第74話 工業地帯の大捜査 Ⅱ
時は少しさかのぼり、海沿いのとある工場。ルベールとアズール、メレの三人は現場検証を行っていた。といっても、詳しく周辺を調べる程度のものではあるが。
何か異変がなかったか、目を凝らす。しかし、何の進展もないまま1時間近く。
「ねぇ……ホントに何も無いじゃん! 疲れたし、お腹空いたし」
「現場に行こうって言ったのは、メレじゃねぇか」
「ってか、フォードがいたらもっと楽に進んだんじゃね? アタシ、フォード連れてくるし!」
空腹からか、急に駄々をこね始めたメレ。一度言い出すと止まらないのが、彼女の悪いクセである。
「……妙に自信があったように見えたのは確かだが。蛇の道は蛇だとか言って出かけたからな」
「だったら、フォードが何か掴んでると信じて帰りたいし!」
メレのワガママは止まらなかった。何か事件につながるような有力な手掛かりはなかった。
結局、分かった事は二つ。工場番号が2943であり、鋳造作業を行っている会社の者であるということだけ。
今も稼働している工場ゆえ、内部を捜査できなかったことが手痛い。
「腹が減っては何とやら、っつーだろ。俺たちも帰ろうぜ」
ルベールたちは、Vファクトリーへと帰っていくのであった。
◆
「皆、もう帰っていたのか」
ミノルヴァに工場のクエスト状況を整理するよう依頼したフォードは、そのままVファクトリーへと戻ったのだった。
フォードは、半袖ジャンパーをコートハンガーに吊るして、ソファにドカッと座った。
「威勢よく出て行った割には、随分と時間がかかったようだが……何か掴めたのか?」
アズールが訊く。
「ちょっと世話になった人に情報提供を頼んだんだ。クエストの報酬として……な」
アズールは、フォードにアイスコーヒーを淹れた。シルバーのマグカップが結露するほどに、キンキンに冷えていている。
フォードは、それを口に含んだ。リュイ好みのブレンドコーヒーは、口元が歪むほど濃密で苦かった
「で、その情報っていつ分かるの?」
「その人曰く、ちょいと骨の折れる作業だとよ。何しろ、麦藁の中から針一本探すみてーな事だからよ。今日の18時、ガレ駅でもう一回会う約束を取り付けた」
「……18時か。結構、時間がかかるな」
ルベールは、眉間にシワを作った。いつサクラが殺されるか、たまったものではない。そんな中で5時間近くも足止めを食らうのは、なかなかに痛いことであった。
「……で、そっちはどうなんだ?」
「ウチらの方はダメダメだったんですけど。何にもおかしな部分なんてなかったし」
メレは、がっくり肩を落としながら言った。アズールをもってしてもお手上げだった辺り、そもそもの提案が間違いだったのだろう。
とにかく、今はミノルヴァを信じて待つしかない。
「リュイ。アレの整備、頼むわ。……もしかしたら、必要になるかもしれねぇ」
「あなた方が出かけている間に、作業は始めていた」
リュイが本棚脇のスイッチを押すと、本棚が横へスライドした。そして、地下室へ続く階段が現れた。
その階段を降りると、そこは巨大なガレージだった。シェアハウスのような一階部分からは想像もつかないほど、
鉄板の床を歩く音が、地下ガレージ内に響き渡る。ゴテゴテした機材が、ひっきりなしに動いている。
直径数百ミリはあるであろういくつものケーブルが、一つの巨大なメカに接続されていた。
そのメカの高さは25メートルほど。真紅のボディが目に眩しいその姿は、例えるなら翼を折りたたんだ天使のよう。
コックピットは、胸部。右胸の上部には、通し番号として「01」がつけられている。
「さてと、始めるか……」
リュイは、まずはルベールの愛機“レッドセラフィム”のメンテナンスから着手した。
ルベールがムチャばかりするためか、最も手間がかかるのがレッドセラフィムだ。整備ロボットの力を借りて、ようやく8割がた直ったところなのである。
VFマスク戦隊は、このような機体を他にも4機所有している。色は、もちろん青、黄、緑、桃である。
その一方で、Vファクトリーの一階。アズールが神妙な面持ちでフォードを見ていた。
「フォード、俺に修業をつけてほしい」
「お前は、少しでも身体を休ませておけ。次の戦いに備えるんだ」
「だが……!」
アズールは、なおも食い下がった。ルベールと張り合って勝てるまでにレイジを育て上げたメソッドに、どうしてもあやかりたかったのだ。
それに、昨日の悔しさもあった。サクラを取られた責任感、アザミたちを助けられなかった悔しさは、メンバーの中で最も強く感じている。
「悔しさは分かる。何度だっていうけど、俺だって平気じゃねぇ」
