第94話 競う心二つ、燃ゆる魂二つ
カトルーアの最終作戦に乗り出したレイジとルベールは、ダンジョンタワーの屋上で気合を入れ続ける。
ユグドラシルとディメテルを焼き尽くすような、最大の一撃。その用意のためにレッドセラフィムもジャンク・ダルク号も気を吐いている。
ルベールの足元が、赤く光り始めた。温度は十分だが、その炎の勢いは不十分。特に、レイジの炎は、大きくなったり小さくなったりを繰り返している。
「なぁ、レイジ……やっぱり落ち着かねぇんじゃねぇのか?」
「別に大丈夫、どうってことない!」
レイジの返答には、どこかトゲがあった。
「分かってるのか、レイジ。お前の精神状態に全てかかっているって事……」
フォードは、たまらずVフォンでレイジに声をかけた。
「アニキ、それは分かっているんだ」
「さっき言ってた、色んな感情ってのが邪魔してんじゃねぇのか? よかったら、俺に話してくれよ……きっと楽になるぜ?」
「それはいいけど、どこから話せば……」
「どこからでもいい。何だったら、お前が何者かってところからでも聴くぜ」
「じゃあ、全部話す。俺……本当は、カルミナ人じゃないんだ。日本から来たんだ……そう言ったら、アンタは信じるか?」
「ああ、信じるぜ。日本って国の事も、たまに話に聞く。……日本人ってか地球人は、すっげぇ力を持ってカルミナに来るんだってな!」
「俺は、日本じゃてんでダメなヤツだった。カルミナに来てからも、大したことはなかった」
レイジは、ルベールに心を開いた。日本にいた頃の事から、レイジは話した。
日本にいた頃は、イジメられていた事。親の期待を裏切り続け、家では針のむしろだった事。それゆえに、誰も味方がいなかった事。
居場所もなく、理不尽な世界から逃げるように自殺を図った事。その結果、カルミナに来てアニキと出会ったこと。
アニキと出会ってから、様々な人に出会い、様々な経験をした。幾多の苦難だって超えてきた。
レイジの活躍は、世間的には雑誌や新聞の1コーナーくらいの記事程度でしかない。それでも、ルベールは知っていた。
「何もねぇところから始まって、アニキと出会って二ヶ月ちょっと。俺に勝って、新人ながらブロール・リーグ準優勝。そして、今……デズモンド社の最高幹部を追いつめてる。何が大したことねぇだ……とんでもねぇ事だろ」
レイジは、謙遜したつもりだった。それでも、横で一緒に戦ってくれた友からの評価は高かった。
ルベールは、レイジに何を言われようとその評価を覆す気はなかった。というより、してはいけないと思った。
「とんでもない事をやろうとしているプレッシャーに耐えられないんだ。本当に達成できるんだろうか、って。でも、相手はデズモンド社の最高幹部……勝てたらきっとスゴイとも思う」
「そのプレッシャー、俺だって感じてるぜ? この状況が怖くねぇ奴なんているわけねぇ」
「それだけじゃない。俺たちの勝負に、ルベールたちを巻き込んでしまったことも……」
「今さら水くせぇこと言うな。お前は一人じゃねぇんだ!!」
ルベールは、喉から血が出るほどに叫んだ。そのソウルが、レイジの胸を強く打つ。
魂の叫びは、なおも続いた。
「エルトシャンに勇者に俺……負けたくねぇって思える奴が、いっぱいいる。アニキやバハラたちに俺……マブダチって言える奴が、いっぱいいる!」
「……ルベール」
ドクン、という強い音と同時に、全身の神経という神経に電流が走った。
レイジの目が潤んだ。日本にいた頃には、出会えなかった者がいる。カルミナに来たからこそ結べた絆がある。
彼が本当に望んでいたのは、こうした人間関係だったのかもしれない。カルミナに飛ばされる前に出会った神様は、きっとそれを見越していたのかもしれない。
「お前は、もう弱虫なんかじゃねぇ! こっち来てから、辛いことから逃げなかった……ド根性のレイジだ!! 俺も、お前に出会えて最高だぜ」
ルベールは、レイジのいる方に左手を伸ばして親指を立てた。満面の笑みだった。自分と同じ能力を持つ漢、これ以上なくシンパシーを感じる相手に出会えたのだから。
「……お前を信じてるやつがいる。お前の一撃のために、命を賭けてサポートしてくれるやつがいる。そいつらに恩返しするためにも、頑張ろうぜ!」
「レイジ……お前、本当にいい奴に出会ったな。俺たちの事は気にするな、本気の本気を出してくれりゃいい!」
「アニキ、ありがとう。ルベールも、俺を叱咤してくれて助かった。俺たち……やってやろうぜ!」
レイジは、親指で目元を拭った。それから、赤いノースリーブを破り捨てるように脱ぎ捨てた。全てをルベールに打ち明け、迷いを振り払ったレイジ。まっすぐな目をしていた。
気合をもう一段階入れると、炎が安定した。レイジの足元も、その熱気で赤く光り始めた。
全身の血管という血管が浮き上がる。心臓が強く脈打つ。トランス状態に入ったレイジの炎は、ルベールさえも超えていった。
「俺の熱気の方が上だ、ライバル!! こんなんじゃ、ディメテルは倒せないぞ!」
「負けねぇぞ、マブダチ!! お前の方こそ、ヌルい一撃を出そうなんて思うなよ!」
アツさで負けたくない思いが、シンクロした。
ディメテルを倒したい思いが、シンクロした。
