第53話 ミスターと虹色の若造 Ⅰ
次の日の昼。一回戦も折り返しとなる今日、アリーナは朝から超満員。
それもそのはず、今日はミスター・ブロールことラオルドが登場するのだ。彼は、今大会も優勝最有力候補として君臨する。
『今日もやってまいります、ブロール・リーグ一回戦!』
実況が、この熱気を煽っている。試合前から、この歓声。選手控室で見ているレイジは、思わず手足が震えた。
『青コーナー! 変幻自在の魔術、戦場に勝利の虹を掛ける男。わずか50日にして2500万ルドを稼いだ猛者! 虹色のエルトシャン選手!』
ところどころから、女子の黄色い歓声が聞こえてくる。しかし、それも少数派。相手が悪すぎる。
エルトシャンが手を振って彼女たちに応えるも、周りはしらけている。
アウェーの空気の中でも構わない。エルトシャンは、そう開き直ることにした。
『赤コーナー、もはや説明不要! ミスター・ブロール! ラオルド選手!』
割れんばかりの声援、マスクドレッドの派手なパフォーマンス以上の熱気だ。
さらにスゴイのが、ラオルドのファンクラブが出来ていること。そして、そのファンクラブがラッパと太鼓を鳴らして応援しているのだ。
この大会自体が歴史あるもので、ファンも多い。その大会の常連でエースともなれば、アリーナの360度を埋めることもできるだろう。
選手控室で様子を見ていたレイジは、その迫力に度肝を抜かれていた。
『資料によりますと、このエルトシャン選手……なんと、たった一人で魔人ルシファーを倒した実績の持ち主! そんな彼に、我らがラオルド選手はどう立ち向かうのか……試合開始!』
ゴングが鳴った。レイジは、強く信じていた。ミスター・ブロールなどと小さく収まっているような男に、アイツが負けるわけがない事を。
先手を取ったのは、エルトシャン。まっすぐに光の玉を何発か飛ばした。しかし、ミスターを名乗る男はダテではない。軽い身のこなしで、光弾をかわしていったのだ。
『さすがはラオルド選手! 刻まれたシワは経験値の証、ただの老いではない!』
この男は70になってもなお現役。それも第一線を張っている。歴戦の勘、それでかわされたのだ。
さらに、“ファイア”や“アクア”を織り交ぜなが光弾を飛ばそうとするも、ラオルドにはどこ吹く風。
「“エクスカリバー”!」
小手先だけの戦術には頼れないと判断したエルトシャン。ここで、早くも決め技を出した。
光の剣は、一瞬にしてラオルドの左わき腹を貫く。しかし、ラオルドは何ともない顔だ。
「なんて体力。とても還暦を迎えたとは思えないね」
「冒険家として55年……この俺の探求心が、向上心が尽きぬ限り! このラオルド、衰え知らずだ!」
「イイこと言うじゃないか。でも、おしゃべりしていてもいいのかな?」
「若造よ……この俺の気迫に耐えられようか」
アリーナ全体に砂ぼこりが舞い上がる。エルトシャンは、ラオルドの背後に牛頭天王のような幻を見た。
土煙が巻き起こり、大気が震える。
「あ、アレは……アニキも使っていたやつ!」
控室にいてもなお分かるラオルドの気迫。大気がビリビリ震えるだけでなく、今にも重圧で押しつぶされそうなほど。
たかが駆け出しの16歳に出せるようなものではない。アリーナにいた観客が、次から次へと倒れていく。
エルトシャンには、もっと効いているはずだろう……そうレイジが思った矢先だった。
『なんという男だ! いや、分かっていたこと。ミスターより先にダンジョンタワーを攻略した彼だからこそ!』
「これに耐えるとは、只者ではないな……」
エルトシャンは、涼しげな顔だった。殺意すら感じるほどの威圧にも、平然と耐えた。
ラオルドは、意外そうな顔で彼の方を見た。ルーキーにしてはなかなかやる、と感心した。
それもそのはず、エルトシャンは並みいるルーキーの中でも孤高、そして歴代でも屈指のペースで稼いでいる男だ。
「……運が悪かったね。こんな気迫じゃ、僕が知っている二人の足元にも及ばないよ?」
エルトシャンは、笑いながら言った。
「まさか、貴様……ジェネラル・オルエスの……!」
「そうさ、僕はオルエスの血も、大正義の血も引いている」
オルエスは、彼が魔人ルシファーを倒せた理由に納得がいった。
