第58話 重い一撃、想い一貫
マスクドレッドとの熱い一戦を超えたレイジは、準決勝の舞台に立つ。
肘サポーターやコルセットのように巻かれたその包帯は、昨日の激戦をありありと物語る。
『さぁ、準決勝第二試合。たった250万で帰ってしまうか、栄光へ王手をかけるか……!』
ベスト4がぶつかり合うだけあって、実況にも熱が入っている。
相手は、これまで圧倒的な力で敵をねじ伏せてきたタイロン。身長240センチ、スキンヘッドの筋肉質な漢。顔の一部、そして腕全体には鱗が生えている。
レイジは、見上げた。そして、戦慄した。相手は、ドラゴンの力を持つ亜人・ロンレン族。ヒトよりもパワーはある。
筋骨隆々の肉体に服など要らぬとばかりに、上半身は首飾りのみをつけている。
「……今度の相手は、小僧か。試合は見ておったぞ」
「ど、どうも……」
「何がルーキーだ。まるでズブの素人ではないか。そんな事では決勝には進めぬ! 準決勝まで行けた事が奇跡!」
タイロンの喝が胸に突き刺さる。
この試合は、準決勝の第二試合。先の試合で、エルトシャンは既に決勝戦の切符を手にしている。
レイジ自身、この勝負に焦りを感じていた。何が何でも勝たなければならないと、己に重圧をかける。
「レイジ……気持ちを切らすなよ」
フォードは、こわばっているレイジの身を案じた。
『それでは、試合開始ッ!』
「俺は、アンタを倒して……アイツと戦うんだ!」
「その思いが本物であるのなら……この俺にぶつけるがいい!」
「“ファイア”!」
レイジは、手のひらから炎の玉を出した。しかし、丸太のように太いタイロンの腕にかき消された。
昨日の激戦の疲れが残っているのか、レッド戦にも劣っている火力である。
「ルベールともども、炎の扱いがなっとらんな!」
タイロンは、息を大きく吸い込んだ。それから吐き出した炎は、まるで弾丸のように速く、そして熱い。
炎の弾丸が、レイジの左肩を射抜いた。レイジは、一瞬怯んだ。
「隙ありッ!」
タイロンの渾身のラリアットが、レイジの腹に命中した。
丸太のように太い腕というだけでも厄介。200キロ近い全体重を乗せた一発は、レイジを場外寸前まで追い込む。
重い一発で、レイジはたまらず吐血。昨日の疲れも相まって、開始5分と経たずにピンチである。
『タイロン選手、圧倒的パワー! レイジ選手、この男にも一発逆転はできるのか!』
「アカン、昨日の試合で完全に気持ちが切れとる!」
アザミの目には、そう見えた。勝利してエルトシャンと最高の舞台へ……そんな気持ちは、カケラも感じられない。
連日の激戦で疲労困憊、それを取り除きたいという思いでいっぱいなのだ。
レイジは、全体重を乗せたストレートをタイロンの胸にお見舞いする。しかし……。
「そのような拳で、よく準決勝まで来たものだ」
タイロンは、呆れていた。ヒトの繰り出すパンチなど、蚊が刺した程度にしか思っていない。
逆に、ドラゴンの尾でレイジを薙ぎ払った。またしても、レイジは場外寸前。
「“フレア・グラップ”!」
レイジは、走り出した。そして、燃え盛る拳を突き立てる。
すると、炎が巨大な腕のような形に変化した。それは、体格のいいタイロンの身体全体を掴めるほど。
「むんッ!」
タイロンが全身に力をこめると、レイジの炎の拳は四散してしまった。
「“ロッソカリバー”!」
これならどうだ、とばかりにレイジは炎の大剣で対抗する。
しかし、それも屈強なるロンレン族の身体を切り裂くには至らない。
「まだ、昨日の方がマシだな……」
タイロンは、レイジに失望のまなざしを向けた。そして、同じような目をしている者が、あと2人。
一人は、特等席から見ているフォード。何度もレイジが殻を破る姿を見てきたゆえ。
もう一人は、ルベール。こめかみに青筋が浮かんでいる。
「それでも、俺はアンタをぶっとばして! アイツと勝負するんだ!」
レイジ、渾身のコークスクリュー・ブロー。
しかし、あったのは威勢だけで、ダメージはない。
「“ファイア”!」
レイジは、勝負を急いだ。“ファイア”を乱発して、タイロンを狙った。
しかし、相も変わらずロンレン族の鱗は、レイジのへなちょこな炎など通さない。
「レイジ……お前の炎は、そんなモンだったのかよ」
昨日、炎をぶつけあったルベール。悔しさで歯ぎしりした。
「もう、終わりだ」
タイロンは、レイジの頭を豪快につかみ上げると、そのまま闘技場の床に叩きつけた。
床がひび割れるほどの力。レイジは、白目をむいて気絶した。
『これは、ダウンだろうかッ!? カウント、1!』
「レイジ、立て! まだ、そんなモンじゃねぇだろ!」
……2、3、4! カウントが進んだ。
