第50話 熱き闘志を胸に、一人 Ⅱ
うねりにうねる連絡橋“ストーミー・ブリッジ”を崩壊寸前のところで渡り切ったレイジ。
舞台は第二ビルに移り、その20階からリスタートとなる。もう、レイジの後ろを誰かが追ってくるという可能性は、限りなく低い。
しかし、前には同じように橋を超えた勇気ある冒険者が30人と少し。レイジは、とにかく走った。
走っても、走っても誰の背中も見えない。この速さでは、ゴールしても予選落ちは必至だ。
息も切れ始めてきた24階。レイジは、ここで二次予選の恐ろしさを痛感した。
このダンジョンタワー、ギミックもさることながら、長丁場なのである。ゴールはこのビルの最上階、天を貫くほどの高さにある。
『さぁ、レイジ選手が第二ビル24階に到達。ここでは現状では予選脱落する可能性が高い人のために、救済措置を施したぞ!』
どこまでも続く螺旋階段。それを上ろうとしたレイジの目の前に、一本のワイヤー。
レイジは、ひと呼吸おいてから上を見据えた。先が見えなくて、唾を飲み込んだ。
やるしかない。登らなければ、ここで脱落するのであれば。
「……行くか」
レイジは、念のためにワイヤーを軽く引っ張った。特に何かがあるわけでもない。
主催者側が使えと催促しているようなものだった。外野も、それを期待している。
『レイジ選手、この果てしないワイヤーを登る道を選んだァ!』
レイジは、先の見えないワイヤーを登り始めた。一心不乱に、頂点だけを目指して。
なんの変哲もない鉄の綱。どこまでも続くとなれば、レイジの頭によぎったことが一つ。
こんな甘い話、あるわけがない。それに尽きる。
しかし、余計な事を考えている時間はないのも、また事実。
『さあ、レイジ選手。ここで30階相当まで到達。高さだけで言えば、すでに7人を抜いている』
ここで息が切れ始めたレイジ。ちらほらと螺旋階段を上がる者の姿も見えてきた。
休んでいる暇なんてないのだが、登っている途中で体力が切れたのだから仕方がない。
「ゴブゥ……」
レイジが息を整えていると、どこからともなく野太い叫び声が聞こえてきた。
足元を見下ろせば、無数のゴブリンがワイヤーを伝ってくるのが見えた。
それは、まるでカンダタに垂らされたクモの糸のように。レイジは、それを予感していたのである。
カンダタは、自分だけのものだから、と降りるように強要した。それで落ちて、地獄から這い上がれなかったのだ。
自分なら、そんなヘマはしない。そう思い込んでいるレイジは、豪気にワイヤーを登り続ける。
『レイジ選手、気づいているのか。気づいていながら、わざと無視しているのか。一心不乱だ』
相手にしなければいい。レイジの出した答えは、単純明快だった。
そして、ゴブリンどもより先に上にたどり着いてしまえば、何も問題はないのである。
31階、32階……。レイジは、天井を見上げた。
一番下から見上げた時は、先の見えないワイヤーだった。が、ゴールを示す天井の金具が見えた。
『おーっと、一次予選に続いて、ルベール選手が二次予選を首位通過だ! それとほぼ同時にエルトシャン選手。少し遅れて、ミスターブロール! ラオルド選手が3着だ』
早くも突破に成功した冒険者がいるようだ。エルトシャンは2位通過。そこに続いて、ブロールリーグで毎回好成績を収めている老練の冒険者・ラオルド。
決勝戦の枠は残り29人。レイジは、焦った。エルトシャンたちがゴールしたということは、おそらく先頭集団が着々とゴールしているということだ。
ここに来て自分が追いつめられていることを初めて知ったレイジは、火事場の馬鹿力で上を向いた。
『さあ、レイジ選手。とうとう38階相当まで来た。この甘い罠をモノともせず、ガッツだけで駆け上がった!』
もう少し、あと少し……そんなところで、レイジはゴブリンに捕まってしまった。
フォードと出会ったときは、まともに相手することができなかったゴブリン。今となっては、わけはない相手である。
しかし、体力も精神的にも追いつめられた状況、足場の悪い状況。
掴まれた左足をしきりに振るも、ゴブリンの握力は存外に強い。なかなか落ちてはくれない。
一匹にとらわれている場合ではない。何十、何百と来ているのである。
第一ビルで失格した者たちの無念を吸い込んだかのように、ゴブリンの殺意は尋常ではなかった。
「ゴブリンなんて、どうって事はない! 俺は、あの日の弱虫じゃないんだ!」
レイジの渾身の叫びが、その意志の強さが、ゴブリンを一瞬怯ませた。
これがチャンスとばかりにレイジは、さらに駆け上がった。
しかし、ゴブリンが再び足を引っ張ってきた。それでも、レイジはなりふり構わず進む。
「待っていろ、エルトシャン! 俺は絶対にダンジョンタワーを制覇して、お前と決勝で戦ってやる!」
『レイジ選手、吠える! これは、ゴブリンの胸に突き刺さる!』
さっきよりも気迫あふれるレイジ。足を引っ張っていたゴブリンたちの意識が一瞬遠のいた。
足が軽くなった。レイジは、ようやくワイヤーを制覇した。レイジが登り切ったのと同時に、床が現れてワイヤーが切れた。
