第71話 ゲブの魔手 Ⅲ
ランドとムジコリザード、および数十の勢力を一手に引きつけたブルー。
白スーツの軍団を淡々と切り伏せていく。その姿は、まさに荒ぶる海の波のよう。
余裕綽々といった様子のサウスポーの刀剣使い。ここで、ランドはブルーを指さして、あざ笑う。
「あなたも随分と頭の血のめぐりが悪いようで……」
「……と、言うと?」
ブルーは、敢えてランドのつぶやきに反応した。
「敵の拠点にレディを一人で行かせるなんて、とてもクールな紳士のやることじゃない」
「なんだ……そんな事か」
ランドの言葉攻め。核心を突かれたブルーだったが、サクラを信頼してのことだった。
さっさと片づけて、ブルーも彼女に追いつくつもりでいる。あまり時間をかけたくない局面である。
「えらく斜めに構えた野郎だな……その仮面の下では動揺しているだろうぜ! かかれ!」
ムジコリザードの号令に応じて、残った15人ほどの白スーツがブルーに襲い掛かる。
ある者は拳で、またある者は銃で。さらに、ブルーの得意分野である剣で対抗する者。
さらに、工業地帯だけに魔力油のドラム缶を投げつける怪力まで。
もはや、なりふり構わぬ状態。何が何でもブルーをここで始末する、という意図がありありと見えてくる。
「ドラム缶をぶつければ、俺がくたばるとでも……?」
ブルーは、太刀を両手持ちに切り替えた。降ってくるドラム缶の軌道を変えて、白スーツたちの足元に落とした。
中身の詰まったドラム缶が爆発を起こした。宵闇の工場地帯が明るくなったのと同時に、白スーツが次々と吹っ飛んでいく。
一歩間違えれば自分自身をも巻き込んでしまう、諸刃の剣。
「これだけの相手を一人で倒すとは……なかなかやるな?」
ムジコリザードは、めらめらと燃えるドラム缶を眺めながら言った。クールに構えていながら勝負師な部分を垣間見ての感心だ。
「悪いが、工事のトカゲ野郎……一気に勝負を決めさせてもらう」
ブルーは、再び左手の逆手持ちに切り替えた。
「それは、我々も同じことですが……“ストーン”!」
「ちっ……やられた!」
ランドが指を鳴らせば、ブルーの周囲に岩の柱のような物体が現れた。
大地魔法の使い手として名を挙げているゲブ、その部下もまた優秀だった。とても筋骨隆々の見た目からは想像できないほど、魔法が上手い。
取り囲んで身動きが取れないブルーの頭上、鉄鉱石のような物体が剣の形を成して降りかかろうとしていた。
「さらばだ……“オーステナイト”!」
岩の剣が、ブルーに炸裂する。ブルーの周りで火花が飛び散り、爆発の衝撃を真正面から受ける形となった。
「うおあああああ!」
岩の剣による一撃、岩の柱による視界の阻害。アズールに耐えがたいほどの圧力が襲い掛かる。
ランドの魔術が解けた後、アズールは周囲を見渡した。かろうじて生き残った白スーツ、そしてランドとムジコリザードにも逃げられてしまった。
当初の目標である時間稼ぎには成功している。しかし、身体のいたる箇所に切り傷やアザを作っている。この状態で敵の拠点に向かっても、まともに戦える状態ではない。
アズールは、ひとまずサクラと連絡を取るためにVフォンを取り出した。
「おい、サクラ。俺だ、アズールだ」
「……むぐ、くっ。ぅう……」
つながったのは、ほんの一瞬。サクラが苦しんでいる声しか分からない。何者かが強制的にサクラとの通話を切った。
所在も不明だが、明らかにサクラが何者かに拘束されていることだけが分かった。
「ちっ……敵の手中か!」
アズールは、舌打ちした。自分がトカゲとランドの気を引いている間に、サクラは敵に見つかって捕まったのだ。
見込みが甘かった。ランドの言ったとおり、紳士らしからぬ作戦だった。
「俺だ、アズールだ。ルベール、応答しろ!」
「アズールが取り乱してるって珍しいじゃねぇか。何があった?」
「俺の不手際で、サクラがさらわれた。すぐに、戻ってきてくれ」
アズールの眉間にシワが寄る。申し訳ない口調で、歯を食いしばりながら答えた。
「おい、ウソだろ! 何があったんだ!?」
レッドは、切羽詰まったような声で返した。
「お前の友人を助けようとして失敗した」
