第55話 マインドブレイカー
『第13試合、決着! 勝者はウェルネ選手!』
ブロール・リーグは熾烈を極めていた。ラオルドの敗退により、出場者の心に火が付いたのだ。
誰もが第2のミスターを狙って……気迫と気迫がぶつかっている。
「そろそろ、俺も準備しないと……!」
そして迎えたレイジの出番。レイジは、アザミからもらった半袖のジャンパーに袖を通した。
『さぁ一回戦第14試合! 本戦出場者32名のうち、ルーキーは4名! これは今大会始まって最多! いずれも超実力者だった!』
そのルーキーの二人が決勝の開幕に華を添え、もう一人が大金星を挙げたのだ。
ひょっとすれば、ルーキーの中から優勝者が現れるかもしれない。そんな期待を寄せて、観客たちは闘技場を見下ろす。
『その大トリを務めるのは、青コーナー……フォードの一味・黒飛レイジ選手!』
スモークがたかれ、堂々の登場……だったはずのレイジだが、明らかに表情がこわばっている。いざ自分が舞台に立ってみれば、思った以上に人が多くて恐怖したらしい。
それもそのはず、ラオルドが敗退してもなお、このシバレーアリーナには6万人近い観客がいるのだ。日本シリーズや球宴でも、これほどの規模は見たこともないのだ。
レイジの実兄も、これほどの歓声の中で甲子園決勝のマウンドに立ったのだろう。そう考えると、初めて自分の兄姉のことをすごいと思えてきた。
レイジは、せわしなく周りを見渡した。レイジに向けられた声援半分、シンバートに向けられた声援半分、といったところだろうか。
「あいつ……めちゃくちゃ緊張してやがる」
客席から見ていたフォードは、レイジの落ち着きのなさに呆れていた。
『赤コーナー、心理戦の申し子! シンバート選手!』
スモークの中から堂々とシンバート選手が登場。黒の背広をパリッと決めた甘いマスクの男には、黄色い声援が飛び交う。
シンバートは、これほどの歓声にも、しっかりと手を振ってこたえている。しかし、レイジは、手足が震える一方。
『それでは、両者見合って……試合開始!』
午後6時、銅鑼が鳴り響いた。レイジは、緊張のあまり、動けずにいた。
それを見たシンバート、早くも勝利を確信した笑みを浮かべる。
「対戦相手の事を調べたのですが、このシンバート選手……心をへし折るテクニックが得意だそうで」
ギュトーは、対戦相手のことを調べ上げていたようだ。
「天敵やないの! それに、この緊張状態や……まともにレイジはんが戦えるとは思われへん」
精神力を爆発させて戦うスタイルのレイジにとっては、まさに天敵。
心をへし折られてしまえば、なすすべはない。完封負けもあり得るだろう。
「君は、どうしてこの大会に出ているんだい? なぜ決勝まで来られたと思う?」
「この大会に優勝して、ある人物を説得することだ。そして、この中に負けられない相手がいるんだ!」
「そりゃ、優勝するって決めたからには、誰にも負けられないのは当たり前じゃないか。分かり切った事を言われても困るよ」
一言二言かわしただけだが、すでにレイジの顔が青ざめている。嫌な汗もかいている。
物腰柔らかそうな言い方ではあったが、逆にそれが威圧されているように感じたのだろう。
「君は、ある人物と言ったね。まだ会ったこともない人のようだね」
「それがどうした?」
「この大会で優勝したとして、その人は……君を認めてくれるのかな? そもそも会ってくれるのかな?」
シンバートの口撃が止まらない。どこまでもレイジを煽ってくる。
低音ハスキーから繰り出されるドギツい言葉の数々。言葉通り、レイジに突き刺さる。
シンバートは、手のひらを上向きにして手招きした。かかってこい、と無言で挑発してきた。
「……“ファイア”!」
レイジは、右手のひらをシンバートにかざした。しかし、何も起こらない。
『先に仕掛けたのはレイジ選手。しかし、どうしたことか! 基本の炎魔法が不発だぞ!』
ペースを掴まれ、心を折りにくる相手。レイジにとっては、このうえなく戦いにくい相手である。
言葉に耳を貸さなければいい。それだけの話なのだが、相手の術中にハマってしまえば最後。
何度も“ファイア”を試みても、動揺してしまっているレイジには撃てない。
『どういうことだ、レイジ選手! 今までの魔術はインチキだったというのか!?』
とうとう実況からも、心無い言葉が飛んでくるようになった。
客席からは、レイジに対するブーイングが響き始めた。ほとんどがシンバートの味方にすら思えてきた。
「誰に教わったんだい、その魔法。あまりにも脆弱と言わざるを得ないね」
今度は、レイジに関係のある人物まで否定し始めた。
ファウストやエマ、フォードたちと完成させた炎。苦心しながらも完成させた千本ファイアも、脆く崩れ去る音がした。
自分は、弱い。何もできない。あの日、特急にダイブしたことを思い出した。
カルミナに来て最初の村が焼かれたときに、何もできなかった自分を思い出した。
「俺は、無力……」
「そうさ、無力さ。君のような人間に、このステージは無謀過ぎたんだ。高い金を払ってのヤラセ、本当にご苦労様でした」
「それだけは違う……」
もはや、レイジの声は蚊の鳴くようなものだった。