ここは40階。残った35人中、現在26位である。このまま進めば、誰かに抜かれない限りは決勝に進める。
しかし、ここから先は心臓破りの試練が続く。ダンジョンタワーは全50階。まだ10階層、高さにして40メートルほど残っている。
レイジは、階段を急いで上がり、その先の扉を開いた。すると、閉じ込められていた熱波が押し寄せてきた。
「なんて蒸し暑さ。それだけじゃない……」
ワイヤーを伝った先、41階は灼熱地獄。室温55℃、湿度80%。さらに、砂嵐。
冒険者の体力が限界に近いところに追い打ちをかけるように、この暑さである。
ここでダウンして脱落している者の姿も当然ながらあった。熟練の冒険者であっても、この状態。レイジは、嫌な汗をかいた。
冒険を始めて50日ほどのルーキー。体力トレーニングをしているとはいえ、レイジには最もつらい局面。
魔物よ出てくれるなよ、という彼の願いは空しく……。
「トレビアン……」
どこからともなく、美しい女性の声がした。
レイジがその声に反応してあたりを見回していると、レイジは右太ももを太い針で突き刺された。
『レイジ選手、これは運が悪い! なんとオパールピオンに引っかかってしまった!』
サソリの尻尾と鋏を持つ女だった。その髪は、オパールのような質感で輝いている。
“さそり座の女”は知っていたが、まさか“サソリのような女”がいたなんて……。レイジは驚いた。
この暑さと視界の悪さにくわえて、神経痛。レイジは、膝をつきそうになったが……。
「これくらい、俺が失敗し続けてきた“スパーク”なんかに比べれば!」
レイジは、患部を抑えながら歩き始めた。普通であれば、即効性の高い毒。だが、レイジは耐え抜いた。
『レイジ選手、再び奇跡を起こした! 並大抵のことでは耐えられないオパールピオンの毒をものともしない!』
鍛え方が違うのだ。血のにじむような訓練、心の折れそうなほどに長く遠い道をたどってきたのだ。
すべては己の目標に近づくために。果てしなく遠い道のりではあるものの、決して色あせることのない目標だ。ガムシャラに走ってきた。
だからこそ、たかが一発毒を食らっただけで、レイジには躓いている時間はない。
オパールピオンからもらった毒を気合で跳ね除けたレイジ。とにかく逃げる、一心不乱に逃げる。
全身から汗を流しながらも、レイジは階段を目指した。
42階も、変わらず蒸し暑い砂漠のようなフロア。しかし、今度はあまりにもまぶしい照明がレイジに襲い掛かる。
どこを向いても、照明が目に当たって痛い。明るすぎて、前が見えないのだ。
43階。今度は床が燃えている灼熱のエリア。一歩間違えれば、即遺骨になるマグマの池もある。
足場は鉄の橋。しかし、その鉄も、熱気にやられて赤く染まりつつあった。安全な場所など、ほとんど存在しない。
限界に近付いたレイジの体力を、このダンジョンタワーが容赦なく奪ってくるのである。
汗が落ちれば、一瞬で蒸気に変わる。タンクトップを絞っても絞っても、汗がしたたり落ちてくる。
『さあ、ここでシンバート選手が10位通過。11位通過は、オルアースから参戦のカトルーア選手!』
一人、また一人と決勝への切符を手にしている。残された枠は21人。
レイジは走り出そうとしたが、これまでの疲労が一気に押し寄せてきたのか、まっすぐ歩くこともままならない。
「熱い……」
特に熱を感じるのは足元。燃えて融けかけている鉄板の上を歩いているのだ。
早く階段を見つけなければ、そもそも命が危ない局面。さっさとクリアしたいレイジ。
しかし、その後ろ髪を引くがごとく……。
「ここまでの長旅、ご苦労なこった。だが、お前はここで脱落だぜ」
「お、お前は、あの時の……!」
『レイジ選手、ここでヴェイルズのルワ選手に追いついた! アリーナでは倒せコールが湧き上がっているぞ!』
極限まで追い詰められているレイジ。果たして、彼は決勝に進めるのだろうか。
ついに本編50話! 皆様のご愛顧あっての快挙でございます。あなたたちもまた、フォードの一味の一人です。
「とにかくアツく」「燃え系で勝負」「コンプレックスと向き合う」をテーマに掲げたコンハー、少しばかり見苦しかったり重い表現が多かったりしたことをご容赦くださいませ。
アツくて濃いものは、どうしても読者の負担になるのですが、それ以上に私も精神力を使って執筆しております。まだ四月の寒い時期ですが、執筆中は半袖で汗を垂らしながらやっております。
今後も、変わらぬアツさを……いや、もう一段階ギアを上げてお届けできれば、と思います。もっと熱盛!な逸品を目指しております。
それでは、ここまで16万字にも及ぶ長旅、お疲れ様でございました。何度も申し上げますが、萌えたりないはご愛敬、燃え足りないは精進あるのみ。
ということで、私やフォードの一味を気に入っていただけたならば、感想・評価のほどをお待ちしております。
また、コンハーを気に入りそうな方が身近にいましたら、オススメしていただけると光栄です。一人でも多くの方に届いていること、それこそが私の原動力となります。
2019年4月17日 檻牛無法
@Oriushi_Nhoo




