第40話:父の遺した、最後の手紙。不名誉な指先に託された真実
ミレーヌが着ていた「呪いのタイツ」が砕け散った後、その破片の中から一枚の古びた羊皮紙が現れた。
そこには、かつて王都から追放され、孤独のうちに世を去った父・ヴォルガッシュ一世の筆跡があった。
「……これは、父上の……?」
アイリスが静かにそれを読み上げる。地下倉庫の喧騒が嘘のように、静寂が満ちていった。
『愛する息子、ヴォルガッシュへ。
お前がこの手紙を読んでいるということは、我が家のスキルを使いこなし、誰かの「頑なな殻」を打ち破ったということだろう。
かつてレガシー家は、指先ひとつで世界を救う聖騎士だった。だが、人々はその強すぎる力を恐れ、いつしか我らを「不潔」と蔑み、その技を「鼻ほじり」の呪いへと貶めた。……だが、息子よ。真実は逆だ。
呪いをかけたのは敵ではない。私だ』
「……親父が、自分から呪いをかけた……!?」
俺の右指が、微かに震えた。手紙は続く。
『我らの「浄化」の力は強すぎた。汚れだけでなく、人間の弱さや不完全さまでをも消し去ってしまう。それはもはや、救いではなく「拒絶」だ。
だから私は、この力を「最も卑俗で、最も笑われる形」へと封印した。
鼻をほじる。耳をかく。土下座をする。
それは、相手と同じ目線に立ち、相手の最も情けない「隙間」を許容するということだ。
ヴォルガッシュよ。不名誉を誇れ。人々を笑わせ、その笑いの隙間に、救いを滑り込ませるのだ。……お前の指は、汚れを落とすためではなく、孤独を掻き出すためにある』
手紙の最後には、涙の跡のようなシミと共に、こう記されていた。
『誇り高き不名誉な騎士であれ。お前の指が届く範囲、そこが世界の中心だ』
読み終えたアイリスが、そっと俺の右指に手を添えた。
「……ヴォルガッシュ様。貴方の指が、なぜあんなに温かいのか、ようやく分かりました」
「……バカな親父だ。おかげで俺は、こんな汚い地下倉庫で、変態たちに囲まれて暮らすハメになったんだぞ」
俺は空を見上げた。地下倉庫の換気口から差し込む細い光が、右指を優しく照らしている。
鼻をほじられて激怒した敵も、耳を掃除されて昇天した魔族も、みんな最後にはどこか憑き物が落ちたような顔をしていた。それは「浄化」されたからではなく、自分の「情けなさ」を笑い飛ばしてもらったからだったんだ。
「ヌシよ……。良い父を持ったな。その不名誉、我も共に背負おう」
ポチが大きな鼻先を俺の肩に預ける。
「あはは……。じゃあ、これからも遠慮なく脱いじゃうね! ヴォルガッシュの指は、世界一寛大なんだもん!」
ミレーヌが明るく笑い、リーネが俺の腰にしがみついた。
「……ああ。分かったよ、親父」
俺は右指を、いつものように鼻の穴へと……いや、今日はただ、力強く握りしめた。
レガシー家の不名誉は、もはや恥ではない。それは、誰の心にもある「隙間」に寄り添うための、最高に尊い勲章だった。