「何が違うのかな? 一味違うのならば、その手で証明すればいい」
炎も電撃も使えないなら、拳で。そう思ったレイジだったが、シンバートにアッサリと受け止められてしまった。
シンバートは、そのままレイジの腹に膝蹴りを浴びせた。レイジは、胃液を吐いて膝をついた。
『レイジ選手、やはり手も足も出ない。アレはインチキだったという、衝撃の事実! あんな外道を二次予選スタートにした事を後悔するぞ!』
本来ならば、実況は公平であるべきだ。しかし、昨日のマスクドレッドよりの実況には不可能なこと。
緊張と心無いヤジで、まったく本調子の出ないレイジ。シンバートに、一方的に痛めつけられている。
試合時間も、あっという間に20分が過ぎていた。レイジは決定打を与えられず、ボロボロ。何とか立っているという状態。
しかし、耐え抜いているだけ。時間切れで判定に持ち込んだとしても、不利なのは明確。
「おい、レイジ! 何やってんだ! お前の炎は、悪口一つでダメになっちまうモンなのかよ!」
レイジに向けられたブーイングのなか、はっきりとフォードのヤジが聞こえてきた。
フォードは、耐えかねていたのだ。ずっと耐え抜いているレイジのその背中に、心を折られて本来の実力が出せない彼に。
「シンバートとか言ったか! コイツはヤワな鍛え方しちゃいねぇぞ!」
「アニキ……」
「では、そこの黒ジャケットのお兄さん。それは、本当ですか?」
「ああ、元レイゾンであるこの俺が鍛えたんだ。間違いはねぇ! それに……コイツは、火事場の馬鹿力の持ち主だ。好きなだけ追いつめてみやがれ!」
フォードは、自信に満ち溢れた顔で言った。誰よりも横にいて、その頑張りを見てきた漢がいる。
シンバートは、歯ぎしりしながら、フォードのいる方向を見つめている。
「分が悪そうな顔じゃねぇか!」
「それもそうでしょう。レイゾンの元副将軍がアニキとは、恐れ入りましたよ」
シンバートは、お手上げ。まさか、レイゾンの副将軍だった男が後ろ盾とは思わなかったのだ。
どれだけ言葉を重ねてレイジを惑わせようと、
「おい、レイジ……聞こえてるだろ! そんな奴の言葉に惑わされんな!」
「もっと、お前の頑張りに自信を持て! お前は、もう無力なんかじゃねぇ!」
フォードの叫びが、レイジに光明をもたらした。ひざまずいていたレイジは、拳を地面に強く叩きつけ、その反動で立ち上がった。
目の色が変わった。今にも死にそうな目は、烈火のごとく燃えている。
追い込まれて、追い込まれて……最後にはアニキの言葉を背にして。
「はあああああ!!」
レイジは、渾身のコークスクリューをシンバートに食らわせた。
拳が当たる瞬間、燻っていた炎が燦然と輝いた。
『じょ、場外! アニキの叫びを耳にして、鉄拳がこだましたッ! 一発K・O!』
一発逆転。どよめきが起こった。
レイジも手ごたえを感じていない。気が付けば、シンバートは闘技場の外で泡を吹いて倒れている。
あまりにも呆気ない結末。フォードの一味を除いて、これを確信できた人物は、客席にはいない。
『今まで“ファイア”すら撃てずに苦しんでいたかと思えば、急に灼熱の拳! さらに元レイゾンのフォード副将の弟分! この男、一体何者なんだ!』
この大会に現れたルーキーは4人共とんでもない人物だ。
新進気鋭の勇者の仲間。それに打ち勝った特撮ヒーローみたいな男。ミスターさえも打ち破った天才。そしてアニキの叫びで奮起して一発逆転に成功した男。
今年のブロール・リーグは嵐が巻き起こる。レイジの勝利により、それを確信したファンも多いことだろう。
◆
「二回戦進出おめでとう。あなたも恐ろしい人物かもね」
「あ……」
控室に向かう途中、レイジは黒装束の女に声を掛けられた。彼女は、カトルーア。
そのたわわに実った果実に、レイジは頬を赤らめた。
しかし、カトルーアは、その視線をかわして話を続ける。
「私は、オルアース所属のカトルーア。あなたの戦いぶりを見ていたわ」
「昨日負けたから、用はないんじゃ……?」
レイジのドキドキは止まらない。裏返った声で、カトルーアに訊く。
「……引き抜きよ。私たちは、魔王を倒すために強い仲間を集めているわ。だから、今日も試合を見る必要があった」
彼女は、これまでにも一回戦の勝者には声をかけてきたらしい。しかし、断られたり、保留にされたりと収穫はゼロ。
「それって、俺を誘って……?」
レイジは、二重の意味をこめた。
「まさか、あなたみたいな人を。魔術師の私に言わせれば、今のあなたは未熟すぎるわ」
カトルーアは、横目でレイジを見ながら言った。
レイジは、拳を震わせた。連日のように新聞をにぎわせている冒険団の美女に言われて、純粋に悔しかったのだ。
「オルアースなんて、こっちから願い下げだってんだ!」
レイジは、負け惜しみを言った。
「そういえば、あの人の弟分だもんね。勧誘しようとした私が愚かだったわ」
「ああ、そうだよ! それと、もういっちょ……俺たちは、絶対オルアースを超えてやる!」
超えられるものならどうぞ、と言わんばかりにカトルーアは笑った。
レイジは、鼻息荒く控室に戻っていくのであった……。




