第54話 ミスターと虹色の若造 Ⅱ
注目の一戦、ミスターと虹色の戦いは、さらに熾烈なものとなっていた。大技と大技がぶつかり合い、駆け引きに駆け引きを重ねる一戦となった。
試合開始から10分経過。両者ともに全くの互角、息一つ乱れぬ膠着状態が続く。
「そろそろ、身体が温まってきたころかな。小手先というのはヤメにしよう」
「小僧も漢なら、腕一本で勝負しろ!」
「そっちでも負けるつもりは全くないけどね」
エルトシャンは、右腕に力こぶを作りながら言った。
「“ハイドロボム”!」
試合は中盤、仕掛けてきたのはエルトシャン。水を電気分解して作った水素と酸素の爆弾を爆発させる。
水と雷、風と火の魔法を器用に使いこなす彼だからこそできる芸当。普通の爆裂魔法とは、一味も二味も違う。
熟練のラオルドでさえも、ここまでシンプルな理屈ながらも複雑に作り込まれた爆弾は初めてだろう。
場外寸前まで追い込まれたラオルドは、思わず口角を上げた。
『ラオルド選手、エルトシャン選手の爆裂魔法を受けてもなんのその!』
「やはり、アイツの血を引いているだけのことはある。だからこそ、俺はお前を……殺したくなった!」
ラオルドの笑みが一転、もはや狂気さえ感じるほどに目が血走っていた。
「“ディープブルー・クルセイド”!」
ラオルドは、水を圧縮させて作った巨大な刃でエルトシャンに切りかかった。
あまりにも大振りな大剣ではあるものの、まるで自分の手足であるかのように動きがなめらかで、そして鋭い。
エルトシャンの右頬に、剣の切っ先が当たった。エルトシャンは、手の甲で血を拭った。
「やるじゃないか。“ブロールなんて小さい場所”でミスターを名乗っている君にしては……ね」
エルトシャンがそう発言した瞬間、あちこちからブーイング。心無いヤジさえも飛んできた。
『エルトシャン選手、たまらず挑発! ミスター相手に何という物言いだ! 訂正せよ、訂正せよおおおお!』
実況も、エルトシャンに対して冷たい。訂正を求めているが、エルトシャンは自分が失言したとすら思っていない。
「この大会を小さいと申すか……ならば訊こう。貴様は、何ゆえに強くなる?」
ラオルドは、腕組しながら訊いた。
「……絶対に負けたくない相手がいる。君と同じことだ」
エルトシャンは、チェアノの海岸で戦ったレイジの顔を思い浮かべていた。
レイジからすれば、彼は絶対に勝てない相手のはずだった。しかし、並々ならぬ執念、努力の痕跡を目の当たりにしたエルトシャンは、追いつかれる危機感を覚えた。
それからというものの、己を鍛えなおす旅に出ているのだ。次会った時も負けないように……何も変わっていないと思われたくないために。
「その想いは、この俺も何十年前にも感じていた。だが、俺はライバルに裏切られたのだ!」
ラオルドは、在りし日の事を思い出していた。
◆
当時、まだ発展途上だったシバレー。その一角にあるカフェで、オルエスとラオルドは話し合っていたのだ。
オルエス曰く、「魔王ルー・マイワンは、俺たちの代では絶対に倒せない」と。実質、勇者の敗北宣言に等しかった。
「俺は、未来に託そうと思っている。いつかきっと、俺たちの子供や孫……弟子でもいい。そいつらがやってくれるだろうぜ」
「俺は認めねぇぞ! お前なんかに負けっぱなしで! そのうえ、俺たちが魔王を倒せねぇだと?」
ラオルドは、オルエスの胸倉をつかんだ。
「俺も悩んださ。こんな事話せるのは、お前しかいない。お前なら分かってくれると思ったが……」
「分からねぇ。暖かい家庭が欲しかったみてぇにしか聞こえなかったぞ!」
「そうは言っていないだろう。どうやっても倒せないと分かった以上、未来を託すに相応しい人物を探すべきだと思っただけだ」
なおも突っかかってくるラオルドに対して、冷静に諭すオルエス。
魔王を倒すために競い合っていた二人の想いは交錯。未来を見据え動くオルエスと、己の手で倒すことに固執するラオルド。
納得も理解もできない彼は、オルエスにある提案をした。
「意志が変わらねぇというなら……最後に一騎打ちしろ!」
「いいだろう……三日後に、あの場所で」
◆
「あの日の一騎打ちは、三日三晩続いた末……わずかな差でアイツが勝った。俺は、あの日からも特訓をした。絶対に魔王を倒すために」
『ラオルド選手、なぜか涙している! 何があったのだ!?』
「オルエスが諦めた理由……それは簡単な話だ。魔王は、カルミナにはいないからね。僕のおじいちゃんは、気づいてしまったんだよ」
