第59話 決戦前夜
タイロンの降参により、奇跡的に決勝にたどり着いたレイジ。明日は、待ちに待ったエルトシャン戦。
アザミの“キュアー”、ギュトーの上手いメシ。このサポートを受けて、明日へのコンディションを整える予定だった。
しかし、緊張と興奮で落ち着かない。彼にとってメンタルの不調は死活問題。パフォーマンスが極端に変わってくる。
落ち着かない気分を振り払おうと、レイジは公園を走って夜風に当たっていた。
「……そんな事だろうと思ったぜ」
走り始めてから十数分、レイジの目の前にフォードが現れた。
レイジは、走るのをやめた。
「アニキ……」
「気持ちは、痛ェほど分かるぜ。俺も、大一番の勝負を控えた日は怖かったモンだ」
フォードは戦場から戦場を駆ける兵士だった。次の一戦で戦争に勝てるという局面では、いつも震えて夜も眠れなかった。彼はそう語る。
勝てば栄光、負ければ挫折。そんな未来が待っていると分かっているのは、あまりにも恐ろしいものだ。
「俺……なんか怖いんだ。もし、負けたら……バハラに会うこともできないんだろ? それがよりにもよって……」
今になって、この勝負が天がそう導いたようにしか思えなくなった。レイジの眉が下がっていく。
ルーキー同士、ライバル同士。栄光を賭けた一戦。プレッシャーを感じずにはいられない。
フォードは、ニコッと笑った。まるで、幼い子供をあやすかのようだった。
「正直な話、マスクドレッドとの戦いで俺は胸を撃たれた」
「え……?」
「あんなに捻くれていたお前が、誰かと絆を結ぶ日が来るなんてな」
理由は、別にレイジが今まで以上の力を発揮したことではなかった。
一方的に向こうがライバル視してきただけだったが、それでもレイジはルベールに影響を与えている。
「これだったら、バハラも外に出てきてくれる。そう思った」
「じゃあ、明日の勝負は……」
明日の勝敗にかかわらず、バハラ説得の権利を得たレイジ。思わず、声が裏返った。
「あんなに待ちわびたリベンジのチャンスなんだ……どうせ、楽しみなんだろ?」
「そりゃ、半分楽しみだけど……」
レイジは、口をへの字にした。
「じゃあ、その怖いってのは、お前が頑張ってきた証だ。勝負がどう転んでも、全力でやったって言えるように……絶対に後悔したくねぇから怖いんだよ」
チェアノの浜辺で戦ってから、レイジは地道な鍛錬に耐え抜いた。モンスターも多数倒した。
辛くて逃げ出したいと思ったことも何度もあった。そのたびに、アニキの喝があった。
勝負に際して、準備は万全だろうか。もし、足りなければ……レイジは、それが怖いのだ。
「アニキ……俺、頑張れるかな?」
レイジは、女々しい声でつぶやいた。
日本では決して味わうことのできなかった種の恐怖。不良に狙われるかもしれない、というものとは明らかに違った。
そして、その恐怖は、頑張っていればいるほど強くなっていくものである。
「よし! じゃあ、瞑想だな」
フォードは、これ以上会話してもレイジの不安を取り除けるとは思えなくなった。
不安になっている心には、これが一番。レイジは、胡坐をかき、指を組んだ。
「まずは、心を落ち着かせるんだ」
レイジは、ゆっくりと目を閉じた。
「あとは、ひたすら自分の持てるすべての力を出すことをイメージだ。……お前なら、やれる!」
フォードの指示は、勝つイメージではなかった。本気になれるかどうかのイメージだった。
レイジの呼吸が、ゆったりとしてきた。あれだけ強張っていた顔からは力が抜け、表情も穏やかになっている。
明日は、後悔しない。それだけを胸に、レイジは夜を過ごすのであった。
◆
「もしもし、キャプテン?」
レイジが瞑想を始めたのと時を同じくして、シバレーのとあるパブ。黒装束に身を包んだカトルーアは、キャプテン・オールAと電話をしていた。
