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精霊種との邂逅

 早朝、シシリーの肢体を心ゆくまで堪能したカトリーエイルが家に帰るとフェイが膝を抱えて眠っていた。


「デザートかな?」

「変態の餌食になりにきたのではない!」


 パッと飛び退ったフェイが体術で打ちかかる!


 凶悪な魔物の太い首さえ一刀で叩き落とす手刀を何のダメージもなく右腕で受け、蹴りをバックステップでかわし、連撃で放った回し蹴りの隙を突いて接近してお腹を撫でる余裕さえある。

 こたつセットを抱えたままでだ。


「くっ、どういう反射神経だ!?」

「はいはーい、フェイ君もいい線いってると思うけどレベル差って奴だね♪」


 フェイはそのまま抱き抱えられて室内に引き込まれてしまった。


 出されたお茶をこたつでがぶりとやるとフェイの表情が曇る。


「あんたほどの強者ならばこの程度の弱点は愛嬌なんだろうな」

「素直にまずいって言ってくれていいよ? こーゆーのリリウス君に任せてるし」

「あの恐ろしいアサシンを茶汲みに使うなどあんたにしかできないだろうよ」

「可愛いと思うけどな?」

「…………(絶句)」


 お茶を飲み、静かな時間が訪れる。

 フェイだけフリーズした穏やかな時間が数分流れた後、正気を取り戻したらしい。


「姉御は本気なのか……?」

「もち。君も可愛いよ? ちからが欲しいんでしょ、どうすればいいのかわからないんでしょ、それで足掻いてる姿って可愛いと思うわ」

「……化け物目線から見ればまだまだだとは理解しているつもりだ。今すぐあんたと渡り合えるだけのちからを手に入れる方法もある。だが今はその時ではない」


 フェイが取り出したのは布の巾着。中身は秘伝の丸薬だ。


「王竜の肝を練り込んだ丸薬だ。全て服用すればレベル70まで到達するだろう」

「なぁんだ、もうわかってたのね。フェイ君に足りないのはレベルアップによる基礎筋力値への乗算補正だけ。技術もメンタルもほぼ完ぺきなのに、服用しないのはなんでかな?」

「レベルを上げ過ぎれば並みの鍛錬ではちからを上げ辛くなる。今はまだ修行の時だ」

「リリウス君と戦いたいの?」

「あれと戦えば得るものも多いだろう。色々な技を隠し持っていると見た」


 フェイが手のひらに魔円斬を浮かべる。

 試しに投げてみたい欲求もあるが、せっかく高位の化け物と会話のできるチャンスを潰すほどでもない。自制する。


「ファイトスタイルが別過ぎて得るものはないと思うな」


「リリウス君は初撃必殺に特化しすぎ。とびぬけた敏捷性と機眼・危機察知のスキル構成でほぼ無敵に見えるけど弱点はあるよ。居場所さえ把握できれば実力的には大した事ないんだ」


 その居場所がわからないから厄介なんだ、とは言わない。

 どうもこの化け物は弱点を突く手段を持っているらしい。そう推測できる発言だ。茶化して機嫌を損ねるより今は一つでも多くの言葉を吐かせるべきだ。


「フェイ君は非常に高い戦闘センスに支えられた継続的戦闘の名手だね。戦いの中で敵を動きを見切るだけの思考力と直結した体術は変幻自在と言ってもいい。正直そこは大したものだと思うの」

「当然だな」


 フェイの鼻が少し高くなった。


 最初は拾ってきた猫みたいに小さくなっていた態度も少しだけ大きくなった。そういうところが可愛いと主張したいが、するとムクれるだろう。


 手のひらで少年を転がす手管においてカトリーエイルを凌ぐ悪女がこの世にいるだろうか?


「ファイトスタイルの噛み合わない相手と修行してもたぶん得るものはないと思うの。いい相手紹介しようか?」

「頼む。今は一つでも多くの経験を積みたい」


 頭を下げるフェイが頭を上げる。

 カトリーエイルが自分を指差していた。フェイは首をひねって問う。


「で、相手はどこの何て奴だ?」

「あたし♪」


 フェイは思った。

 帰りてえ……


 そしてフェイは心中で罵った。

 その相手は当然変態の餌食一号である。あいつが留守だから姉御がよからぬ邪気を出しているんだ。早く帰って化け物の餌になれって罵った。


 この後めちゃくちゃボコボコにされた挙句腹筋撫でられた……





 時は僅かに遡り、物語はグランナイツらと地下迷宮に同行した日の翌日まで戻る。


 この日フェイとレテはラトファの紹介であるハイエルフと会った。

 待ち合わせのカフェにやってきたのはちっこい少女のようなハイエルフだった。


「この国のエルンを束ねておるウルドじゃ」

「滾々と湧き出る泉の里のレテです! しばらくこの町に住もうと思ってます!」

「うむ、覚えておこう。じゃから汝らも覚えておくがいい、何ぞ困り事があればワシを訪ねるとよい、敵対者すべて悉く破壊しつくしてやろう」


 ウルドがその麗しい容姿とは裏腹に邪悪な悪魔の微笑みを浮かべた。


 実際にそのくらいの大言壮語を吐くだけのちからのある存在だと感じた。気配がベルサークのイデ・オルクに近い。精霊種の固有能力であるレベル限界を突破した到達者の気配だ。