エルトシャンは、この一か月の旅で真実にたどり着いたのである。カナベラルでのことだった。
魔王は、月にいる。40年前の当時の技術では、人類がたどり着けない場所に。
初めて真実を聞かされたオルエス。長い旅を続けても、魔王の足取りさえ掴めなかった彼には、衝撃的なこと。
「魔王がこの星にいないだと……!? 嘘を言うなよ!」
「本当のことさ。だから、断念せざるを得なかったんだ」
エルトシャンは、涼しげな顔で返した。
「“ディープブルー・クルセイド”!」
「“エクスカリバー”」
両者ともに、得物となる剣を構えた。
甲高い音を響かせながら、剣どうしがぶつかり合う。それこそ、目で追うことすら敵わないほどの速さで。
『何が起こっているというのか……あまりの速さで実況が追い付かない! だが、エルトシャン選手が、ミスターと完全に張り合っている事しか分からない!』
鍛えに鍛え抜いたはずなのに、この大会でミスターと持ち上げられているラオルド。その彼が今、勇者の孫と張り合っているのだ。
互いにかすり傷さえも与えられない。もどかしい……そう強く感じているのは、ラオルドの方だった。
勇者の血を薄めたような相手に、なおさら負けたくないのだ。
「僕と張り合っているようでは……こんな場所でミスターの称号を貰っていては、魔王なんて夢のまた夢だよ?」
「その物言い、意識の高さ……やはりアイツを思い出して腹が立つ!」
完全に互角の状態が10分以上も続いた。試合時間は、残り1分を切ろうとしていた。
このまま張り合っていれば判定に持ち込むことになる。その前に、己の持ちうる最大の技で決着を。ラオルドは、勝負に出た。
「40年の恨み、貴様に理解できようか! “アース・クラッシャー”&“プロミネンス・シェンロン”!」
ラオルドの右腕からは、先ほどよりも巨大な大地の腕が現れた。そして左腕には、曇天さえ晴らしてしまうほどの強烈な熱気のドラゴン。
ここですべての魔力を使って、なりふり構わずに攻撃する。闘技場全体を埋め尽くさんばかりの攻撃が襲い掛かる。
「“ゼクスカリバー”!」
対するエルトシャンは、6本の剣を繰り出した。それぞれが、異なる属性と個性を持つ剣。
闘技場の下からは大地の剣、上からは稲妻の剣。変幻自在にうねる水の剣が炎の龍を惑わす。
見えぬ真空の刃が大地の腕を刻み付けると、残るは炎と光。
『技と技、意地と意地のぶつかり合い! エルトシャン選手、虹色の二つ名に恥じぬ華麗な技でミスターを攻める!』
大地の腕が殴りにかかってきた。エルトシャンは、すかさず炎の剣で斬って融かす。
最後は、光の剣をズブリと胸に突き刺した。しかし、それと同時に、炎の龍がエルトシャンの頭にかみつく。
両者同時にノックダウン。試合時間は残り10秒。客席から、カウントダウンの声が響く。
「3……2……1……!」
両者が同時に立ち上がった。ここで試合終了。
お互いに、まだまだ勝負したりない様子だ。しかし、時間が来たからには判定だ。
『さあ、今大会初のジャッジ! 贔屓も忖度もなし! 勝利はこの7人に託された!』
この決勝トーナメントでは、決着がつかなかった場合7人のジャッジが三つの項目で判定を行うことになっている。
合計で21点、その半分以上をもぎ取った選手が勝ちとなる。
二人は、ビジョンに注目した。固唾をのみ込んで、運を天に託す。
『判定が出ました! まずは、“心”……4対3! ラオルド選手リード!』
ラオルドに軍配が上がれば、観客たちがメガホンを鳴らして喜ぶ。
『次に“体”……4対3! ラオルド選手に軍配』
エルトシャンは、諦めなかった。次で5点以上をもぎ取れば
『最後に“技”! 6対1、エルトシャン選手に軍配。合計12対9で、この勝負……エルトシャン選手の勝利!』
「また、お前に阻まれるのか……オルエス!」
客席からは、どよめき。ミスターが一回戦にして敗退してしまったのだ。彼は今大会で18回目の出場。優勝12回、優勝できなくても必ずベスト4に名乗りを上げるほどだった。
それが、一回戦で散った。ルーキーが散らしたのだ。
『い、一回戦から大波乱! ミスター、無念の一回戦敗退! エルトシャン選手の鮮やかな技の数々に、我々は拍手を送らざるを得ない!』
客席も、他の選手も、エルトシャンの大金星を予想できたものはいなかった。……ただ一人を除いて。
控室のモニターで見ていたレイジは、不敵な笑みを浮かべた。




