第69話 ゲブの魔手 Ⅰ
場所は変わり、山奥。すっかり遅くなったので、ジョウを送っている最中だった。
左肩にモンスターの肉を詰めた袋を担ぎ、右手にはたいまつ。両手が塞がっていて、戦える状態ではない。
道なき道を進みながら、レイジはジョウの話を真剣に聞いていた。
「僕の家は、とっても貧乏なんだ。お父さんもいないし……」
「だから、こうして食材を探しに山に出かけている、ということか?」
「そうなんだ。だから、僕の夢は冒険者! クエストってやつでいっぱい稼いで稼いで、僕が家族を……!」
ジョウの握り拳の硬さは、彼の意思の強さを物語っていた。
彼の境遇は、日本のレイジとは真逆だった。その日の水も食料もままならぬほどの貧乏。しかしながら、家族に頼りにされている。
たかが人間関係に疲れたという理由だけで、特急に飛び込んだ自分の浅ましさを痛感したレイジ。苦境にも強いジョウの事が羨ましく思えてきた。
「強いんだな、ジョウは……」
「でも、お兄ちゃんには敵わないや」
「いや、ハートの話。毎日辛いのに、頑張ってるんだなって」
「これでも僕は、幸せなんだ。お姉ちゃんとお母さんとおじいちゃんと……」
とても家族を大切にしていることが聞いていて分かる。レイジは、己の親不孝を恨んだ。
レイジは、言葉に詰まった。というよりは、辛そうな表情を抑えるのに精いっぱいといったところか。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「あぁ……別に問題ないよ。ちょっと疲れが溜まってただけだから」
「だったら、いいけど。それでね……」
ジョウは、嬉々として家族との思い出を語ってくれた。事細かく、さらに明るく話してくれるので、道中で暗いムードは払拭された。
山道を進むこと、約一時間。この辺りには夜行性の動物やモンスターが少ないのか、運よく他の生物に遭遇することもなかった。
ジョウの家は、山奥にある掘っ建て小屋。アイン村にあった家よりも、さらに粗末なものだった。
「お帰り、ジョウ! 随分とボロボロじゃない!」
ジョウを出迎えてくれたのは、恰幅のいい肝っ玉母ちゃんだった。その服は、ジョウと同じようにボロキレを継ぎ接ぎしている。
「実は、かくかくしかじか……」
レイジは、ジョウの母親に諸事情を話した。彼が姉の病を治す材料としてトラノイキュービを探していること。
そして、その過程で、雷に打たれて倒れた木の下敷きになったところを助けたこと。さらに、遅くなったので安全のために送ったこと。
「それで、あなたがジョウと一緒にいた……と」
「はい。ジョウ君は無事に送り届けたので、俺はこれで……。良かったら、これを皆さんで」
レイジは、ブルヘッドオーの肉以外のすべての食料をジョウ一家に渡した。そして、彼自身は、踵を返そうとした。
貧しいながらもささやかな幸せがある家庭に対して、厄介になるのが申し訳なく思えてきたのだ。
「ジョウ、明日も来るから」
「あんた、待ちな! うちのジョウを助けてくれたんだ。お礼くらいさせとくれよ」
「いやいや、礼には及びませんよ」
「兄ちゃん、どうせ一人なんだろ? 今晩くらい泊っていきな」
気の強そうなお母さんの事だ、一度言ったら折れないことだろう。
お礼をしたいという思いを無下にするのは、もっと気が引けることだった。
なので、レイジは肝っ玉母さんのお言葉に甘えることに。
「ありがとうございます」
「さ、こんなにいい食材が手に入ったんだ。腕によりをかけて夕食作るわよ!」
肝っ玉母さん、張り切る。
レイジは、掘っ建て小屋の中へと入っていった。
中は、ワンルーム。せんべい布団が四つ、かまどといくつかのランタン以外に目立った物はない。家具も最低限の最低限しか揃っていない。
雨風さえしのげるのならばそれで充分、といったところか。しかし、壁にも天井にも細かい穴があり、それすらままなっていない。
