第78話 その才能の価値は
ようやくバハラとの接触に成功したレイジ。しかし、バハラは、魔法少女のアニメに没頭していて、まともに会話をしてくれそうになかった。
27歳になるバハラであるが、レイジはどこか子供っぽい印象を彼に抱いていた。他人の話は聞かないうえに、自分の話は何が何でも聞いてもらおうとする。かなり厄介な相手だ。
「あのさ、一つ聞いても……」
「この前も、おかしな髪のモテそうなヤツに説得されましたぞ。いい加減、外の世界を見ろと! どうせ、そんな事を最後に言いたいはずですぞ!」
バハラは、食い気味に言った。確かに、レイジも同じことを言おうとした。
その程度の説得で出てこられるなら、12年もこの要塞に住み込んでいないはずだ。
「ちょっと待ってくれ。おかしな髪って、まさか……」
「新進気鋭の冒険者だか“虹色”だか何だか存じませんが、随分とチョーシに乗った輩でしたぞ」
「に……虹色!」
予想が確信に変わった。エルトシャンも、このクエストを受けている。そして、バハラと出会っているが、説得に失敗している。
レイジは、テーブルに置かれた新聞に目をやった。一面には、エルトシャン。とうとう通算報酬額6000万ルドを超えたという記事。気が付けば、随分と溝を開けられた。
さらに、レイジと同時期に冒険を始めた男がザポネのマフィアボスを倒したという記事。まだ見ぬライバルがいる。負けていられないと密かに対抗心を燃やすレイジだったが……。
「その新聞が気になりますか? だとしたら、某は冒険者なるものが大嫌いですぞ! アテもなくフラフラ、フラフラと……!」
「……痛いところを突いてくるな」
レイジは、小さく言った。
「そういえば、アンタ……俺が強引に入ってきた割には、本気で追い出そうとしないんだな」
さすがに、家の中でドローン戦闘機を飛ばすわけにはいかない。だが、それを加味しても、バハラは力ずくでもレイジを追い出そうとしない。
「相手するなんて無理に決まってますぞ、こんなチート火力。追い出すなんて、ギガパー無理、無理無理ですぞ」
「いや、ただ気合の炎なだけだ。何も特別なことは……」
「それのどこが普通だ!」
確かに、魔法が横行するこのカルミナにおいて、気合から炎が出ることは異質なことだ。
実際、この短期間で鉄を融かすまでに至ったのも、かなりぶっ飛んだことである。バハラの言うように、普通ではないのだろう。
「かつて、ラノベで読んだことがありますぞ。チキュウ……とりわけニッポンからこっちに来た年ごろの少年少女は、ものすごいチカラを神様から授かって敵を蹂躙すると……。さては、レイジ氏も!」
「……よく分かったな、俺が日本人って。でも、チートなんてものじゃない」
「あり得ませんぞ、その炎の威力。世界最強の魔術師じゃないのなら、チートじゃないのなら、何と呼べばいいのやら……」
自分より強い者は、ごまんといる。そう言おうとしたレイジだったが、バハラは理解を示してくれそうになかった。
レイジ自身、確かに日本人だ。だが、その強さをチートという言葉で処理されたことに、怒りを覚えた。
アニキをはじめとした仲間、エルトシャンをはじめとしたライバル。この炎は、その絆があってこそのもの。
アニキと苦楽を共にし、ライバルを超えるために磨いたもの。苦労を全く知らない人物に、軽くあしらわれていいわけがない。
「あのさ……俺のこの力は、アニキたちとともに仕上げた、汗と涙の結晶だ。不正だなんて言葉で片づけてほしくない」
「はぁ……スポコンとか漢の友情ですか。某が一番嫌いなモノですぞ」
バハラは、大声交じりのため息とともに、ヘイトを吐いた。
一向にレイジの話を聞く気配がない。そればかりか、バハラの信条を次々と話してくる。
「俺も他人の事言えたクチじゃないけど、人の話を聞いてくれ」
「お主の話など、聞くに値しませんぞ。某は、ノエルたその声だけを聴いていたいですぞ」
ああ言えば、こう言う。レイジには、何となく引きこもった理由が理解できた。この傲慢さゆえに人に嫌われ続けたのだ。
他人の話に耳を貸さないから、自分の話を聞いてくれ。コミュ障なんて簡単な言葉で片づけられるようなものではない。
「なぁ。これも、ポスターなのか?」
レイジは、段ボール内に丁寧に立てられた筒に目をやった。厚紙でできた筒を軽くたたけば、数枚の紙が出てきた。
しかし、その中身は、レイジが想像していたアニメポスターとは違った。
「図面……?」
「それに触れるな!」
機械のパーツの図面、それから回路配線図。髪一本の狂いもなく、正確に描かれている。
バハラは、焦っていた。アニメのあれこれよりも、ずっと大事なもののようだ。