かつて、世界最強の名声を得た勇者ジェネラル・オルエス。そして、今なおカルミナの覇者として君臨するデズモンド。
大正義も最強も、彼の血の中に入っているのだ。その血筋、卓越したセンス。だからこそ、彼は孤高の超ルーキーなのだ。
「やはり、そうであったか……! 俺は、アイツが憎い」
この男、かつてはジェネラル・オルエスとしのぎを削った勇者だった。どちらが魔王を倒すか、それで張り合っていた青春を送っていた。
しかし、実力でも通算報酬でも、ラオルドがオルエスを超えることはなかった。結局、超えるチャンスのないままにオルエスは引退。のちの世代に託す選択肢を選んだのだ。
「僕のおじいさんに憎い、って直接言えばいいじゃないか」
「いや、俺はオルエスの血自体が憎いのだ! “プロミネンス・ドラゴン”!」
ラオルドが指を鳴らせば、真っ赤に燃え盛るドラゴンが現れた。けたたましく吠えるその姿に、観客は興奮。
全長数十メートルはあろうかというドラゴン、それを見てもエルトシャンは冷静だった。
「“サンドーラ・ウィンド”!」
エルトシャンの周りを、砂混じりの竜巻が覆った。ラオルドの技が噛みつこうとするも、砂に阻まれてその炎が徐々に消えていく。
さらに竜巻の回転が早まると、炎のドラゴンはそれに巻き込まれる形ではかなく消え去った。
「簡単に防がれたか……。まぁライバルの血筋とあらば、それくらいやってもらわねば楽しくないが」
「“ガイア・ブラッチア”!」
ラオルドが指を鳴らすと、地面から巨大な右腕が生えてきたのだ。文字通り、地面から。
直訳するならば、大地の腕。ラオルドが薙ぎ払う動作をすれば、それに応じて大地の腕もエルトシャンを振り払う。
エルトシャンは、場外寸前まで吹っ飛ばされた。
『またしてもラオルドの大技炸裂! エルトシャン、この力技になすすべなし!』
エルトシャンは巨大な岩の腕をかわしながら、打開策を考えていた。
真正面からぶつかろうなんてことは、到底考えられない。そびえ立つ巨大な右腕を見据え、エルトシャンは不敵な笑みを浮かべた。
「さらばだ、若造」
ラオルドが右こぶしを左手に撃ちつけると、巨大な腕は、握りこぶしを地面に叩きつけた。
大地の魔法の中でも、とりわけ力任せの技。小手先でどうこう出来るようなものではものではない。
拳を振り上げて確認した。土煙の向こうに、エルトシャンの姿はなかった。
『しょ、勝負あり……! エルトシャン選手の抵抗も虚しく、あっけなく超ルーキーが散ってしまったァ!』
「いや……まだ終わっちゃいない。そうだろう?」
「そうさ、“フォグマ・ファントム”と“セラミカル・シールド”で難を逃れたのさ」
『決着のアナウンスは、ミスでありました。申し訳ありませんでした!』
ガレキの中、エルトシャンが無傷で現れたのだ。
“フォグマ・ファントム”は、水と光の魔法を複合させたもので、霧で幻を見せる魔法。
それで攻撃を外させようとしたが、それでも巨大な腕の攻撃をさけられなかった。そこで陶磁器の盾“セラミカル・シールド”で防ぐプランに変更。
かなりの硬度を持っていた陶磁器でさえも、大地の腕は粉微塵に砕いてしまうのだ。
「この技の弱点には、とっくに気づいていたよ。……二つもね」
そんな強力無比な技ではあるが、エルトシャンは、親指と人差し指を立てて言った。
「一つは、可動域が限られること。もう一つは……巨大すぎて、僕が正確に見えなかったことだね」
もちろん、大地の“腕”というだけあって、関節はある。長さにも限界はある。正面や側面には強いが、後ろや高いところは苦手なのが一つ。
もう一つは、やはり視覚の問題だった。これが原因で、エルトシャンを正確に捉えることが困難になっていた。しかし、そこはベテラン。歴戦の勘でエルトシャンの行動を読もうとしていた。
だが、エルトシャンが一枚上手であった。
「なかなか酔狂な発想をするではないか。虹色の名に恥じぬ、変幻自在の魔術で切り抜けるとは……」
「時代は、力技を求めちゃいない。いかに持っているものを応用するか、だよ」
16歳に説教じみた言葉を投げかけられた。それでも、ラオルドはムッとすることなく心に刻んでいた。
今大会、最も年齢差のあるこのカード。はたして、軍配が上がるのは……。




