第73話 工業地帯の大捜査 Ⅰ
新聞が世間に出回ってから数時間。相変わらず有力な情報は入ってこない。刻一刻と迫るタイムリミット。
フォードもVFマスク戦隊も動かざるをえなかった。そのためには、まずは情報だ。
アズールは、フォードに昨夜のことを話した。サクラとは、あの一件から全く連絡がつかないことをフォードに伝えてくれた。
話を一通り聞いたフォードは、スッと立ち上がって体を伸ばす。
「少なくとも、サクラの居場所は特定できそうだな」
「しかし、どうやって……」
「とりあえず、この周辺の地図はあるか?」
フォードが訊くと、リュイがホワイトボードを引っ張ってきた。そこに磁石で地図を貼り付ける。
彼は、アズールにペンを投げ渡した。
「まずは、アズールが敵を惹きつけた場所だ。そこに大まかでいいから丸を入れてくれ」
「海を臨むあたりだったように思う。後の特徴は、どこも同じような景色だから、話したところで……」
アズールの話を聞いて、メレが海のあたりを大きく赤ペンで囲んだ。
アズールは、右手で顎を撫でながら言った。あの晩は、ガラにもなくがむしゃらに動いていたのだ。
それでも、何かヒントは無いかと頭をひねった。戦いの内容、敵の発言……思い出せるもの全部思い出した。
記憶を手繰り寄せて、アズールは一つの違和感に気づいた。
「そういえば、魔力油の詰まったドラム缶を投げられたような……」
「だとしたら、稼働している工場の近くになるぜ。そこから女の脚の速さで数分だから、監禁場所はかなり限られてくるだろ」
フォードは、メレの囲った円から北東方向に矢印を書き加えた。さらに、矢印の先に丸を加える。
これでも、かなりの広範囲。完全に特定するには、5人という捜査力では到底足りない。
もっと手掛かりになるものが欲しい。そう思ったリュイは、アズールの方を見て眼鏡を正した。
「それから、アズール。あなたは、一度だけ連絡を取ってつながった……と言ったが?」
「それが何か?」
「Vフォンに記録が残っているはずだ。聴かせてくれ」
アズールは、リュイに自分のVフォンを渡した。このVフォン、ただの変身アイテムにあらず。
仲間との通話はもちろん、その内容まで自動的に記録してくれるシロモノ。その容量は、一年分の通話を全部記憶してもなおお釣りがくるほど。
おそらく、このような事態に陥ったときのために、このような機能を搭載したのだろう。
リュイは、履歴を検索して、一度だけつながった通話の記録にたどり着いた。
「どんだけ進んでんだよ、シバレーの技術……てかお前らの科学力」
「……静かに」
フォードが吐き捨てるように言うと、リュイに怒られた。一度だけつながった連絡、その内容もヒントになるかもしれないのだ。
リュイは、Vフォンのスピーカー部分に右耳を当てて、神経をとがらせた。
何回かサクラとの通話記録を聞いていたリュイだったが、眉間にシワが寄る一方。10秒にも満たない記録から探し出すには、さすがに無理があるようだ。
「……ダメだ。サクラが苦しんでいる声しか聞こえない」
「俺にも聞かせろ。耳にはチョイと自信がある」
フォードは、リュイの手からひったくるようにVフォンを取ると、通話を再生する。
音量は当然のようにMAX。サクラのうめき声以外の音に神経を集中させる。
何度か再生したところで、フォードは目を丸くした。何かに気づいたようだ。
「かすかに、メカブリンの鳴き声がする。あとは、歯車の音か……?」
「マジかよ!? じゃあ、直近でメカブリンの討伐が依頼されてねぇところってか!」
場所は、今も稼働していて、なおかつメカブリン討伐がなされていない工場。
「ずっと思ってたんだけどさ……拠点でアレコレ考えるより、みんなで探しに行こーよ!」
メレは、タピオカの入ったミルクティーを一気に飲み干してから言った。
「……ちょうど、俺も同じこと思ってたところだぜ。頭動かすのはアズールとリュイに任せて、俺たちはとにかく動くぞ。な、フォード!」
ルベールは、フォードの肩に腕を伸ばし、強引に組んできた。しかし、フォードは、その腕を軽く振り払った。
「俺も動くが、別件だ。俺は、会うべき人に会いに行ってくる」
これだけ情報があれば十分だとでも言わんばかりに、フォードは吐き捨てた。
「どういうことだ、フォード」
「蛇の道は蛇、っつーだろ」
アズールの問いかけを適当にあしらったフォード。彼は、地図を貰っていくと、一足先にVファクトリーを後にした。
◆
Vファクトリーを出て10分ほどで、とある廃港へとたどり着いた。
空模様は不安定、海も少しばかり荒れている。結局、掴めそうなのはサクラの所在のみ。
アザミたちがいるとは限らないと思うと、握りこぶしが震える。
「さてと……」
フォードは、腕時計を見た。間もなく12時、依頼人と落ち合う時間が迫っている。
