第86話 側近とリーダーと落ちこぼれと
「た、助かった……ありがとう」
アザミとギュトー、サクラがダウンして絶体絶命の状況下にあったルベールとレイジ。そんな二人の前に颯爽と現れたのは、亜麻色の髪をなびかせた黒装束の女。
その右手にはドクロを飾った錫杖を持ち、クールビューティな顔とは裏腹にいかにも物騒で縁起が悪そうな風貌であった。
「あの時の死神女じゃねぇか! 勇者様と一緒じゃなくていいのかよ?」
プーチンムーをウィンドの刃で切り裂いたのは、ルベールとリーグで当たったカトルーアだった。
新進気鋭の冒険団“オルアース”の一人であり、チームのエースの一人でもある。
「し、死神!?」
「鎌持ってねぇだけで、その格好は十分死神だぜ? こんなアクセサリーとか物騒じゃねぇか」
ルベールは、カトルーアの左肩についているドクロの装飾品を指して言った。
「私にはカトルーアって名前が……まぁ、いいわ。私、いえキャプテンは、相変わらずアナタに興味があるの。だから、アナタをここで死なせるわけにはいかないわけ」
「相変わらず、俺をスカウトしようってんだな? この前も言ったけど、俺はアニキと……!」
レイジが突っかかろうとしたとき、カトルーアの目の前に見えない壁が現れた。
彼女の得意な真空で遮音する呪文“サイレント”を応用して作ったものである。
「分かっているわ。それより、世間話はもう終わりにしましょう」
「ああ、そうだな。最後に一つ訊くぜ? 今、一緒に戦ってくれるんだよな?」
ルベールが訊くと、カトルーアは静かにうなずいた。
「随分と同期に救われているようで何よりだ……黒飛レイジ」
フェルグスは、ポケットからデリンジャーを取り出すやいなや、レイジに向けて発砲した。それから、デリンジャーを投げ捨てる。
銃弾は、レイジの左わき腹を霞めた。一発限りの不意打ちだが、集中力を削ぐには十分過ぎるほど構えて撃つのが速かった。
レイジは、ひざまずいた。そんな彼に、フェルグスの容赦ない蹴りが襲い掛かろうとした。
「レイジ、危ねぇ!」
フェルグスの蹴りに合わせるように、ルベールは右足を出した。
それからお互いに体勢を整え、ルベールは突っ張り。フェルグスの腹に、どデカい紅葉模様。
フェルグスが怯んだところに、カトルーアは間髪入れずに“ブリザード”の呪文を唱えた。先ほどまでルベールたちの炎で暑かったのがウソであったかのように、周囲が一気に冷えた。
無数の氷の弾丸が、ディメテルやフェルグスを襲う。死を運ぶ風が、あたり一帯に吹き荒れた。最初から全力、勇者の側近である彼女も、ディメテルらの恐ろしさを直観している。
少しずつ、少しずつではあるが、周りの工場もろともディメテルらを凍り付かせている。
「状況としては3対2……」
「いえいえ、4対2ですぞ!」
「バハラ……」
ここまで来たからには、バハラも覚悟はできている。二人で一人ずつを相手すればいい計算。今の彼らにとって、バハラの助っ人はあまりにも大きい。
「数の上では有利とはいえ、油断しないことね」
「分かっているさ。特にあのディメテルって女は、とんでもない植物の使い手だ」
「私の方も知っているわ。先のロンブルムでの一件、かなり有名な話よ。あの鋼鉄の軍隊がたった6人に敗れたあの戦争……勝者のうちの一人よ」
助っ人するからには、それ相応の覚悟を決めているカトルーア。その凍てつくような眼差しで、ディメテルの方を見据える。100万を優に超える戦力相手に無双したその実力を値踏みするがごとく。
植物使いとしての天敵である炎の対策はもちろん、あらゆることを計算に入れたカトルーアは、余裕の笑みを浮かべた。
「この小娘……本気で私に勝つつもりのようね」
ディメテルもフェルグスも、カトルーアの氷を突き破って出てきた。
最高幹部としての誇り、デズモンド様の役に立とうという想いを嗤われたようで、ディメテルの腹が立った。
「ええ! 私もキャプテンも、今ここで死ぬわけにはいかないの。……魔王を倒すその日まで」
「だったら、俺たちのようにデズモンド社と戦う覚悟を決めた方がいい。俺は、ある理不尽でデズモンド社から命を狙われている」
「だとすれば、なおさらアナタと兄貴分は死なせるわけにはいかないわね」
「…………!」
死なせてはいけない人物に、フォードが追加された。この真意が、レイジには少しだけ分かった。
勇者の傘下に入って、共に魔王を倒してくれ。そう言われた気がした。
だが、今はデズモンド社の最高幹部が相手。余計な事を考える暇は一切ない。
「さぁ、どっちから切り崩す? どっちにしても、難敵だぜ?」
「もちろん、あの男から。私もたった一人で来るほど愚かじゃないわ」
カトルーアは、錫杖の先で後ろを指した。廃工場の屋上、十数名ほどの魔術師が、それぞれ魔法陣を作って構えていた。
「全員、一斉に撃ちなさい!」
カトルーアの号令一つで、“ウィンド”が乱れ飛んできた。
「愚かだったのは、どちらの方かしら。“モーリュの薬”!」