「うわあ、上の森の方にそう言っていただけるの嬉しいです!」


 少女の皮をかぶったイデ・オルクに近い気配持つ化け物。だから尋ねたくなった。


「あんたとアクセル、どっちが強いんだ?」

「……懐かしい名前じゃな。ベルサークに行ったか、はたまた途中で追い払われたか」

「このレテと共に行った。最後はあんたの言う、追い払われた形になったがな」


 ユークリッド大森林での出来事を説明する。


 フェイは不器用な少年だ、己の罪のみを省いて説明するくらいなら舌を噛んで死ぬ。すべて正直に語るとウルドの態度はどこか柔らかくなっていた。


「小僧は正直者じゃな。ワシの怒りを買うとは思わなかったのか?」

「虚言を吐いて得た信頼に何の価値がある?」

「トールマンの醜さにはうんざりしていたところじゃが、小僧の輝きは好ましいわい。レテは良い伴侶を見つけたな」

「伴侶ではない。居候だ」

「よいよい、恥ずかしがるのもわかっておる。愛は互いにのみ呟くものじゃ」


 態度が柔らかくなったどころではない。


 ニヤニヤしながらジロジロ見てくるので大変気分がよろしくない。

 祖父からは女人に溺れるなときつく言い含められている。女人は毒であり、一度溺れれば立ち直るのに相当な時間を要する。


 其々の竜王流と共に世界に散った八人の兄弟子は今この瞬間にも究極の武を目指している。人の生涯は短く、その身は自身が思うよりも儚い。フェイにとって無駄な時間は敵の一人だ。


「それであんたとアクセルは……」

「接近されればこの身はアクセルには及ばぬ。もっとも近づかせなどせぬがな?」


「わかった。もう一つだ、あんたもアクセルもレベル上限を突破しているのか?」

「レベルという概念は本来エルンにはない。あれはフェニキアのアシェラの民が広めたちからの形じゃからの。その形で言えばワシはレベル178じゃそうな、アクセルも近い位置におるじゃろう。あれに再戦を挑む気か?」

「いずれだ。弁えてはいる」

「本当に弁えておるなら挑戦さえせぬじゃろうが、そこには触れぬとしよう。下の森の同胞が世話になっておるからの、も少し強くなったなら稽古をつけてやってもよい」

「どの程度強くなればいい?」

「さて、ワシが軽く撫でても死なぬ程度であればよい」

「理解した」


 ウルドとの邂逅では思いがけぬ収穫を得た。到達者と稽古できるなどこの上ない喜びだ。


 カフェを出たフェイはいつになく上機嫌だった。


「レテには感謝している」

「とつぜんどしたの?」

「お前の存在、お前が僕の傍にいる事、それらは僕にとって良い星回りらしいって事だ」

「???」


 この発言がレテの中でグルグル回るうちにバターならぬ告白に変化したなど、当時のフェイは何にも理解していなかった。


 それからも二人の同棲が続いた。


 レテは暇さえあれば王都を見て回りたがったので暇さえあれば同行した。いずれ独り立ちしてもらう必要があるからだ。


 冒険者ギルドに行き、登録も手伝った。収入源は必要だ。


 共にクエストに出かけた。冒険者という仕事に慣れてもらうためだ。


「デートに行こうよ!」

「わかった」


 フェイはいつしかデートをクエストと理解するようになった。これは文句も言わずについてったレテも悪い。懇切丁寧に魔物の倒し方や町での暮らし方を教えてくれるフェイから愛情を感じていたからだ。


(フェイの期待に応えて早く一人前の冒険者になるんだ!)


 と決意を固めた矢先に今回の大喧嘩だ。

 くだらない言い争いが行き違いの全てを露わにしたのだ。


「フェイはあたしの事好きじゃないの!?」

「待て待て、なんでそうなる!? 僕がいつお前を好きだと言った!?」

「言ったもん!」

「だからいつの話だ!?」

「いつって……いつだったか忘れちゃったけど言ったもん!」

「言ってない!」

「フェイの馬鹿! 忘れん坊!」

「言ってないものは言ってない! あぁもうちくしょう、なんだってこんなことに―――もう限界だ! もうお前なんか知らん!」


 といって家出してしまった。

 そもそもフェイの家なのにだ。


 真冬の夜は寒かったが喧嘩した手前家には帰り辛い。この手の問題ならばあの悪魔だろうとリリウスを訪ねてみたが留守だった。あの無能めと罵りながら朝を待っていたら化け物が帰ってきた。


 事の顛末など言ってしまえばこんなもの。よくある痴話げんかに過ぎない。


 だがやはり悪魔を頼ったのだけは正解だった。この化け物は存外知恵が回る。何気ない会話の中に欲しかった言葉や情報が紛れている。


 井戸端に連れていかれ、訓練と称したタコ殴りを受けたおかげで化け物の速さにも以前よりはついていけるようになった。


 背の高い壁に囲まれたリングのような井戸端を目にも留まらぬ速度で、壁を蹴って移動する化け物が頭上から飛来する。


 踵落としの一発で石畳の地面が破砕した。だがフェイは今の攻撃を避けられた。最初はいいようにされるがままだったが、痛みを糧に集中を研ぎ澄ませた結果、今は驚くほどクリアーに化け物の動きがわかる。


(この女となら僕はさらに強くなれる! そのためなら―――腹筋の一つや二つ!)


 フェイが悲壮な決意を固め、化け物へと殴りかかった。


 そして夕方……


「姉御、そろそろ家に帰してくれるか?」

「ダメだよ♪」

「いやだああああああああ! 帰せぇぇ、僕を帰してくれええええええ!」

「だーめ」


 化け物の訓練の過酷さに、固めたはずの決意が数時間がポッキリ折れた。

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[良い点] 登場人物紹介がどこかにあると良いかも?と思いましたよ〜 更新ありがとうございます!
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