フォードは、叫んだ。まだやれる、ということは誰よりも彼が知っている。
同じ冒険者、激戦を勝ち抜いた猛者どもに揉まれ、レイジはその度に己の限界を超えてきたのだ。
「レイジ、相手が竜だからって諦めちゃダメだ」
……5、6! 客席からもカウントが。
エルトシャンは、祈るようにつぶやいた。この大会で久しぶりに出会って、彼の成長ぶりに最も驚いた男だ。
まだ隠された力、眠れる力が残っているような気がしてならないのだ。
「レイジ! お前の炎は、竜の鱗すら融かせる! 昨日の俺との勝負を思い出せ!」
……7! レイジが、ようやく腕をピクッと動かした。
ルベールは、喝を入れた。直接、拳と炎を交えた好敵手。こんなヤツに負けたと思えば、惨めで惨めでしかたがない。
起きろ、とにかく起きろ……ルベールは、ノドを枯らす勢いで叫んだ。
「お……俺は、エルトシャンの……」
……8! レイジは、うめき声のようなものを発した。
……9! 気持ちは切れていなかった。レイジは、ふらつきながらも片膝立ちになった。
『レイジ選手、ようやく復活! 寸前で再び立ち上がるその様は、まさに不撓不屈!』
「不撓不屈か……大それた二つ名をもらったものだな」
「確かに、俺にはデカすぎるよ。でも……俺の精神力は、一味違うぞ」
レイジの心に闘志が戻った。その瞳は、タイロンとその先を見ている。
本気になった彼に触発されて、タイロンの右ストレートが飛んできた。
しかし、レイジは、胸の前で腕を交差させて耐える。踏ん張ってもみた。場外まで飛ばされることはなかった。
その後も、何発もパンチが飛んでくるが、どれもレイジを場外に追いつめることはできない。
「“クリムゾン・ファイア”!」
レイジの手のひらから、真っ赤に燃える炎の玉。レイジは、全力で投げた。
タイロンは、これを右手で受ける。しかし、タイロンの右手で真紅の炎が燃え広がる。
「……さっきよりも良い炎だ」
タイロンは、手首を振って、炎を消した。その手のひらには、今までつくことのなかったスス。
怒りに打ち震えた彼は、炎のブレスで対抗する。しかし、レイジは、炎の中を猛然と進んできた。
「あのエルトシャンという小僧の先に、貴様は何を見る?」
「俺は……ッ!」
レイジが叫ぼうとした瞬間、彼の周りに突風が吹き荒れた。その風が、観客を容赦なくなぎ倒していく。
それだけではない。まるで、あちこちで雷でも鳴っているかのような音が、あたりに響き渡る。
タイロンは、レイジにボンヤリと仁王にも似た気迫を感じ取っていた。
「その目、我が弟子にも……」
タイロンが動揺を見せたその一瞬、レイジは逃さなかった。
「“サンダー”!」
レイジは、右の拳を高く突き上げた。狙ったのは、もちろんタイロンの首にある宝珠。
雷鳴がアリーナ中に響き渡るとともに、宝珠は儚く散っていった。
さらに、もう一撃。ガードする間もなく、追撃。レイジの拳が、何度でもタイロンの顎を撃つ。
そのたびに、雷に打たれたような衝撃がタイロンの全身を駆け巡る。
「炎だけと侮った俺のミスか……」
このロンレン族、雷に特に弱いようだ。体の内側に来る衝撃というのは、どの生命にも効く。
シバレーで完成させた電撃を、ここにきて昇華させることに成功させたレイジ。なおもチャンスが続いていたが……。
「これ以上は持たん。……参った」
「え……?」
レイジは、きょとんとした。まだまだ戦う気でいただけに、あっけない結末だった。
『な、なんということだ……タイロン、まさかの降参宣言!』
優勝候補だったはずのタイロンの、この行動。観客はざわついた。
「我が弟子、リンドの旅立ちの日を思い出した。誰よりも強い龍となってロンレン族を束ねるとな」
タイロンは、せき込みながら語り掛けた。その咳は、赤かった。
「タイロン……まさか」
「ああ。俺の身体は、病にむしばまれておってな。優勝し、その賞金で治すつもりじゃった……」
タイロンは、数年前より心臓を悪くしていたのだ。それでもヒトより優れた生命力を信じて、治療費を求めて……。
だが、それも夢半ばに散った。雷の衝撃が、今もなお体内で響いている。タイロンは、膝をついた。
圧倒的なパワーでねじ伏せたと実況者は語ったが、実際は持久戦ができなかったので、短期決戦にせざるを得なかったのだ。
「もし、優勝したら……」
「気持ちだけで構わん。それ以上にお前は、戦うべき相手がいるのだ。今は、そちらに気持ちを向ければいい」
レイジの提案を軽くあしらったタイロン。潔くアリーナを去っていくのであった。
準決勝にして、降参という珍事に見舞われ、幸運で決勝の権利を手にしたレイジ。その先には、追い続けた背中があった……。