あたりに緑色の粉塵が舞った。いくつもの魔法陣を警戒しての事だったが、抜け穴が一つ。
「愚かなのはお前の方だぜ、ディメテル! “フレア・ウィング”」
「これが、ただ魔法を消すだけの薬でよかったよ。“クリムゾン・ファイア”!」
これだけの人数、ほぼすべてが陽動。高濃度の“モーリュの薬”を使わせるためだけに用意したものだった。
粉塵爆発、再び。カトルーアが凍らせたものを吹き飛ばして、ディメテルにダメージを与える。
しかし、ディメテルはピンピンしていた。
「ぞろぞろと鬱陶しいったらありゃしないわ。“マカリフォン”、“バロメッツ”!」
ディメテルが指を鳴らせば、少し前に落とした球根が一気に成長し、40メートルほどの大樹が二本生えた。
片方は果実の代わりに人間の女、もう片方は果実の代わりに黒い羊を実らせる植物。数の上で有利だったのが、それさえも逆転されてしまった。
黒羊に乗った女が、槍を向けながら一斉に3人に襲い掛かる。それぞれ炎の技で対抗するも、やはり“プーチンムー”の盾に阻まれる。
「たかが植物とはいえ、こうも数を増やされては……!」
「そこで某の可愛い兵隊たんの出番ですな。出撃、そして撃ち方用意ですぞ!」
「こちらも、総員! 魔法陣用意!」
ジャンク・ダルク号のハッチから、小さい兵隊のオモチャが飛び出してきた。引きこもりゆえ、訪ねてくる人を撃退する術を開発してきた。その技が今、討つべき敵に対して火を噴く。
さらに、先ほどウィンドの弾幕をぶっ放したカトルーアの魔道部隊が、第二陣を用意している。
植物VS人間&ロボット。その先陣を切るのは、ライバル同士の二人。しかし、その前には警視正が立ちはだかる。
「たかがルーキー無勢……この警視正の敵ですらない!」
「ルベール、息を合わせてくれ」
「バカヤロー! お前が俺に合わせるんだよ!」
二人同時のインファイト。ルベールに合わせるように、レイジも炎を灯した拳でフェルグスを攻撃する。
手数は二倍。左右から、あるいは前後から果敢に攻め立てる。しかし、フェルグスは2対1の状況にも平然とついてきた。
警察として武道のイロハを叩きこまれた男と、我流の素人二人。その技量の差は歴然。圧倒できるはずもなく、逆にルベールたちが押される結果に。
「レイジ、息を合わせろよ!」
ルベールは、フェルグスと少しだけ距離を取った。それを見たレイジは、挟み撃ちをしようとしていることを瞬時に理解した。
レイジは、フェルグスの後ろを取り、ルベールと同じくらいフェルグスと距離を取った。
「行くぞ! “レッド・クライシス”!」
「“クリムゾン・ドラゴン”!」
二人の全身に燃え盛る火炎。レイジは炎の勢いを利用して突進する。
一方でルベールは、燃え盛る拳を振るった。すると、その炎が龍の咆哮のような音をあげながら、フェルグスに襲い掛かる。
業火な挟み撃ち。しかし、フェルグスからすれば、いかにも若造が考えそうな浅はかな策。フェルグスが少し軸をずらしてやれば、挟み撃ちは味方殺しの一手に早変わり。
「しまった……!」
互いの熱気がぶつかり合い、ルベールは海まで吹き飛ばされてしまった。レイジは、工場の壁に背中から激突してしまった。
さらに、レイジがぶつかった工場には、魔力油のドラム缶が積んであった。ドラム缶は、レイジがまとっていた熱気で引火、またしても爆発の衝撃に飲み込まれた。
「レイジ氏……!」
「……レイジ、ルベール!」
周囲に炎が揺らめく中、レイジは立ち上がった。その足は、まるで生まれたての小鹿。心身ともにあまりのダメージを負っていた事が見て取れる。
あまりにも追い込まれ過ぎて、ロクに戦える状況ではない。頼みの綱ともいえる起死回生の一撃にも、今は期待できない。
フェルグスがジワリジワリと近づいてきた。レイジは、歯を食いしばった。
「やれるだけのことはやったろう。往生際の悪い男め……」
「……まだ、試していないことがある」
それは、ほとんど勝ち目のないギャンブル。たった一回でジャックポットを当てる確率に等しい。
レイジは、両手を前に突き出した。そして、“ウィンド”と叫んだ。
カトルーアにアツくならない事を指摘されたが、そんな事はガラではない。
「何度も失敗した技……。今さら出して何になる?」
「エジソンが電球作ったように……成功すると信じているから何度もやるんだッ!」
レイジが叫ぶたびに、口の中から血が出る。魂の叫びは、奇跡を呼び起こしたいがために出る。
「吹っ飛びやがれ!」
フェルグスのキックが飛んでくるよりも先に、レイジはキックで応戦しようとした。
すると、自分でも驚くほどにキレのあるキックが出来た。それだけではなく、衝撃波がレイジの足先から飛び出してきた。
何度も何度も試して、ようやく出た真空の衝撃波。フェルグスの虚を突いた一撃、吹き飛ばすことに成功。
「や、やっと出た……“ウィンド”。でも……!」
あまりにも鋭い蹴り、そして反動。それらに、レイジの身体が耐えられていない。
ともあれ、成功したこと自信が湧きあがったことに変わりはない。