アズールの胸に秘めていた熱い思いを汲んだフォードは、そのうえで彼の懇願を断った。
「だったら、なおのこと。俺は強くならなきゃいけない」
アズールは握りこぶしをフォードの前で震わせながら言った。
「でも、お前は一人じゃねぇんだぜ? 俺たちがいるし、ルベールたちもいる。誰かを頼るってのもまた、強さだぜ」
フォードは、アズールの左肩をポンと叩いた。
「お前がそこまで言うのなら、そうするべきなのだろう。それにしても、この達観したような物言い……本当に何者なんだ?」
「元軍人。今は、ただの冒険者でレイジのアニキ。これで十分だろ?」
フォードは、これでいいだろうとばかりに不敵な笑みを浮かべた。
「そうか……」
そう呟いたアズールは、少しばかり不服そうだった。
◆
18時、ガレ駅前。
「フォードさん、随分と変わったお仲間をお持ちで……」
ミノルヴァは、VFマスク戦隊の面々と一緒にいるフォードに驚いていた。彼からすれば、メンバーの顔ぶれが変わったようにしか見えないだろう。
「ンな事はどうでもいいから、例の件……割り出せたのか?」
「はい、こちらがリストになっています」
ミノルヴァは、フォードにリストを手渡した。この工業地帯は、工場ごとに番号が割り振られているのが最大の特徴である。
このリストに載っているのが、稼働していてかつクエストの依頼も出ていない工場。フォードは、ペラペラと紙をめくる。
しかし、しばらくして、リスト名が変わった。調査不可能とされたリストだ。これだけでも100件近くはあった。
「あのさ……これって?」
「ええ、大抵の工場は快く情報提供してくださったのですが、パープルメロン社所有の工場だけは機密事項であると……」
「パープルメロンっていえば……デズモンド社の孫請けになっている半導体の会社か」
パープルメロン社は、40年ほど前から半導体を製造している会社であり、十数年ほど前にデズモンド社に買収された会社である。
年商4000億ルド、半導体のシェアは、このカルミナでもトップを争うほど。この会社こそが、シバレーの国の経済及びライフラインにおいて縁の下の力持ちである。
それほどの会社が協力してくれないのは、何かウラがあるような気がしてならなフォード。
あれだけの年商なら、工場の作業員もそれ相応だ。その中には、新聞を読んで協力の意思を示してくれる人がいるはずだ。
だが、それさえもいなかった、とミノルヴァは語る。何度も何度も頭を下げながら、フォードたちのご機嫌を取ろうとしている。
「申し訳ありません、フォードさん。先方への協力は、幾度となく頼んだのですが……」
「いや、ここまで来たら、後は俺たちの手で候補の工場を絞れる。あとは、パープルメロン社とその周辺を調べればいいだけだ」
「ありがとうな、ミノルヴァ。スゲー有力な情報だったぜ」
フォードは、ミノルヴァの肩をポンと叩き、大仕事をねぎらった。別に大したことは……とミノルヴァは謙遜した。
「では、私はこれでドロンさせていただきます」
ミノルヴァは、指を組んで忍術の構えを取った。それから、とても初老のメタボとは思えない速さで帰っていった。
「すまなかったな、ミノルヴァ」
フォードは、去っていくミノルヴァに手を振った。
ここから先はシラミ潰しの作業。一つ一つを手分けして探る必要がある。
「さてと、ここで一つ問題だな……」
フォードは、腕を組みながら言った。
「ミノルヴァさんが頑張ってくれたじゃん! 他に何が問題あるの?」
「……レイジに、この事態を伝える手段がねぇ」
フォードは、口元を歪ませながら言った。山奥に修業に行かせたのだが、少なくともあと二日は戻るつもりはないようだ。
「大体の場所が分かってるなら、アレ出すぜ?」
「ルベール、アレはもう少しかかる」
「マジかよ……」
ルベールは、愛機が使えないことにショックを受けた。
「大体、あなたはメカへの愛着がないのか? 最近は敵との戦闘が多いとはいえ、いつもボロボロにされては、我々の負担も重くなるというものだ」
「モノは大切に使え……ってか。わーった! わーったよ、次から気を付ける」
ルベールは、後頭部をかきむしった。リュイの説教を軽く聞き流した。
リュイは、なおもルベールの耳をつねり、説教垂れる。5人の中で最もメカへの愛着が強いからこそ、文句も多いようだ。
「リュイ、そこまでにしよーよ。早く、サクラたちの場所を特定しよーよ!」
「そうだぜ。今は、ケンカしてる時間すら惜しいぜ」
フォードとメレは、我先にとばかりに先を急ぐ。
「お、おい! レイジのことはいいのかよ?」
「どうにもならねぇ以上、アイツ抜きでやるっきゃねぇだろ。どうしてもってんなら、早く戻ってくることを祈るんだな」




