第75話 Like a Rival to Battle
時間はさかのぼり、今日のシバ経が発行されて間もないころ。
昨日出会ったジョウという少年の家に世話になって、泊めてもらったレイジ。
そのジョウは、姉の病を治す薬の材料としてトラノイキュービを狙っていた。
狩人の朝は、早い。まだ日も昇らぬ頃、レイジはジョウにたたき起こされた。
「お兄ちゃん、行こう」
「う……うぅん」
昨日のハードなトレーニングがよほど効いていたのか、少々肩を揺すられたくらいでは起きないレイジ。
ジョウは、諦めずに何度も揺さぶった。レイジは、顎が外れんばかりの欠伸をかますと、クマだらけの両眼をこする。
「もう少し寝させてくれてもよかったんじゃ……」
「ちょっとでも早くお姉ちゃんを元気にしたいんだ!」
子供とは純真だ。それだけに、物事に費やすエネルギー量は尋常ではない。そして、やる事が時にえげつない。
レイジは、身体のあちこちを伸ばしながら、ゆっくりゆっくりと歩く。フォードにたたき起こされることは慣れているが、子供相手には慣れていない。
血の巡りが悪く、少しイライラしているレイジ。朝もやのかかった山道をたいまつで照らしながら進む。
「トラノイキュービというのは、こんな早朝に現れるのか……?」
「違うよ。でも、昔……霧の深い朝はよく見かけたって、おじいちゃんが言ってた」
「だとしたら、急いだほうがいいな。……ちょっくら、走ろう!」
レイジは、首を何度かひねったのち、軽くステップを踏んだ。準備運動は完了。
血の巡りがよくなったところで、レイジは颯爽と山道を駆け抜ける。ジョウは、その後ろを追いかける。
「お兄ちゃん、ちょっと早いよ……」
「霧なんかじゃない、朝もやだ。本格的に日が昇る前に、急ぐぞ!」
ギアの上がったレイジの足取りは軽く、険しい道もなんのその。とても、先ほどまで寝ぼすけだとは思えぬほど。
ジョウの祖父の昔話をアテに、探し回ること1時間。ジョウの息は乱れ、Tシャツが汗を吸っていた。
夢中で駆け回り、気が付けば山頂付近。この山脈地帯の中でも指折りに高いこの山、朝日が昇る光景は絶景であった。
「……結局、見つからなかったね。トラノイキュービ」
「うん。でも……なんて綺麗な朝焼けなんだ」
日本にいた頃は、見ようとすら思わなかった朝日。だが、カルミナに来てからというものの、この美しさに感動するようになった。
思わず、酔いしれる元都民・レイジ。鳥の群れのさえずりを聞き、穢れなき風を胸いっぱいに吸い込む。
今日も一日が始まる。どんなに辛いことがあっても頑張れるような、そんな自信があふれ出る。
「お兄ちゃん……?」
しかし、子供には自然の美しさが理解できなかったようだ。自然に囲まれているのが当たり前だからか。
「ふぅ……。うん、そろそろ行こう!」
レイジは、息をゆっくり吐いてから言った。それから、あの朝日に向かって、一歩ずつ踏み出した。
◆
二人は、山を越えた。行き着いた先は、普段ジョウが狩場としない場所。掘立小屋から東へ、さらに東へ。
気が付けば、深い森。緑豊かを通り越して、もはや鬱蒼と生い茂る森。先ほどまで雲一つなかった事が信じられなくなるほど。
ここまで来れば、様々な怪物にも出くわす。
例えば、甘い香りで獲物をおびき寄せ、巨大な牙で噛み千切る肉食のハナカマキリ・ラフレンティス。
食えば糖分補給できるという冒険者の常識を覆す、グーミーに似たモンスター・シリカグミー。
枝から枝へ縦横無尽、尻尾の蛇頭でターザンのごとく密林を高速で駆け抜けるサーペンテールサル。
どれもこれも、ジョウが見たことのないモンスターばかりである。
「ねぇ、お兄ちゃん……ここまで来たの、初めてなんだ」
「だとしたら、ここにいるかもしれないだろうな」
ここは、ジョウの狩場の比にならないほど強いモンスターがひしめき合っている。
霧に混じって奇襲を仕掛けてくるファンタズミスト、ここで事切れた冒険者の無念が宿った枯れ木のゾンビ。得物だったであろうサビた剣で襲い掛かってくる。
女性のような脚で走り回り、様々な革で身を包んだ蛇モンスターのビキャクコブラ。そんな怪物が、巨大カエルを蹴り倒して、ペロッと丸飲み。
まさに弱肉強食、珍しい生物の多いガラパゴス。しばらく探索していると、森の中で開けた場所にたどり着いた。
「すごい魔物がたくさんいたね」
「そうだな。どれもこれも、なかなか強かった」
山頂の朝日で気分を上げていたレイジも、さすがに多種多様なモンスターとの勝負には、少しばかり疲れたようだ。
二人は、この開けた空間で少しばかり休憩することにした。倒したモンスターの肉を焼いて、がっつりエナジーをチャージ。
15分ほど休んだところで、探索を再開させる。それからほどなくして、レイジたちは森の中でまたしても不自然なものを見つけた。
「……こんなところに人工物?」
レイジたちが森の奥で見つけたのは、木で造られた小さな祠のようなものだった。レイジが日本で見かけたことのあるようなシロモノである。
どこまでも大自然が続くようなこのエリアで、この和風な祠は明らかに浮いていた。
