第63話 嵐のような面会
ブロール・リーグでの一件は、しかとデズモンドカンパニーの面々にも届いていた。
特に、シバレーにいたディメテルの部下・ゲブは頭を抱えていた。
「しかし、あのオバハン……何としてでもレイジを倒せって、ムチャ過ぎんだろ」
相手は、自分が敗れたエルトシャンとも十分に張り合える男。その闘志の炎で岩をも融かす瞬間をこの目で見てきた。
並大抵の事では、真正面から対抗するのでは、まともに勝てるような男ではない。
ゲブが手をこまねいていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「誰だ! 俺は今、気が立ってんだよ!」
ゲブは、怒鳴って追い返そうとした。しかし、ドアの向こうは退かなかった。
「ゲブ様、私です……ランドです」
「なんだ、ランドか。入れ!」
「失礼いたします」
ゲブは、苛立ちながらもランドを部屋に入れた。身長2メートルを超える筋肉ダルマは、並々ならぬトレーニングの証。
坊主頭で彫りの深い顔立ちと、威圧感たっぷりのランド。しかし、そのイカツイ外見に反して、物腰はとても柔らか。
ゲブは、太い葉巻に火をつけると、ふんぞり返ったまま煙を勢いよく吐き出した。
「で、どんな要件なんだ?」
「あのレイジという青年について、私も少し調べたのですが……」
「俺もちょうど調べてたとこなんだよ。でも、倒す方法が見つかんねぇでよ……」
「そうではないかと思いまして、このようなものをご用意しました」
ランドがゲブに手渡したのは、一枚のDVD。ゲブは、早速それを再生した。
DVDには、今日の昼まで開催されていたブロール・リーグ本戦の映像が一試合残らず収録されていた。
ゲブは、レイジが出てくるまで早送りで飛ばした。そして、シンバート戦をじっくりと見る。その目つきには、鬼気迫るものがあった。
「何かあるはずだ……奴の弱点!」
時折巻き戻してはコマ送り。これを何回も繰り返して、隅々まで映像に目を通していた。
「明確に弱点と言えるかは定かではございませんが、“マインドブレイカー”を名乗る彼との勝負で、手こずっていたのがヒントかと」
シンバートの言葉責め、人格攻撃を受けているレイジは文字通り手も足も出ていなかった。
しかし、フォードの言葉一つで復活している。レイジの強みも弱みも心根にある、ランドはそのように推測を立てたのだ。
「おそらくですが、このレイジ……フォードの後ろ盾を強みにしています。そして、精神攻撃にかなり弱い事が考えられます」
「あんなにド派手にドンパチやっても、所詮ルーキーはルーキー。まだまだ青二才ってか」
ランドは、「そういうことになりますね」と小さく返した。ゲブは、もう一度天井を見上げるとタバコの煙を勢いよく吐き出した。
それからゲブは、したり顔でランドを見つめた。これならば、確実に勝てると確信出来たらしい。ディメテルにヒステリー起こされなくて済むという安堵も見えた。
「弱点がよく分かった。このDVDを心理学者に見せろ! メンタリストをかき集めるんだ!」
「はっ!」
ランドは、すぐにゲブの部屋から出て行った。
◆
時を同じくして、レイジのいる病室。
フォードが気遣って出て行った部屋に一人。様々な思いがもつれ合って、自分でも何を考えているのか、全く分からない。
「今日の自分は、エルトシャンと向き合った俺は、果たしてベストを尽くしたと言えたのだろうか」
「次は負けなければいい、とアニキは言ってくれたけど、明日からどう頑張ろう……」
「世の中は天才ばかりだ……でも、俺には何もない……持たざる者だ。どんなに頑張ったって……」
「何の取り柄もないなら、今から作ればいい? 違う、作れなかったから何の取り柄もないんだ」
「結局、俺は何の成果もあげられなかった。何一つできない無力な人間なんだ」
ずっと、ぶつぶつと独り言。恐ろしいまでにネガティブになっており、廃人になりかけている。
まるで、昼間のエルトシャン戦、およびマスクドレッド戦での勢いが八百長であったかのような、そんな落ち込みようだ。
日本からカルミナに来た直後くらいの、弱気なレイジが戻ってきた。戻ってきてしまった。
「黒飛レイジ様、面会の方です」
扉の向こうから、看護師の声がする。
「誰も通すなと言ったのに!」
レイジは、つい声を荒げてしまった。
「それが……どうしても友人が心配だという事で聞いてくれないものですから。もう、すぐ前まで来ています」
