第44話 雷撃をその手にⅡ
レイジは、日本でモテたことはない。そればかりか、日本では姉や母を除く異性と会話をしたことがない。
だから、免疫がないのは仕方ない。しかし、エマという人がいながら、この節操のなさ。
「名前、聞いとけばよかったね」
「下心丸出しじゃねぇか! ……鼻の下が伸びてるぞ」
エマとのキスを経験してしまえば、モテたような気分になるのも仕方ないだろう。
同じことが褐色美女にも起こればいい、そう思ったレイジは惚けていた。
「おい、目を醒ませって!」
フォードは、レイジの頬をしきりに叩いた。
「とりあえず、お前はブロール・リーグで優勝しなきゃなんねぇんだぞ! 誰にも負けない気合を手に入れて、打倒デズモンド! そうだろ?」
公園2周、占めて10キロを走り終えたフォードとレイジ。レイジは、もう動けないと身体を大の字にした。
しかし、本当の地獄はここからである。これでも、まだ午前7時である。
ランニングを終えてなお、褐色美女にうつつを抜かしているレイジ。早速、ホテルに併設されているジムで体を鍛える。高級ホテルだけあって、設備は充実している。
ペンチプレス80キロを10回、チェストプレス45キロを20回、レッグプレス120キロ15回、ラットプルダウン90キロを15回。
ショルダープレス40キロを20回、レッグカール70キロを20回、バックエクステンション30回、腕立て伏せ50回。
これら8項目を1セットとし、さらに7分間のスパーリングを挟んでもう一回。10キロを走った後で、かつ朝食前なのだから、レイジの身体はヘロヘロだ。
というよりは、集中しきれていない。やはり、あの子が気になって仕方がないらしい。
「レイジさん、お疲れ様です」
ギュトーは、ボトルを投げた。レイジは、それを右手でキャッチ。
右手が一瞬で冷たくなるほどに冷えた、スポーツドリンクが入っている。レイジは、ラッパ飲みした。
ただ、塩分ミネラルが入っていて甘いだけではない。運動で失われるアミノ酸なども調合されている。まさに、レイジの身体が欲するものだ。
「あ、ありがとう」
レイジは、口元を拭ってから言った。
「しかし……女に耐性がねぇのが問題だな。ウブじゃねぇだろうに……」
「何があったんや? というか、ウチはそう見られてへんのやな……」
アザミは、しんみりした。フォードは、すかさず「話をややこしくすんな」とツッコミを入れる。
「で、朝走ってたらよ、若い女とぶつかったんだよ。それからずっと、あんな調子だ」
「何があったら、あんなに惚れっぽくなるんやろか……」
「うるせぇ、こっちが訊きたいくらいだよ」
フォードは上唇をかみしめた。
◆
朝食は、豆や魚、野菜をベースにした豪華なものを腹八分目。それから小休止を挟んだのち、特訓を再開させる。
午前10時、身体を鍛えぬいてようやく、スパークの習得に乗り出すこととなったのである。
ビッグマハルで会ったファウスト曰く、レイジの魔法は精神で出すものである。それを熱の形で出すのが“ファイア”なのである。
「レイジはん、理屈はいつもの“ファイア”と一緒やで!」
「分かってるって」
レイジは、大きなお世話だとでも言いたげに返した。そもそも、これを考え出したのは、ほかでもない彼なのである。
そう、理屈は同じなのだ。電気として撃ちだせば、それが“スパーク”である。
「よし、いつでも出してみな!」
フォードに言われる前から、レイジは伸ばした右手に神経を集中させた。
少し経ってから、これではいつもの“ファイア”と変わらないことに気づいた。
そこで、神経に電流を強く流すことを意識した。右手がしびれるような感覚に襲われる。
これさえ、気合で耐え抜けば……!
「“スパーク”!」
右手の先から、火花が飛び散った。しかし、それだけで終わった。こけおどしにすらならない。
今までと違うのは、右腕がマヒして動かせなくなったわけではないこと。
レイジとしては、慎重にいったつもりだ。しかし、フォードは、腕を組んでいた。あまり、快くは思っていない。
「お前、ちょっと日和っているぜ! もっとJ・J戦の時みてぇにビシッと!」
「うん、やってみる!」
無茶な要求だと分かっている。でも、レイジは二つ返事だ。
アレは、一種のトランス状態だったからこそ、成しえたものである。
あの時の感覚を思い出す。たとえ、痺れたとしても気合で腕は動かせる。
もう、勢いに任せるほかなかった。もう一度、火花が散る。
「“スパーク”!」
「ダメだ! あの時の一発は、まだまだこんなモンじゃなかったはずだぜ!」
あの時の感覚は、そう簡単には帰ってはこない。何度撃ち込んでも、フォードが納得することはなかった。
それは、レイジも同じだった。なぜ、アレが再現できないのか……それが悔しくてたまらない。
もうどれだけ繰り返したか、分からない。出すたびに右手がしびれて、そのたびにアザミがケアして……。
レイジは、諦めなった。諦められなかった。諦めたくなかった。続ける執念しかなかった。
もう一度! 何度だって!
今度は、体中をほとばしる電気に意識を傾ける。ここで火花が出るが、さらに出せると己を信じる。
右腕全体から、まぶしいほどの青白い火花が飛び散った。機は熟した。
「今ならイケるッ! “スパーク”」
轟雷、叫喚……再来!!
レイジは、電撃がほとばしる右の拳から、コークスクリュー・ブローをフォードに撃った。
フォードは、それを左手で受け止める。青白い火花は、やがて鋭く曲がる線へと変わっていく。それとほぼ同時に、雷にも似た重低音が辺りに響く。
文字通り“スパーク”を起こすことができた。これこそが、レイジの思い描いていた技の完成形であった。
「いいぜ、レイジ……! ビリっと来たぜ!」
フォードは、左手首をブンブン振りながら言った。彼の左手にもまた、レイジが放った火花がバチバチと散っている。
レイジも、右腕全体を振り回した。自分さえも痺れるほどの威力だ。
「や、やっと成功した……!」
レイジは、大の字になって仰向けに倒れた。初めて成功した嬉しさのあまり、緊張の糸が切れてしまったようだ。
しかし、試練はこれからである。“ファイア”のときと同じように、これが当たり前の状態に持っていく、その特訓が始まるのだ。




