第49話 熱き闘志を胸に、一人 Ⅰ
舞台は変わり、ダンジョンタワー3階。レイジたちを待ち構えるのは、まるでアスレチック。
丸太渡りに、反り立つ壁。さらにはターザンロープ。モンスターこそいないものの、ここでは冒険者の身体能力が問われる。
レイジは今、340人中270位前後。手早くクリアして、少しでも追い越したいところ。
「よいしょっと! ほいさっ!」
これまで、フォードの元で厳しいトレーニングに耐えてきたレイジ。アニキ直伝の身軽さを少しは身に着けたようで、ここで10人抜き。
こんなアスレチックなフロアに階段はない。クリフハンガーだ。一度ビルの外に出て、己の腕だけで壁にせり出した突起を伝って上へ登らなければならない。
4階は、一寸先は闇の暗室。炎魔法、あるいは光魔法を持っていれば照明代わりになるため、有利なのは当然。
しかし、それに反応するモンスターも配備されている。それは、涙やクシャミを誘発する鱗粉をばらまくアナフィラモスだった。
レイジの倍近くのサイズを誇るガである。黄色と黒を基調とした模様は、自分がヤバい奴とアピールしているかのようだ。
「くっ! “ファイア”!」
アナフィラモスの羽ばたきに合わせるがごとく、レイジは左手から炎の玉を飛ばした。
すると、両者の間で炎が一瞬で燃え広がる。粉塵爆発だ。
迷路になっていた道の壁が崩れるほどの衝撃。アナフィラモスは、真っ黒な標本と化した。
5階。シュテンオーガがひしめくフロア。エルトシャンやマスクドレッドでさえ、簡単には倒せなかった怪物がいる。
ただでさえ後れを取っているレイジは、戦っていればそれこそリタイアに直結するほどの死活問題。
しかし、倒さなければ6階へ進むことはできない。そこでレイジが目を付けたのが、大きなツヅラだった。
「悪いな、ちょっとだけ貰っていくよ! って、重たい!」
早速、中身を確かめた。“鬼哭”のラベルが貼られた一升瓶が3本。明らかにザポネ酒と分かるようなものだった。
しかし、レイジがそんなものを手に入れたところで、意味がないのだ。
「なるほど! これはそういう瓶か!」
レイジは、シュテンオーガが持っているヒョウタンにも注目した。ヒョウタンには、でかでかと酒の文字。
このシュテンオーガは、ザポネとその周辺では、酒好きのモンスターで知られている。
階段前のボスが、レイジの前に立ちはだかる。
「そこのボス! 受け取りやがれええええ!」
レイジは、一升瓶をハンマー投げの要領で投げた。シュテンオーガの手のひらに、すっぽりと収まった。
酒好きモンスター、これをグッと煽った。鬼すら慟哭するほどの辛口。シュテンオーガ、舌鼓を打つ。
これまでに250人近くが挑戦したはずなのに、ここまでツヅラが残っていたことが奇跡だった。
その後も、追いつき追いつかれのデッドヒートを演じながら、上へ上へと駆け上がっていく。
エレベーターも翼も横着もないこのダンジョンタワー。一般人ならば、数階上がっただけで限界だろう。
しかし、レイジを突き動かすのは執念。優勝してまだ見ぬバハラに力を証明すること。その決勝戦でエルトシャンを打ち倒すことだ。
『さあ、レイジ選手がようやくストーミー・ブリッジに差し掛かった!』
20階。ここで一度、屋上に出たのだが、先はまだまだ。今にも床が抜け落ちそうな連絡橋を超えなければならない。
しかも、ビルの隙間風に煽られ、右に左に大きく揺れている。この不安定な足場を、強風に晒されながら渡らなければならないのだ。
「ね、ねじれた!」
大人が数人は通れるほどの幅はある橋だが、波打つように揺れた。レイジの顔が青ざめる。
鉄筋コンクリート造りの頑丈そうな橋が、荒ぶる海のようにうねっているのだ。
このうねりに負けて脱落した冒険者は、数知れず。シンプルでありながら、二次予選の難関の一つだ。
地上からの高さは80メートル。見下ろせば、アスファルトで固められた道。アリのごとく小さく見えるエアカーが通っている。
『シュテンオーガは力さえあれば倒せる。反り立つ壁はスピードさえあればクリアできる! さあ、この橋は君に語り掛けているぞ。お前に渡れる勇気があるか、と!』
落ちればひとたまりもない連絡橋。小型ヘリに搭載されたカメラが、レイジの絶望を映している。
これを見ているリーグファンは、思い思いに声援を飛ばしているだろう。中には臆病者とヤジる人もいるかもしれない。
しかし、そのいずれも、レイジの耳に届くことはないのだ。そう、アニキがどれだけ応援していたとしても……。
『なお、この橋を渡った者は340人中、たった68人。そのうち半分がこの橋から落下。ここにたどり着いた者の半分以上が、あまりの恐怖でリタイアする。まさに、度胸試しの一本道!』
実況が、渡れと言わんばかりに煽ってくる。ここを渡りさえすれば、本戦に進出する権利にグッと近づけるからだ。
この先にいる挑戦者は、今や一割の34人。渡ってしまって、たった3人を追い越せばいいのである。
レイジは、ヤケになって一歩を踏みしめた。一歩、また一歩と慎重に進んでいく。
風がより一層強くなった。連絡橋が激しくうねる。レイジは、吹き飛ばされないように四つん這いで踏ん張った。
しかし、そこからが問題だった。全く身動きが取れなくなったのだ。今、レイジがいるのは、うねりとうねりのちょうど境目なのだ。
――お前は、一人じゃ何もできねぇのか?
レイジの心に、アニキが語り掛けたような気がした。暴風の中、はっきりとレイジの心の中に。
恐怖のあまり、幻聴にさいなまれただけかもしれない。しかし、それで立ち上がれるなら、レイジにとっては儲けもんである。
『どうした、レイジ選手! 不撓不屈の二つ名が泣いているぞおおお!』
「やってやる……怖くたって!」
ピタリとまっすぐに戻った瞬間、レイジは走り抜ける。
再び横風が邪魔しようと、それで橋がうねろうと、レイジには関係がなかった。
今、ここにいるのは一人だ。漢なら、一人でもやらねばならぬときがある。
『レイジ選手、ここで橋を駆け抜けた!』
第二ステージへたどり着いたレイジ。風が一層強まった。
橋が激しく脈打ち、最後にはうねりに耐えきれなくなり、崩れ落ちたのである。
まるで、レイジが最後の挑戦者だったと言いたげだった……。