「事情は大体わかった。すぐに戻る!」
「すまない、ルベール。お前の時間を取ってしまって」
「仲間とダチがピンチだってんだ……武者修行とか言ってる場合じゃねぇだろ!!」
ルベールは、激怒していた。何が何でも、サクラや友人をひどい目に遭わせた人物をぶちのめしたくなった。
◆
アズールが失意の頃、フォードはようやく泊まっていたホテルに戻ってきた。夜も遅い時間であり、本来ならばアザミとギュトーが既に眠りについている頃だろう。
しかし、部屋は荒らされており、もぬけの殻。フォードの顔から、血の気がスーッと引いていくのが分かる。
「おい、アザミ! ギュトー!」
部屋を探っても、二人はいない。緊急事態にも拘わらず、レイジは山奥にいる。少なくとも二日は連絡が取れない状態。
一味は、突如として壊滅状態に追い込まれた。
「くそ……俺がいながら……!」
フォードは地団駄を踏んだ。歯ぎしりしながら、椅子に座り貧乏ゆすり。
すると、フォードとレイジに宛てられた一枚の紙がテーブルにある事に気づいた。
フォードとその弟分へ
貴殿の仲間は頂戴した。返してほしくば、三日以内に身代金として2千万ルド、および弟分の首を差し出せ。
このことを警察及び他の冒険者に言及してはならない。そもそも、冒険者同士のいさかいは警察からすれば治外法権だが。
「くっ……姑息な真似を!」
フォードは、犯人からの要求をクシャクシャに丸めて投げた。
差出人不明。どこの誰に身代金を請求されているのか分からない事が、また恐怖をあおってくる。
素性を明かさぬことから、要求通りに動いたところでアザミが帰ってくるとは思えない。
一刻でも早く助けに向かう必要があった。フォードは、アザミが注文してくれた半袖ジャンパーを羽織ると、全速でホテルを出て行った。
向かう先は、警察ではない。新聞社である。他の冒険者にも協力を仰げないことから、クエストとしてアザミたちを探させることも出来ない。
だが、新聞を読んだ一般市民ならどうだろうか。警察にも冒険者にも属さない。少し冷静になれば、犯人も思ったよりマヌケである事が分かる。
フォードが電車やバス、タクシーを乗り継いでたどり着いた先は、シバレーで最も読まれているシバ経(シバレー経済新聞)の出版社。
彼は、そのシバ経ビルへと入っていった。タレコミ上等なのか、24時間体制で受付は稼働している。
「夜遅くにすまねぇ! ちょいとばかり書いてほしい記事があんだよ」
「アナタは、フォード様ですね。書いてほしい記事というのは、例の青年の事で……?」
話が速かった。ブロール・リーグで名が売れた事が功を奏した。すぐに記事を書いてもらえそうだ。
フォードは、体中に流れる汗をタオルで拭くと、神妙な面持ちで返す。
「いや……レイジの事じゃねぇ。あまり表向きに出来る話じゃねぇから、すぐに編集長に会わせてくれ」
「では、すぐに内線をつなぎますね」
受付嬢は、後ろにある受話器を手に取った。つながるまでの間、フォードは、ロビーを右往左往。
仲間を奪われ、そのうえ差出人の脅迫状を受けたのだ。落ち着かないのも無理はない。
しばらく経ってから、内線がつながった。受付嬢は、すぐにフォードに受話器を渡した。
「誰かと思えば、巷で話題のフォード君か。……して、どのような要件かな?」
「頼む、俺の仲間が危機に晒されているんだ。この事を新聞で市民に伝えてくれ」
「聞こうじゃないか。何があったのかを」
ガセだろうと何だろうと記事にしたがるのが編集長の悪いクセ。そのため、情報量は多いもののウソも多く、そして世界一高い新聞なのがシバ経の特徴だ。
シバ経は毎日100面を超え、価格も一部7ルドと、もはや並みの雑誌どころではない。それでも、ディーニタイムスと同じくらい市民に根付いた新聞である。
フォードは、この市民への普及率に賭けた。そして、編集長に今夜あった事をすべて話した。
「……大体わかった。台風の目である君たちの仲間が取られたんだ、我々としても善処したいよ」
「ありがとう、恩に着るぜ!」
編集長は、すぐにワープロを叩き始めた。もうすぐ発行、ギリギリの中での加筆修正が強行された……。