「日本で狐と言えばお稲荷さんだけど……そんな気の利いたものはないか」
このカルミナが、どこまで日本や地球と同じ文化を持っているかは定かではない。
「お稲荷さんはないけど、代わりにこの植物でも供えておこう」
手持ちに油揚げがないので、レイジは諦めて食料として採取して余った植物をお供えした。
すると、あたりに火の粉が舞い始めた。それからすぐに、風で衣服が切れる。物々しい気配に、二人は身構える。
「グルルルル……」
どこからともなく、獣の威嚇する音が聞こえてきた。
「ガオーッ!」
「やっと、見つけた! トラノイキュービだ!」
「ってか、アイツの鳴き声そっちかよ!」
狐なのに虎の咆哮。虎の縦縞模様なのに、見た目は九尾の狐。
この姿こそ、レイジたちが探し求めていた、虎の威を借る九尾の狐・トラノイキュービ。
この祠に植物のお供えは、虎になり切った狐には逆に罰当たりだったようだ。トラノイキュービは、怒り心頭だ。
「ジョウ、下がって!」
「グルルルルゥァアアア!」
レイジが身構えるよりも先に、トラノイキュービは炎を吐き出した。
しかも、九本ある尻尾を回転させることで竜巻を起こし、炎の勢いを強める。レイジは、すんでのところで炎を回避した。だが、木に燃え移った。
辺り一面が火の海。幸いなことに、ジョウは火の海の外にいた。
「……聞いてた以上だ」
お供えした直後の火の粉とかまいたち。これもヤツの仕業となれば納得もいく。おそらく、黄信号を出していたつもりなのだろう。自分は強いぞ、と。
しかし、レイジたちに逃げる選択肢はなかった。ジョウの姉の特効薬を作るためにも、レイジが過去の傷を超えるためにも。
トラノイキュービの頭上に雲が浮かんできた。東雲色に染まった雲がレイジの頭上に
「ガオーッ!」
今度は、森の中で落雷。レイジは、それを真正面から受けてしまった。
「グガーッ!」
今度は、尻尾の先端をレイジに向けて光線を放つ。炎、風、雷と来て、今度は光。
どうしても、エルトシャンの姿がダブって見えてしまう。レイジは、まともに戦える精神状態ではなかった。
相手が猛獣だと分かっていても、この始末。攻撃を受けて受けて受けて、反撃が全くできずにいた。
「お兄ちゃん、頑張って!」
エールがあろうと、今はギアが上がらない。“ファイア”を撃つも、尻尾で簡単にあしらわれる。
トラノイキュービは、尻尾の先から水を滴らせ、それを弾丸として飛ばす。
左肩を打ち抜かれた所で、ようやくスイッチが入った。つくづく、調子極端な男である。
トラウマが呼び起こされた。あの日の屈辱、強くなるきっかけを呼び起こされた。その目つきが変わった。
「猛獣ごときが、俺の古傷を……!」
「ウガァ!」
トラノイキュービが、再び炎を吐き出した。レイジは、真正面からブレスを受けるが、涼しげな表情だ。
「“スパーク”!」
レイジの反撃。電撃をまとった掌底を突きつけようとした。しかし、トラノイキュービが尻尾で地面を叩くと、両者の間に土の壁が現れた。
電撃は、その壁に阻まれて、トラノイキュービを攻撃することはできなかった。炎で戦えば水で対抗され、雷で戦えば土で対抗される。向こうの方がカードは多い状態。
何か対抗策がないのか、レイジは敵と距離を取りながら考える。ブレスや水の弾丸をかわしながら、じっくりと敵の攻撃を観察する。
近づけば、突風に落雷。さらにせりあがる大地。多彩な魔法で相手を翻弄するというのは、ジョウの言ったとおりだ。
「“ロッソカリバー”!」
レイジは、二本の炎の剣で対抗を試みた。しかし、トラノイキュービは下がって、雷を撃ってきた。
ここで、レイジは、相手が頑ななまでに肉弾戦を拒否していることに気づいた。
「……この構え! ブレスだな?」
トラノイキュービが息を吸い込んだ。レイジはすかさず“スパーク”で口を狙った。
敵の口の中に電撃が走る。ようやく反撃の一手を打つことができたレイジ。
今度は一転攻勢、次々とラッシュを決める。魔法さえ使わせなければ、ひたすらに殴るだけ。
「この勝負で俺は気づいた……俺の弱点! まずは、その立ち上がりの悪さ」
相手の動きを観察したいがあまり、後手に回りがちのレイジ。今回だって、特徴を見極めようとして、先制攻撃を許してしまったのだ。
さらに、追いつめられなければ力を発揮できない事も弱点だ。
「次に、集中力の無さ! 最後の最後まで戦い抜くだけの集中力!」
相手の動向を正確に見極めるには、相手の細かい動作にも気を遣う必要がある。
それだけではない。自分の精神力が攻撃力に直結彼にとって、集中力が高いことは非常にシナジーがいい。
目の前の相手に集中した彼の火力は、森にかかっていた嫌な霧を払うには十分すぎるほど。
「決して興奮してはいけない……もっと深く、もっと集中を!」
自分に言い聞かせながら、レイジはなおも猛攻を続ける。
しかし、相手には尻尾が九つ、武器も九つ。その尻尾を巧みに回転させて、竜巻を起こす。
吹き飛ばされたレイジだったが、空中で半身を翻し、すぐに“ファイア”で反撃。
「もっとだ……もっと!」
果たして、レイジはさらなる集中力の境地にたどり着けるか……。