レイジは、舌打ちした。面会はもちろん、報道陣も拒否したはずだった。こんな姿を見られたくなかったのだ。
それでも会いたい人物は、今の彼には全く想像できなかった。
「マブダチが心配でもお見舞いもさせねぇって、どういうことだよ! 入るぞ!」
「ちょ、ちょっとルベール様! 乱暴なことは……」
「おい、リーダー! 落ち着け! 本人の意思なんだからあきらめろ」
「マブダチが心配で何が悪い? レイジ! お前、大丈夫なんだろうな」
扉の向こうで、ひと悶着が起こっているようだ。トラブルメーカーの名はルベール。準々決勝で戦ったマスクドレッドの正体だ。
ルベールは、強引に看護師のバリケードを突破し、レイジの病室に入った。ここまで来られたのなら、レイジも諦めざるを得ない。
さらに、4人の男女がなだれ込んできた。VFマスク戦隊の面々が揃って会いに来たらしい。
「何の用だよ?」
レイジは、ケンカ腰で訊いた。
「そうピリピリするなよ。あの後、お前が運ばれたって聞いたからよ……」
「そ、お見舞い! アンタ、うちのルベールとフレンズらしいじゃん!」
メレは、屈託のない笑顔で言った。彼女の笑顔は、今のレイジにはあまりにも眩しすぎて、見ていられなかった。それほどまでに、彼は落ち込んでいる。
「コレ、みんなで考えて決めたんです。月並みなモノですけど、良かったらどうぞ」
「なんか、ゴメン……」
「そこは“ありがとう”ですよ、レイジさん」
レイジは、サクラから手渡された紙袋の中を覗き込むように調べた。
タオルや果物に混じって、アンスリウムの小さな鉢が入っていた。レイジは、それを手に取り、怪訝そうな顔で見つめた。
「その赤い花、なんか情熱的じゃん? アンタやリーダーによく似合うってサクラが言ってたよ」
「ええ。勝負しているときのレイジさん、情熱ですごく輝いていたから……」
「でも、あの勝負のあと、泣きながら気を失ってたらしいじゃねぇか」
それで励ましにきたらしい。一度は全力をぶつけ合った間柄、ルベールには他人事には思えなかった。
しかし、全部見られていたかと思うと、レイジは顔を両手で覆った。あまりにも恥ずかしいところを、中継されていたのだ。
「俺のところの馬鹿が迷惑かけてすまなかったな。一度こうと決めたら絶対に折れない性分で……」
アズールは、苦笑いしながら言った。彼も止めようとしたが、気迫に負けたらしい。
「おい、アズール。バカは余計だろ」
言われ慣れているのか、ルベールは軽くあしらうように返した。
「で、レイジ。体の方はどうなんだ……って聞くまでもねぇか」
ルベールは、いくつもある点滴と輸血を見ながら言った。
「近くで大事な人が落ち込んでりゃ、それを励ますってのもマブダチの役割だろ?」
「それはそうかもしれないけど……」
レイジには分からなかった。日本には、友達と呼べるような相手はいなかった。だから、どう接すればいいのか、よく分からないのだ。
フォードやアザミのようなちょっと目上のオトナとも違う、完全に横のつながり。フランクに腹を割って話せる間柄なのかもしれない。
考えれば考えるほど分からなくなり、レイジは頭を掻きむしった。
「こんな時、どう返したらいいんだよ! こんな事されたの初めてだから……」
「心配するな! 俺は、お前が元気になるまで絶対に応援する!」
根はいい奴なのかもしれない。ただ、あまりにも不器用で実直過ぎるだけで……。レイジは、そんな風に思った。
ルベールは、レイジの右手を包み込み、強く振った。これが同世代の女の子だったら、おまじないだったかもしれない。しかし、野郎にやられたら、それは乱暴というものである。
絶対に元気になれよ、入院生活に負けるなよ、などといった事を力強く説いてくるルベール。この圧力は、初めて会ったアニキと同じ……いや、それ以上かもしれない。
「……もういいよ、気持ちだけで十分」
そうつぶやきながら、レイジは苦虫を噛んだような顔をした。
「いや、まだ足りねぇだろ! おとといは熱さ勝負したけど、今日はお前に俺の情熱をプレゼントしに……」
「病院だってのに、ずっとうるさいぞ。ちょっとは自重しろ、レイジが迷惑がってるだろ」
「励まそうって気持ちは嬉しいけど、今は……」
「かえって惨めになるようで辛くなる……そんなところか。みんな、帰ろう」
アズールの鶴の一声で、VFマスク戦隊は帰っていった。
再び一人になったレイジ。掛け布団を頭まで被って、ふて寝した。




