第64話 恨み節
エルトシャンとの激闘から一夜。レイジの身体は、エクスカリバーの痕だけは残っているものの、快方に向かっている。
普通に朝食も取れており、明日の午前中にも病院を出ても大丈夫とのこと。
しかし、ただ一点だけ……彼にとっての死活問題が一つ。どうしても、負けた心の傷までは癒えなかったことだ。
昨晩遅くに、VFマスク戦隊の面々がトモダチと称して強引にお見舞いに来てくれた。が、それも虚しく、レイジを元気づけることは出来なかった。
大会での戦いぶりを評価されて敢闘賞までいただいた男の胸中は、今、ライバルへの悔しさでいっぱい。一夜明けてもなお、涙が込み上げるほど。
精神のエネルギーを熱や電気といった形で放出するレイジにとって、この傷ついた心は全く戦えないことを意味する。
「レイジさん、あれからずっと気落ちしていますね……」
「ああ、かなり深刻だ。昨日まで燃えてたのがウソみたいだ」
フォードたちは、病院のロビーで話し込んでいた。
ルーキーながらに準優勝したという実績は十分だが、メンタルがメンタルなので、取材陣を寄せ付けないように病院側もフォードも最大限の気を遣っている。
新聞を病室に差し入れることも拒否した。一面は、キャプテン・オールAの活躍。めくれば、昨日のブロール・リーグ決勝の記事。こんなものを読んでしまえば、発狂することは目に見えている。
病院の前には、レイジの話をどうしても聞きたくて駆けつけたマスコミ各社。並びに、レイジの雄姿に感化された仲間希望の冒険者たちが押し寄せていた。
「……レイジはん、えらい引きずりはってるなぁ」
アザミがフォードと合流した。彼もレイジの病室に入ったが、結局一言もかわすことができなかった。
「コレ着るんも辛いやろなぁ」
アザミの手には、レイジの半袖ジャンパー。途中で脱いだとはいえ、決勝の舞台で羽織った勝負服。
着るどころか、見るのも辛いことだろう。アザミは、勝負服を紙袋の中に丁寧に入れた。
レイジは、相変わらず塞ぎ込んでいる状態だった。
「どう言葉をかけても、聞く耳を持ってくれねぇ」
フォードは、口を歪ませた。
「フォードはん、アンタは軍人で戦闘経験は豊富かも分からん。せやけど……ちょっとレイジはんを追い込みすぎやったんとちゃう?」
「それは、そうかもな……。少し前まで、アイツは勝負に関してはズブの素人だった。でもよ……」
「でも、何や?」
「アイツの目標は、俺たちの目標は、もっととんでもねぇところだ。生半可な覚悟で口にしていい目標じゃねぇ」
フォードは、腕を組んで神妙な面持ちで言った。
最終的に目指すべき場所、倒すべき敵は世界に最も影響を与えているデズモンドカンパニーの社長“アルシー・E・デズモンド”。
エルトシャンに敗れたことは、それはそれとして切り替えていかなければ、この先が思いやられる。
フォードは、もう一回レイジの病室に向かった。レイジは、相変わらず布団を全身にかぶっていた。
「なぁ、レイジ。ちょっと顔を出してくれねぇか?」
「……アニキか。励ましならいらないぞ」
レイジは、ようやく起きてくれた。フォードは「そんな事じゃねぇ」と吐き捨てるように言った。
その目に光はない。目つきは相変わらず、この世のすべてを恨んでいるかのようなものだった。
「レイジ、お前に会いにいってほしい人物がいる」
「誰だよ?」
まだレイジの口調にはトゲがあった。
「元エルトシャン親衛隊・会員番号1のリーベという女だ」
「バハラじゃないのか……」
フォードは、レイジにリーベの写真を渡した。レイジには、見覚えがあった。あの日、あの時いた女たちの一人に間違いがなかった。さんざっぱら罵倒してくれた取巻きの一人である。
彼の話によれば、エルトシャンとは方向性の違いからかケンカ別れしたらしい。チェアノの一騎打ちの後に何があったのか、昨日のエルトシャンの言葉の端々からある程度は想像できる。
