第43話 雷撃をその手にⅠ
シバレー最初の夜。レイジは、そこで起こったトラブルを気迫の一つで解決したフォードに感動を覚えていた。
なので、あの気迫が出せないかと、ホテルの庭で試みていた。しかし、アニキのように簡単にはいかない。
まずは、心を落ち着かせて肺いっぱいに息を吸い込んで、それからゆっくりと時間をかけて吐き出す。
「はあああ……!」
全身に力をぐっと入れてみるが、何も起こらない。腕に小さな力こぶを作り、こめかみの血管を浮かせてみるも、ただ力んだだけに終わった。
そればかりか、周りの視線が冷たい。それこそ、笑われているようにさえ感じられるほどだ。
夜のランニングとストレッチを終えたフォードは、尋常ではないレイジの表情を気にかけた。
「お、レイジ。何やってんだ?」
「アニキ! 昼間、アレやってたよね? 俺にもできるかな……って」
シバレーアリーナ前のトラブルで、フォードの背中に見た阿修羅の幻。
あれを習得することができれば、自在に使う事が出来れば……ブロール・リーグで好成績を収められるだろう。
しかし、そんなレイジの見通しは甘かった。
「……ありゃ、無理な話だ。今のお前には出せるモンでもねぇよ。経験が足りなさすぎる」
フォードは、現実を叩きつけた。
彼曰く、あれは尋常ならざる経験をしたからこそ出せるものだと語った。
生まれてからレイジに出会うまでの21年間、ずっと戦場で生き抜いてきた凄惨な過去があるからこその気迫である。
それを地球が嫌になって特急にダイブしたようなヤツに出せるはずがない、と遠回しに言われた気がしたレイジ。
賞金首を倒して180万ルドを得ただけでは、たどり着けぬ境地。レイジは、眉毛を曲げて、落ち込んだ。
そこまでキツく言うつもりがなかったフォードは、眉毛をハの字にしながらも口角を上げてレイジをなだめる。
「そう落ち込むなよ……いつかは出来るけど、この大会中には無理な話ってだけだ」
「アニキ……」
フォードは、元気を出してほしくてレイジの頭を荒っぽくなでた。泣くなよ、と優しい口調でなだめる。
「とにかく、だ! 今、持っているモンで勝負するしかねぇってこった。二次予選は12日後なんだろ?」
フォードが訊けば、レイジはうなずいた。
「まず、お前は“スパーク”の習得だ。明日からの4日間は、それに集中しようぜ」
ビッグマハルでオレンジギガントと戦った時に、とっさに思いついた気合の雷撃。
J・J戦でも決め技の一つとして試みたものの、これまで一度たりとも成功させたことがない。
いつまでも失敗作のままにすることができない“スパーク”を、今度こそ成功させるのだ。
「で、2日休んでから、また4日……今度は、スパークの仕上げ。それと並行して、今持っている炎を自在に操る練習だ」
現在、レイジの持っている炎は、ただ弾としてぶつけるか、全身にまとって突進するかの二択である。
炎のバリエーションを増やさないことには、やはり先へと進むことができない。フォードは、それも提示してくれた。
「んじゃ、明日は早くなるからよ……今日は、もう寝ようぜ」
◆
「おい、レイジ。起きろ……!」
フォードは、レイジの肩を揺すった。
ブロール・リーグ参加者の朝は早い。フォードは、朝5時半に起床していたようだ。
レイジは、瞼をこすった後、大きく背伸びしながらあくびした。今日から、優勝に向けた特訓である。
「おはようございます、レイジさん。今日から修業ということで頑張ってください!」
「ウチらも、レイジはんの優勝を全力でサポートさせてもらうで」
アザミもギュトーもヤル気に満ち満ちている。これに答えられなきゃダサいだろう、とレイジは思った。
レイジは、早速着替える。NとYを重ねたマークがプリントされた赤いTシャツに袖を通し、黒い七分丈のパンツをはく。
午前6時。寝癖を直せば、特訓メニューが始まる。まずは、ストレッチを入念に30分。それからホテルの近くにある公園をランニング。
この公園は一周5キロ。公園の中央にはひょうたんの形をした大きな池があり、何隻ものスワンボートが優雅に池を泳いでいる。
レイジは、その光景をちょっと哀れんでいた。日本のとある公園でスワンボートに乗ったカップルは別れる、という都市伝説を知っているからだ。
そんな思いをはせながら、レイジはフォードについていく。朝早くにもかかわらず、市民ランナーの姿がちらほら。何度か、肩がすれ違いそうになった。
さらに、レイジが気づいたことがもう一つ。
「あれ……?」
「どうした、レイジ?」
「前にアニキと走った時より、長い距離をついていけているなぁって」
「そりゃ、ビッグマハルであんなに鍛えたんだから、当然だろ!」
レイジが素直な事を言えば、フォードは笑いながら返した。
その様子ならば大丈夫だろう、とフォードはペースを少し上げた。レイジは、上がったペースにも難なくついていった。
ビッグマハルでの一か月間、厳しいトレーニングがあった。並みいる怪物たちを蹴散らしてきた。その経験が、レイジの眠れる力を少しずつ醒ましているのだろう。
「俺……変わっているのかな?」
「正直な話、俺が思ってる以上だぜ」
フォードは、サムズアップしてはにかんだ。
公園を1周し終えたフォードたちは、まだまだ走り足りないのかもう1周することに。
1キロを走ったあたりで、レイジが一人の女性とぶつかってしまった。
「きゃっ!」
「ごめんなさい」
それは健康的な小麦色の肌がまぶしいお姉さんだった。亜麻色のドレッドヘアをポニーテールにしている、独特なお姉さん。
その腹筋はうっすらと6枚に割れており、スタイルの良さがうかがえる。スニーカーの底がすり減っているあたり、この公園を走るのが日課なのだろう。
「お姉さん、俺のレイジがすまねぇな」
「いいの、気にしなくて。これくらい、時々あることだし!」
「あいたたた……」
「レイジさん、だったかな? 立てる?」
女性は、レイジの右手を取ると、立ち上がらせた。
「ありがとう……」
「こっちもゴメンね。じゃ、頑張ってね」
幸い、二人ともしりもちを突いたくらいで済んだ。……身体だけは。
女性は、そのまま走り去っていった。レイジは、彼女に胸の高鳴りを覚えた。背中に電流が走るような、そんな衝撃を受けた。
レイジの耳と頬が明らかに赤くなっている。フォードは、それを心配してランニングを中断。
「大丈夫か、レイジ?」
「あの人、何だかいい人だったなぁって……」
「おい、またかよ……」
フォードは、レイジの免疫の無さに頭を抱えた……。