冒険者パスからクエストの受注をしていたのだ。それも、とある人物の者を。
もちろん、マジメにこなすが、受注そのものは会うための口実だ。
「ややっ! フォードさん、ご無沙汰しております」
一人の中年男性がフォードの右手を両手で覆って、ペコペコと頭を下げ始めた。
「ミノルヴァのオッサンも、相変わらず元気そうじゃねぇか」
先ほどまでの険しい表情が一転、フォードは口角を上げてミノルヴァの元気を喜んだ。
「今回もクエストに参加していただけるだなんて、もう感動で目の前が……」
ミノルヴァ元工場長の目が潤んだ。
「別に泣くほどの事でもねぇだろ……鼻ぐらいかめよ」
フォードは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったミノルヴァの顔を見て呆れた。
「またメカブリンの討伐にご協力いただけるということで、フォードさんなら報酬を弾みますよ」
「だったら、報酬は情報でいい。詳しいことは後で話す」
「情報……? そんなものでいいんですか?」
「ああ、ちょいと急を要することでよ……。さっさと始めようぜ、クエスト」
フォードは、ミノルヴァの後をついていった。
工場の番号は563、以前世話になった場所と比べていくばくかガレ駅から近い。
この工場も、使われなくなってから10年ほど。今やメカブリンどころかインボ龍も湧いて出ている状態。マシン系の魔物が蔓延る状態。
そして、特有の刺激臭。硫化水素にアンモニア、その他有害物質の混ざったニオイ。額面が40万ルドなのはダテではない。
「ここなんだな?」
「ええ。実は、ここも結構曰く付きでしてね……。レイジさんでしたっけ? 彼がいなくて大丈夫なんですか?」
「アイツは、修業中でよ……ブロール・リーグの決勝で負けたのがよほど悔しかったんだよ」
「ちょっと気になったけどよ……なんで一気にクエストやんねーんだ? そりゃ、メカブリンが出るのに多少のラグはあるだろうけどよ」
「それなんですけどね、いろいろとあるんですよ。権利関係だとか市の政令だとかで……」
フォードは、「そうか」と軽く返した。この事情については、これ以上聞いても有益な情報が出そうにない。
少しでも早く情報を引き出したいフォードは、早速仕事に取り掛かる。
「気を失うかもしれねぇから、少し離れてくれ」
「え……あ、はい」
ミノルヴァは、廃工場から出て行った。工場内に人間はフォードただ一人。
フォードは、力強くメカブリンたちを睨んだ。すると、彼の背後に武器を持った阿修羅像のような幻が現れた。
大気がビリビリと震え、メカブリンやインボ龍が次々と倒れていく。残ったのは、隠れていたごく一部のモンスターのみ。
そのモンスターさえも、フォードの持ち前の身体能力の前には無力。銃の扱いもお手の物。時代劇の殺陣のごとく、敵がバッタバッタと倒れていく。
本来ならば大所帯の冒険団に依頼するような案件だが、フォードはたった30分ほどでモンスターの制圧に成功。
あまりにも速く、あまりにも鮮やかな手口。元軍人の腕は、退役して冒険団を率いても落ちてはいなかった。
「よう、ミノルヴァのオッサン。鎮圧完了だぜ」
「は……早い。たった一人でこれだけの相手を……」
ミノルヴァは、尻ポケットの長財布に手をかけた。早かったことに対して、さらに報酬を弾むつもりでいるらしい。
「これだけ早かったら、40万に加えてさらに15万を……」
「いや、金は要らねぇ。俺が訊きたいのは、ここら近辺の事だ。直近一カ月くらいで、メカブリンの討伐が依頼されてねぇ工場をリストアップしてくれ」
フォードは、地図をミノルヴァに手渡した。「はぁ」と呆気にとられるミノルヴァ。
大まかな推測しかできなかったため、範囲は数キロにも及び、工場の数も数百程度。普通であれば、警察に頼むべき案件。
しかし、脅迫状の内容からして、警察を動かせない今、工業地帯に詳しい彼を頼るのが苦肉の策なのである。
「しかし、これだけの範囲となれば、軽く三日は……」
「悪いが、他の部下を総動員してくれても構わねえから、今日中に頼むぜ。仲間の命がかかってるんだ」
フォードが頭を下げた。ミノルヴァは、今日のシバ経を思い出した。フォードの依頼が載っていたのだ。
とにかく、少しでも早く有益な情報がほしいであろう事態。何度も「頼む」と懇願するフォードの事を、ミノルヴァは見ていられなかった。
「そういえば、フォードさんの仲間が取られていたそうですね」
「ああ、それで俺も何かヒントがねぇかと動いてたんだ。で、このあたりの可能性が高いんじゃねぇか、ってなったんだ」
「二度も私なんかのクエストを、それも手早くこなしてくれたんです。私も一肌脱ぎましょう! では、18時頃にガレ駅で」
「すまないが、頼んだ。お前だけが頼りだ」
今度は、フォードがミノルヴァの手を両手で覆った。