ブロール・リーグの一件を新聞で読んで、このシバレーまで遥々来たらしい。何を思ってレイジに会いに来たのか、それは彼女のみが知る事。
エルトシャンと別れてから冒険団ジェラシスを結成した彼女も、レイジと同じルーキー。通算報酬額は推定4万ルドとレイジより少ないが、これでもルーキーとしては高い方。
というより、勇者やエルトシャン、フォードの一味がルーキーとしては破格の活躍をしているだけである。他にも数組、連日のように新聞を賑わせているルーキーがいるらしい。
他のルーキーの活躍度はさておき、レイジはリーベに会いに行く気はなかった。あの日と同じように悪態をつかれる可能性が高いと判断したのだ。
「その話がどんな内容だろうと、どうしても行きたくない」
「……お前によほどのトラウマを与えた人物ってか」
「まぁ、そんなところ」
フォードは、レイジの表情から何があったのかを察した。
しかし、そのうえで食い下がってきた。何が何でも会ってもらいたいらしい。
「でも、まぁ……気分転換にはちょうどいいんじゃねぇか? ライバルもいいが、横のつながりも大事だぜ?」
「……だったら、アニキも来てくれよ」
ただでさえ荒んだ精神ゆえに、他人と会いたくない状況。あまり良い印象の無い相手ならば、なおさら。
今は全く戦う事ができないという事情も踏まえて、フォードがいるのは心強い。
「医者の話によれば、今日の午後にも退院できるそうだ」
「行くなら、今日の夕方ってところか……」
「そうなるな」
◆
レイジの容態は、精神を除いて回復した。もう動いても問題ない、という医者の判断だ。治療費は2万とんで4000ルド。
夕方、フォードの一味は、病院の裏口からコッソリ出て行った。表口は、メディアのマークは相変わらず厳しかった。
件の女は、シバレーの南西で待っているという。電車を乗り継いで40分、ビーツ地区に着いた。
駅前には東京ドーム一個分ほどの広場があり、東側に全高120メートルほどの女神像が建てられている。
人々は、この女神像を待ち合わせ場所にしているらしい。だが、数千単位で人が集まるような場所だ。
人混みの中で、あれもこれも違うと探し回ること20分。ようやく、リーベという女に遭遇した。
「ひょっとして、アンタがリーベ?」
「そうよ? あなたは、黒飛レイジ君ね」
黒髪の姫カット、やや釣り目な女だった。スタイルを強調するような服にニーハイブーツと、レイジの目には少々刺激が強い。
以前会った時は、チアガールのような格好だったリーベ。人というのは、二か月もあれば様変わりするようだ。
「アンタ、エルトシャンのところにいた取巻きだったよな」
「ええ。よく覚えていたわね……イモ野郎」
彼女の声は、あまりにも殺気立っていた。レイジも負けじと、リーベを睨み返した。
まさに一触即発、広場にいた待ち人たちの注目を少し集めている。
「何の用事だよ?」
「アンタのせいで、エル様と旅が出来なくなったのよ。そのお礼をタップリとしたくて探してたのよ」
恨み節を言うためだけに、この執念。他の事に向けられていたならば、それは褒められたことであろう。
しかし、彼女のその恨みの深さたるや海溝の如し。あんなに慕っていたエルトシャンと別れてしまった。その原因を作ったレイジが、憎くて憎くて仕方がないようだ。
深く事情を知らないフォードは、二人の男女の間に入って仲裁する。
「おいおい、よくは知らねぇけどよ……こいつを恨むのはおかしな話だぜ?」
「アンタは黙ってて! 全部、この冴えない男が悪いの。準優勝したか知らないけど、全然エースの風格ないじゃない!」
「そりゃ、コイツはまだまだ発展途上だからな。それはそうと……お前、エルトシャンとコイツに何やったんだ?」
フォードが睨みを利かせた。鬼神のごとき気迫に、レイジもリーベも……そして周囲も思わず震えあがった。




