。
「……くそっ、指が……指が届かねえ……!」
ヴォルガッシュは地面に膝をついた。
これまでどんな強敵も、その「不完全さ(隙間)」を突くことで救い、倒してきた。だが、目の前の敵は、文字通り「完璧」すぎて、指を入れる余地がどこにもないのだ。
「……ここまでか。レガシー。お前の不名誉な歴史、ここで断ち切ってやろう」
バキュームの漆黒の剣が振り下ろされようとしたその時。
ヴォルガッシュの脳裏に、第40話で読んだ父の手紙の最後の一行が、熱を帯びて蘇った。
『お前の指が届く範囲、そこが世界の中心だ』
「……待てよ。……隙間がないなら、作ればいいだけだろ」
ヴォルガッシュの瞳から絶望が消え、不敵な笑みが戻る。
彼は右指を……己の「喉の奥」へと深く突き入れた。
「「「ヴォルガッシュ様(お兄様)!?」」」
「……バキューム。お前の言う通り、お前には隙間がねえ。……だが、俺には、**『自分でも引くぐらいの隙間』**がまだ残ってんだよ!!」
ヴォルガッシュの体が、内側から黄金の光を放ち始める。
不名誉な騎士の逆襲。それは、敵ではなく「己の限界という隙間」を抉り出すことから始まるのだった。