「はあああああッ!!」
「うおおおおおッ!!」
二人の燃える魂は、百億ルドの夜景にも負けない輝きを放っている。
燦然と赤く輝く炎を遠くから見つめる市民は、恐れおののいていた。ただでさえユグドラシルやマザーゴーレムといった災害級のモンスターがいる所に、畳みかけるように火の玉が輝いている。
ダンジョンタワーを中心に、風が吹き荒れた。その勢いは、炎を取材しようとしたヘリさえも押しのけてしまうほどであった。
もう、誰にも止められるようなものではない。上空から消火剤を撒かれようとも、二人はなんのその。むしろ、その勢いを強めていくばかり。
今のままでも、ユグドラシルを倒すには十分。だが、ディメテルがどんな奥の手を使ってくるか読めない。それさえも吹き飛ばせる一発が必要だったのだ。
「ルベール、レイジ。魔力油の減りが想定よりも早い。稼げて、あと2分程度だ」
グリーンから二人へ、不吉な連絡が入る。
「2分もあれば充分だけどよ……こっちもちょっとまずい事が起き始めた」
レイジたちの放つ熱気が、ダンジョンタワーの屋上を融かして、足場を崩してしまっているのだ。
二千度にも耐えられる設計だったこの塔だが、二人の熱気がそれをも上回っているということである。
「足場が持たないんだ……!」
「ならば、ダンジョンタワーが崩れるより先に、向かう必要があるな。二人とも、準備を急げるか?」
「大丈夫! 今まで超えてきた困難に比べれば、これくらいのこと……!」
逆境さえも糧に変えて、さらに炎が輝く。
「BIG……BIGGER……」
「JET! JET!! JET……!」
ダンジョンタワーの屋上が少しずつ崩れ落ちていく。レイジとルベールは、巨大な炎の玉を持ち上げたまま、塔から飛び降りる。
レッドセラフィムが、レイジたちの真下を飛び去った。その後ろを追うユグドラシルは、すぐ目の前だった。
「な……そんな炎!」
ディメテルが見上げた時には、煉獄はすぐ目の前だった。
ここは、地上400メートル。とても、植物が根付いて育つような状況ではない。プーチンムーで防ぐことは、決して出来ない。
「“ザ・ビゲスト・バーミリオン・クライシス”!!」
「“JET・炎神・ブライト・ストライク”!!」
二人の最大の熱気は、100億ルドの夜景さえかすむほどの光を放っていた。ダンジョンタワーの45階から上全部が完全に崩れる。
熱気をまとった二人の特攻は、ユグドラシルをも簡単に包み込んだ。後は、ユグドラシルの再生が追いつくかどうかの勝負。
ユグドラシルは、燃えながら落ちていく。身体が燃え尽きぬように、身体を再生させようと必死だ。ディメテルの残されたわずかな魔力も、その再生にほとんどを費やしている。
「確かに、威力は十二分。だが、肝心の技を撃つレイジたちの体力が持たない……!」
リュイは、レッドセラフィムを振り向かせて、コクピット越しに二人の様子を見ていた。
この一撃の用意に、精神力も体力もかなり消費してきた。それこそ、撃ちだす力さえ計算できないほどに。
「二人の燃ゆる魂に道しるべを! “ロン・フェオン”!」
「サンキュー、カトルーア!」
崩れていくダンジョンタワーの近くにある超高層ビルの屋上から、緑色の風の龍が飛んできた。そして、一直線にルベールたちの炎へと突っ込んでいった。
風が、二人の炎の軌道を導く。風が、炎の威力を底上げする。再生が追い付かないほどの火力でユグドラシルを焼き尽くす。
ユグドラシルは、灰の一粒さえも残らなかった。コンクリートも金属も融かしてしまう炎の中、ディメテルはまだ生きている。
「ディメテル……本当に強かった。冷静で多彩な技を使うだけじゃなく、その力も人智を超えていた。ルベールとカトルーアと……みんながいて、アンタが自滅しなきゃ張り合えないなんてな」
「ああ、まさに総力戦だったな。一緒に戦ってくれてありがとう。お前らがいなきゃ、サクラを取り返す事も出来なかったろうぜ」
「でも……喜ぶには、まだ少し早いわよ?」
「ああ、そうだな。ダメ押しだぜ! “ファイナルブレイザーV”!」
ルベールがVフォンにコードを入力すると、5つの武器が合体して一つの巨大なバズーカへと変形した。
その銃口から放たれる5色のエネルギー弾が、ディメテルの胸を貫く。
「“ツインッ! プラズマァァァァァ”!」
「“ドラグーーンッ”!」
わずかに残った体力も精神力もすべて使いきる。レイジのその意志は、硬かった。
レイジの両腕から稲妻のドラゴンが放たれると、ドラゴンたちがディメテルに喰らいつく。
「そ、そんな……! デズモンド様……申し訳…………」
最高幹部、散る。
ディメテルが後少しでも冷静だったなら、勝ち目は万に一つもなかっただろう。
明確な力の差を見せつけようとした、その隙を突いての辛勝。ルベールが言ったように、まさに総力戦だった。
燃え盛る炎の中から、傷だらけのエース二人が戻ってきた。ふらつきながらの二人は、早速メディアに囲まれる。
「やったな……レイジ!」
「うん、なんとか……って感じだな」
前を向く気力さえ残ってない。メディアの目を気にする余裕もない。それでも、二人は勝利のハイタッチを交わした。




