第68話 弱き己を乗り越える Ⅱ
「強くて優しい……」
レイジは、少年の背中に薬を塗りながら、お礼の言葉を噛みしめていた。
「うん! だって、お兄ちゃん……僕のために頑張ってくれたんだもん!」
レイジは、少年を直視できなかった。こんなに泥だらけになっている自分に、ヒーローを見るような眼差しを送っているのだ。
それでも、少年の目の輝きは変わらない。強いと思われているが、実際はそうでもない。そんな思いから、少年を騙したような気がしてしまう。
「君……もっと、広い世界を見た方がいいよ。俺より強い奴はたくさんいる」
「分かってるって! でも……お兄ちゃんは、僕のヒーローだもん!」
「ヒーローか……」
レイジは、純粋な男の子の言葉を噛みしめた。少年は、ヒーローだよ、と念入りに言った。
「お兄ちゃんだって、もっと世界知ったほうがいいよ。強いだけがヒーローじゃないってお母さんが言ってた」
少年に言葉をそのまま返された。レイジは、何も言えずに困った。
「それはそうと、君はどうして、こんな山奥に……?」
「僕は、あるモンスターを探してるんだ。“トラノイキュービ”ってモンスターで……」
少年は、ポケットから紙を取り出した。おそらく彼が描いたであろうモンスターの絵があった。
トラノイキュービは、虎の威を借る九尾の狐。見てくれこそ狐であるが、身体の模様は黄色と黒の虎模様。
九尾というだけでもかなり強そうなのに、なぜ猛虎の威を借りる必要があるのか……レイジには理解に苦しんだ。
「しかし、変なモンスターだなぁ。どんな特徴があるんだ?」
「いろんな属性の魔法を使ってくるんだ」
これを聞いた瞬間、エルトシャンの姿がダブったレイジ。心の傷を超えるには、これ以上ない相手だ。
「僕がこのモンスターをやっつけて、心臓を薬の材料にするんだ。そして、お姉ちゃんを治す薬を……」
「なるほど、そういう事だったのか……」
レイジは、少年が銃と盾を持っていたことに納得がいった。しかし、様々な属性の持ち主を相手するには、あまりにも心もとない。
さらに、滅多な事では姿を現さない。数日がかりで捜索隊を組織しても見つかるかどうかといったところ。
心臓が薬の材料になることはもちろん、尻尾は魔よけに、頭は学業成就のお守りの材料になる。毛皮に至っては、高級な服の素材。
クエストで討伐の依頼が出れば、一匹3万ルドは超えるモンスター。しかし、少年にそれだけの額は到底出せない。
「でも、なかなか見つからないんだ……おじいちゃんが僕くらいの時は、たくさんいたんだって」
一匹捕えれば、様々な道具の素材となるトラノイキュービ。人間からすれば、金ヅルもいいところである。
その昔、乱獲されてしまったので数が激減。種の存亡がかかったトラノイキュービは、世代を経るごとに強くなっていったという。
「だったら、俺も探すよ。話を聞いていて、ちょうど手合わせしたいって思ったんだ」
「本当に!? お兄ちゃん、ありがとう!」
「お兄ちゃんって……」
レイジは、お兄ちゃんと呼ばれていることに、今さら照れ臭い感情を覚えた。まだまだ未熟なのに、兄貴分と慕われているのだ。
この純粋無垢な少年に……姉のために大冒険に挑む小さな勇者に報いるために、しっかりしなければならない。ヒーローの背筋が、無意識のうちに伸びる。
しかし、その思いはすぐに空回りすることに……。
「立てるか……えっと……」
レイジは、少年に手を差し伸べた。
「僕はジョウ! お兄ちゃんは?」
「俺は、レイジ。フォードの一味ってところで冒険団をやってるけど、今はワケアリで一人だ」
レイジは、ジョウを立たせると、はにかみながら自己紹介した。
いつの間にか、雨が上がっていた。向こうに見える山は、夕日を受けて紅に染まっている。
こんな山の中で何かを探すには遅い時間。だが、ジョウの諦めない心に応えるべく、レイジは捜索を開始した。
人間に乱獲された積年の恨みがDNAにしっかり刻まれているのか、一時間ほど過ぎても、その影すら捉えることができない。
代わりに見つかったのは、グーミーと呼ばれるナメクジに似たモンスター数十匹、口の中で子カエルを育てるライクソンというカエルモンスターなどなど。
他にも、ケツァルカタナスの若鳥、マンドラゴラ数匹、昼間のブルヘッドが二体。いずれも、感覚を取り戻しつつあったレイジの敵ではない。
「……結局、見つからなかったね」
「絶滅危惧種ってやつなんだろ? そう簡単に見つかりはしないさ」
捜索を進めるうちに、すっかり日が暮れてしまった。結局、トラノイキュービの足掛かりをつかむことさえ出来なかった。
違うモンスターばかり出てきて落ち込むジョウ。年端もいかぬ子どもの張り切りは、今日は徒労に終わったのだ。
「それはそうと、君……帰らなくて大丈夫?」
「姉ちゃんと約束したんだ、絶対に見つけるって。それまでは、帰りたくないんだ」
「……あんまり、心配させるなよ。それでお姉さんの病気が悪くなったらどうする?」
「で、でも……」
ジョウは、なおも食い下がってきた。その目は諦めを知らない。
やる気だけは確か。それ自体は、別に構わなかった。だが、レイジの目には、ジョウが無理をしているようにしか見えなかった。
レイジは、手持ちの缶詰をすべて、ジョウに渡した。
「今日のところは、帰りな。看病してあげれば、君はお姉さんにとってヒーローになれるだろ?」
「……分かったよ」
少年は、ようやく理解を示してくれた。
「さすがに、子供一人で夜の山道……ってのは危ないから、俺も一緒に行くよ」
レイジは、ジョウともうしばらく行動を共にすることにした。
◆
時を同じくして、シバレー。レイジの成長を心待ちにしているフォードは、ただ首を長くして待っているだけではなかった。
成長した弟分に見合う漢となるべく、彼もまた己を追い込んでいた。朝からずっとワークアウト。
「99……100!」
右手だけの腕立て伏せを終えたフォードは、肩を回しながらクールダウン。
「フォードはんも、修業に精が出てはりますなぁ」
アザミは、フォードにタオルを手渡した。
「ありがとな、アザミ」
「それにしても、どないな風の吹き回しなん?」
「ああ……レイジにばかり負担かけてたからなぁ」
これまでの旅は、ほとんどがレイジの功績だった。それは同時に、レイジの負担が重いことを意味する。
これから先、レイジ一人ではどうにもならない局面は訪れるだろう。それを考えたときに、フォードも強くなることを考えたのだ。
「それは確かにあるわ。ちょっとレイジはんに厳しすぎやで」
「アイツには悪ィとは思ってる。だけどよ……今回のミニキャンプは、あいつ自身が決めたことだ」
「ほんまに一人で大丈夫なんかいな……」
「何もなけりゃ、行く意味ねぇだろ? 強くなったアイツを楽しみにしようぜ!」
絶対に何かを掴んで帰ってくるに違いない……フォードは、それを強く信じてレイジを見送ったのだ。
レイジが戻ってくるまで、あと三日。アザミもギュトーも、レイジが心配で夜も眠れそうにないのであった。