それでも、レイジは、図面に興味津々。工作が得意とは母親との話から想像できていたが、まさかこれほどとは思わなかった。
「まさかとは思うけど、この秘密基地……全部一人で図面描いて、作ったのか? それだけじゃなく、ドローン戦闘機も、メイドロボも?」
「だったら、何?」
「……いや、素直にスゴイなって思っただけ。別に悪意なんてないよ」
「この秘密基地も、本当に居心地がいい。アンタ……技師の才能あるよ」
「ただのド素人に、この図面の価値が分かってたまるか!」
同じことをし返してしまった。人の才能を羨むあまり、軽々しい態度に出てしまった。
だが、ここでレイジは確信した。いい歳して親から金をたかる真意を。
「なるほどな……金を無心する理由が分かった」
バハラが正確に描いた図面通りに機械を設計するための金が必要だったのだ。しかし、その材料は、いずれも揃えようと思えば金がかかる。
グラム数千ルドのレアメタル。トン単位で必要な金属。そして、それを加工するためのコスト。秘密基地を維持するだけでも、結構バカにならない費用がかかっている。
そして、レイジたちフォードの一味も、その冒険をサポートしてくれる仲間を探していた。特にエンジニアであるバハラは
「実は、俺たち……フォードの一味は、アンタみたいな腕利きの技師を捜してたんだ」
「何ゆえに?」
「なぜって、そりゃアニキの武器をメンテナンスする人が欲しいからさ」
「それだったら、某ではなくても別の職人をスカウトすればよいのでは?」
「強引に押し入った俺と一緒ってのがシャクなのは分かる。でも、俺たちにはデズモンドを倒す仲間が必要なんだ」
「赤の他人に力を貸す義理なんて微塵もありませんぞ!」
「じゃあ、そのノエルとかいうキャラクターが“他人の話を聞いてくれるバハラ君、ステキ”とか言ってくれるとしたら?」
「なんで、野郎がノエルたそとの妄想に入り込んでくるのやら……?」
キラーフレーズさえも、一瞬で論破。レイジは、思わず舌打ちしてしまった。
もはや、バハラに付け入る隙がない。鉄壁ガードのハートはダテではない。
「ずっと、話してきたけど……アンタ、俺よりもガキっぽいな」
「そ、某を侮辱すれば、トワたそが……」
「助けてくれるわけがないだろ! 大体、アニメのキャラクターじゃないか」
今度は、レイジが食い気味に叫んだ。
いつまで架空の世界に閉じこもるつもりだ。そう言おうとしたが、過去にも何人もの冒険者に同じことを言われたであろう。
外の世界を見ろと言われれば言われるほど、こうして籠って攻撃的になった。冒険者が嫌いなのも、バハラとは対極にある人種ゆえ。
「アニメのキャラクターに助けを求めて、何が悪い!」
「アンタも、分かっているだろ。どんなに深く妄想しても、ノエルとは結婚できないし、ましてやアンタの人生に助け舟なんて……」
「うるさい、うるさい、うるさい! この某の気持ちを理解してくれるのはトワたそだけですぞ! たかが現実の人間に、某の気持ちなど……!」
バハラは、ポカポカパンチでレイジを攻撃してきた。レイジは、バハラの右こぶしを抑えた。
「分かるぜ。アンタは、どことなく俺に似ていたから。日本人だった俺に、すごく……すごく」
「何ゆえに、野郎と似ている判定を食らわにゃならんのですか!」
バハラのその口調には、怒りを通り越して、もはや殺意すら感じられた。
「だったら聞くけど……アンタ、初めて訪れた村で自分だけ残して村人が全滅してしまった経験はあるか?」
「……ない」
「だったら、報酬を横取りされて本気で怒ったことは?」
「……ない」
「何でもいい。投げだしたくなるほど地道で、そして過酷な繰り返し練習をしたことがあるか?」
「ない。努力が一番嫌いな言葉ゆえ」
「本気で誰かを好きになって、その人を守るためなら殺人鬼にさえ挑む覚悟は?」
「あるわけがない」
「その大事な人が、アンタが惚れこんでいるノエルとかトワだとしても?」
「ノエルたそも、トワたそも、誰にも負けませんぞ!」
あまりにも歪んだ回答だったが、それでもレイジは折れなかった。なおも質問を繰りかえす。
「本気で情熱をぶつけ合った好敵手はいるか? 岩をも融かすほどのアツさで真剣勝負したことは?」
「いるわけないし、大体その炎なら、レイジ氏も無事じゃないですぞ!」
「本気で負けたくないライバルと張り合って、勝てる寸前で負ける屈辱を味わったことがあるか? あの悔しさは……!」
「味わいたくもないですぞ」
レイジとバハラの一問一答がしばらく続いた。バハラは、すべての質問に対し、無いない尽くしで乗り切った。
27歳という年齢の割には、人生経験が浅い。レイジが子供っぽいと感じたのは、その経験値の無さを直観したからだろう。