一番窓側のせんべい布団では、ジョウが昼間言っていたように姉が病で寝込んでいた。
「……ゴメンね。あんたに心配かけて」
「いいんだ、お姉ちゃん。僕にはレイジのお兄ちゃんがいるから、どんな事だってへっちゃらさ!」
ジョウは、せんべい布団で寝込んでいる姉の手を取りながら言った。
彼の姉は、いかにも儚げな少女といった印象だ。手は枝のように細く、そしてわずかに青白い。
時折せき込む様子が見られることから、容態はかなり重いようだ。
「私は、オーベンと申します。弟が本当に迷惑を……コホッ、コホ」
「迷惑だなんて、とんでもない。どうせ、今は一人なものですから。それより、大丈夫ですか?」
「ええ。時折来るお医者様は、安静にしていれば大丈夫だと」
「ほら、出来たよ! 母ちゃん特製のシチューだよ」
鍋いっぱいに作られたシチュー、そして大皿に溢れんばかりのブルヘッドオーのローストが並んでいる。
シチューの優しい匂いと、ローストのスパイスの香りが食欲をそそる。レイジの腹が、雷のごとく鳴った。
「レイジのお兄ちゃん、よっぽどお腹が空いてたんだね」
「そういえば……」
レイジは、赤面した。
朝から、マトモな食事をしていなかった。ワークアウトだの、炎の練習だの……そんなことに夢中になっていたのだ。
いざ緊張の糸が切れると、食欲が堰を切ったようにあふれ出てくる。
「どうせ食べ盛りの年ごろなんだろ。あたしと父さんの分は気にしなくていいから、たんとお食べ!」
「では、いただきます!」
レイジとジョウは、がっついた。食事は質より量と言わんばかりに、おかわりの乱発。
食欲がとどまるところを知らない。さすがは食べ盛りだ、とジョウの祖父は二人をほほえましく見ている、
「何から何まで悪いですね」
「イイんだよ! アンタが獲ってくれた食材で、こうして美味しいものが作れるんだから!」
「あ……このシチュー、チーズが入ってる!」
口いっぱいに広がるチーズのコクと野菜の甘み。ギュトーに勝るとも劣らない料理の腕前。
レイジとジョウ一家の美味しい夜は続くのであった。
◆
場所は変わり、シバレーのとある雑居ビルの一角。
ゲブは、相も変わらずイライラしていた。四日後にディメテル自らレイジ打倒に赴く、という報告が入ったのだ。
それまでに始末しなければ、また怒鳴られる。それが嫌で頭を抱えているのだが
「……ゲブ様、報告です」
「何だ、ランドか。どうした?」
ゲブは、キレ気味にランドの報告を聞くことに。
「レイジという男についてですが……精神的ショックで入院していたとのことです」
「していた……。ということは、今の所在は?」
「申し訳ありませんが、レイジだけが何故かこのシバレーにいないのです」
ゲブは、何も言わずにデスクを強くたたいた。その額には、はち切れんばかりの血管。
そんな事を聞きたいのではない。レイジを追い詰める妙案、あるいは所在の事を聞きたいのであって、いないことを知りたいわけではない。
「ゲブ様……」
「んだ、つまらねぇ報告しやがって! てめぇはすっこんでろ!」
「一つ提案なのですが、フォードの一味の誰かを餌に、レイジを呼び寄せるというのはいかがでしょう?」
ここで、ゲブの怒りがいくばくか収まった。鬼神のごとき形相だった顔から、少しばかり力が抜けた。
要するに、仲間の誰かをさらう、という提案だ。レイジにとって最も影響を及ぼすのは、間違いなくフォードだ。
しかし、あのレイジを鍛えた手腕からして、その強さは折り紙付きだ。ましてや、相手は軍隊の副将軍まで上り詰めた漢。そう簡単にさらえるとは思えない。
「だとしたら、候補は二人か。どちらも男というのが気がかりだが……」
「それから、精神的ショックで入院していたので、メンタルはかなり追いやられているかと」
「叩くなら、吹っ切れるより先に……ってところか。よし、今なら一味は寝ているはずだ、さっさと実行だ!」
レイジの知らないところで、ゲブの魔手がフォードの一味に襲い掛からんとしていた……。