彼女の所属するオルアースは、このキャプテン・オールAの率いる冒険団である。
「ああ、カトルーアか。どうだ、俺の仲間になってくれる者は見つかったか?」
「いいえ。何人か目星はつけたんだけど……全滅」
カトルーアは、首を横に振った。
「そうか、それは残念だ。その大会に有力な人材がいると思ったが……その分、我が強い連中ばかりだったか」
オールAは、受話器越しにも分かるほどのため息をついた。
「別に悲観しなくたっていいじゃない」
カトルーアは、気落ちするオールAを鼓舞した。それから、妖艶な笑みを浮かべて続ける。
「そういえば、あなたのライバルが増えたわよ」
「ライバル……?」
キャプテンは、訊き返した。カトルーアは「そうよ」と頷く。
「名前は黒飛レイジ。……彼、あなたを超えるって息巻いていたわ」
アリーナの廊下、レイジとすれ違った時のことを思い出した。
その意気込みを面白く感じたのか、彼女は思わず笑いが込み上げてきた。
「きちんと勧誘したんだろうな?」
オールAの声が一段と低くなった。電話の向こうでは、険しい表情をしていることだろう。
「……する前にフラれちゃった」
カトルーアは、お手上げのポーズ。オールAは、舌打ちした。
◆
同じ頃、とあるビルの一角。カトルーアと同じように電話をしているのは、ゲブだった。
彼は、準決勝でエルトシャンに敗れた大地魔法の使い手。今も、悔しさに顔をゆがめている。
「もしもし。ディメテル様、応答してくれ」
「ゲブ! こんな朝早くに何のようですの?」
急に起こされたらしく、ディメテルは怒っていた。この電話は、国際電話のようだ。
「俺、負けちまったぜ。あのエルトシャンとかいうおぼっ……クソガキ、相当腕が立つぜ」
「そんな事はどうでもよろしくってよ」
ディメテルは叫んだ。ゲブは、思わず受話器を耳から離した。
「で、例の子供は見つかったんでしょうね!?」
受話器から数十センチ離れていても、ディメテルの声は筒抜けだ。
「ああ。そのレイジってガキなら……決勝まで進んじまったよ。多分、俺でも勝てるか怪しいぜ」
ルーキーでありながら飛ぶ鳥を落とす勢いのエルトシャン。それと肩を並べるがごとく、レイジも決勝進出。
ゲブの見立てでは、レイジ本人がその気なら彼の大地魔法さえも融かしてしまうとのこと。
「しかし、なぜレイジなんかを二次予選からにしたんだ?」
「あの新聞を読んで、ヒーゴが憤慨したんですの。アイン村の生き残りがいたって」
レイジの名を一躍広めたJ・Jの一件。ニュースは、もちろんデズモンド社にも伝わっている。
ヒーゴは、そのニュースの主役をアイン村でも見た事があったのだ。
社長・デズモンドの一計にミスがあったとあればマズい。そう思って、ヒーゴは部下を手配させたのである。
「それで、運営に無理言って贔屓したわけか」
「そういうことですわ。ワタクシのポケットマネーでね」
レイジが一次予選を無条件通過できた真の理由は、足跡の炙り出し。
駆け出しにとって2000万ルドは大金、間違いなく参加の意向を固めるだろう、と読んでのこと。
「それにしても、決勝戦までいくなんて思わなかったぜ。俺はてっきり、一回戦で落ちちまうと……」
「侮りすぎですわ! あの男は、社長の魔術から奇跡的に逃れた豪運の持ち主。底知れぬ力があってしかるべきですわ」
「まるで、ディメテル様自ら動くみてぇな言い方だな」
「それも、アナタが無能なせいですわ! ワタクシがそっちに行くまで、絶対に始末なさい!」
ディメテルは、自分の言いたいことだけを怒鳴ると、一方的に電話を切った。
ゲブは、頭を掻きむしった。ポテンシャルの塊に見えたレイジをどう始末するというのか、などとグチグチ文句垂れた。