「カルミナ人になった俺には、全部……全部ある。何にもないところから始まった俺でさえ、こんなに変わったんだ。アンタだって……」
「もう、たくさん! レイジ氏の強さの根源なんて、誰も聞いてませんから」
バハラは、レイジの頬を殴った。口の中を切ったレイジだったが、腹は立たなかった。
そればかりか、その捻くれた性格に過去の自分をダブらせて、笑みを浮かべる。
「やっぱり。日本人の俺とアンタは、すごくよく似ていた。でも、たった一つだけ違う。……アンタには、誇れるものがある!」
「そ、某に誇れるものなど……」
「……アンタには、その手先の器用さがある。きちんと物理演算して図面を引く頭脳がある!」
レイジは、立てられた筒の数々を指さしながら言った。レイジには出来ない芸当が、バハラには出来る。
バハラは、言葉を失っていた。レイジの真剣な目に、そして勢いに押されそうになっている。
もう一押しすれば、バハラの中で何かが変わるかもしれない。そう思ったレイジは、さらなる強硬策に出た。
「俺、決めたよ。アンタの図面を買おう」
「ほ、本当によろしいので……?」
願ってもみない出来事に、バハラが素っ頓狂な声で訊いてきた。レイジたちには、機械製作費の一部を賄うだけの資金があった。
ブロール・リーグで準優勝と敢闘賞をかっさらったので、1500万ルドがある。バハラへの援助額としては、十分であろう。
「いや……それだけじゃない。その機械を作る資金を援助する。ちゃんと作ってやらなきゃ、図面なんてタダの紙切れだ」
「だったら、1200万ルドを……」
「一応、出せる。ただし、援助する条件として、アンタを俺たちフォードの一味に迎え入れる。イヤなら、この話は白紙で」
「今、フォードの一味と言いましたな? だったら、交渉の場にリーダーたるフォード氏がいて然るべきですぞ!」
ここに来て、バハラに正論を叩きつけられたレイジ。ペースをつかみかけたところでの失態は、かなり手痛い。
「アニキには、あとで会わせる。ただ、俺は……アンタがほっとけないんだ」
「ほっといてほしいですな! 某の人生……某がどう生きようと勝手ですぞ」
「目がうつろだ……ウソをついてる証だ」
レイジは、ずっとバハラの目を見て会話を続けてきた。だからこそ、感情の機微を逃さなかった。
機械製作の援助の話を持ち込んだとき、彼の目は輝いた。だが、ほっといてほしいと突き放す時、レイジから目をそらしたのだ。
レイジが目を合わせようとすれば、バハラは顔ごとレイジの視線をかわそうとする。
「人様の趣味を悪く言うつもりは微塵もないけど、その生き方……空虚すぎやしないか?」
「…………」
「別に、アンタの過去を詮索するつもりなんてないけど……ずっと塞ぎ込んだままの半生なんて、さぞ辛かっただろうな。俺だってやってられない」
「もう、帰れよ。お主に話すことは、もう何もありませんぞ」
何もないまま、何となく一日を過ごし、趣味と言えば同じアニメの再放送を何度も繰り返し見ることくらい。
他人と出会う事を頑ななまでに拒否し、さらには心配する人の声まで聴こうともしない。
レイジの目には、何にもない素晴らしくない毎日に見えたことだろう。
「じゃあ、素直に帰るよ。でも、最後に一個だけ訊いていいか?」
「な、なにを……」
「アンタの才能を買う、と言われたことはあるか?」
「……! きょ、今日が初めてですぞ……。そ、某は……」
ビン底メガネが曇るほど、バハラの目にはアツいものが込み上げていた。
工作が上手い、機械いじりが得意。誰にも、その才能を認められなかったのだ。
「某は、どうすれば……」
バハラの心が揺らいでいる。自分でもどうすればいいのか、理解できていない。
「選べ! 俺たちと一緒に行くか。それとも、このまま救済者を待ち続けるだけの退屈な毎日を送るか……二者択一だ」
レイジは、毅然とした態度のまま、バハラに選択肢を与えた。
その目にウソ偽りはない。レイジは、本気でバハラを勧誘しようとしている。本気で、バハラの才能を買おうとしている。
「こ、ここまで某と話して、折れなかった人なんて……」
「そりゃ、滅多に人と会わないんだから、初めてだろうな。俺はいったん、仲間のもとへと戻る。そして、アンタの事を話しておく」
「……時間がほしいですな。悩みに悩んでおりますゆえ」
「そうか……。俺たちは、アンタの大嫌いな冒険者だけどさ……考えてくれると嬉しい」
レイジは、バハラの秘密基地を後にして、シバレーでの拠点にしているホテルへと戻るのであった。
彼の身にとんでもない事件が待ち受けていることも一切知らずに……。




