EP1 カナベラルの悲劇
時はさかのぼる事、およそ一か月。チェアノの海岸でレイジと交戦、のちに仲間と別れた次の日の朝。
エルトシャンは、1000ルドという冒険者にしては割と不自由しないだけの金を片手に、チェアノから出る船に乗っていた。レイジたちより一便早い船だ。
今日からは、一人。次、レイジに会った時にも負けないように……彼は、武者修行の旅に出ることにしたのである。
「よう、あんちゃん。お前も冒険者か?」
ガタイのいいスキンヘッドがはにかんだ。ところどころ歯が抜け落ちているようだ。
エルトシャンは、気前よく話しかけてくれたスキンヘッドなど、気にも留めていない様子だった。
「お前も食えない男だな。一人だってんなら、仲間に入れてやろうと思ったのによ」
「……結構。僕は、一人でも頑張れるさ」
エルトシャンは、冷淡に返した。ずっと、冒険者パスを眺めている。
それでも、スキンヘッドのお節介は止まらない。
「その目は、何かを狙ってる目だろ? 何を狙ってるんだ」
「そうだね……魔人ルシファーとか?」
「マ……!?」
スキンヘッドの声が裏返った。
魔人ルシファー、討伐報酬120万ルド。一説によれば、この世界のどこかに住むと言われているハーピー族の一人とされている。
そのシバレーより南南西に位置するカナベラルの洞窟でひそかに眠っている、という情報が冒険者パスには記載されている。
これまで、幾百もの冒険者がルシファーに挑戦した。しかし、そのいずれもが返り討ちに遭い、二度とカナベラルの洞窟から出てくることはなかった。
「小僧、悪いことは言わねぇ! そのクエストから身を引け」
スキンヘッドは、エルトシャンの肩を揺さぶった。
まだ16歳という若いみそら。死に急ぐ必要もなかろう、と説得したかったのだろう。しかし、エルトシャンの意志は固かった。
それで死んでしまえば、自分はそれまでの男だったと分かる。どれだけ無謀なことなのか、それは本人がよく分かっている。
「一人で戦うなんて無謀にもほどがある! 思い直してくれ!」
「忠告ありがとう。でも、僕は勝つ。勝ち続ける! 今度会うときの彼は、きっと今の僕よりずっと強くなっているはずだ」
エルトシャンは、語気を強めながら言った。
スキンヘッドの目からは、大バカ者に見えたことだろう。しかし、彼は笑われても構わなかった。
チェアノを旅立って一日でビッグマハル。交通費を稼ぐためのクエストをこなしながら、二日かけてビッグマハルの島国を横断。
さらに、島西部の港町・トラハルから船に乗って三日かけてシバレー。鉄道を乗り継ぎ、ヒッチハイクを繰り返してカナベラルの街へと到着。
この街は、魔力を使った技術で宇宙開発をしようと活気づいている街だった。しかし、数年前に突如現れた魔人ルシファーによって街は滅びた。
廃墟ばかりが目につくゴーストタウン。エルトシャンは、今もなお残っているルシファーの爪痕に、複雑な感情を覚えた。
初めて受ける100万ルドを超えるクエスト。それだけの金が魔人にかかっている理由は、ただ一つ。市民に、冒険者に、それだけの傷を負わせた危険な相手ゆえ。
「おや、あの建物だけ……」
しばらく探索をしていると、一つだけ破壊されていない小さな建物があることに気づいた。
それは地下鉄の駅構内へと続く階段だった。エルトシャンは、その階段をゆっくりと下っていく。
地上に比べればいくばくかマシとはいえ、地下鉄の駅構内もかなり荒れている。不気味なまでに静かで、さらに暗い。
エルトシャンは、光の魔法“ライト”を唱えた。光の玉を左手に持ちながら、探索を試みる。
無数の白骨遺体、そして黒ずんだ血痕。思わず手で口をふさぎたくなるような光景が、そこには広がっていた。
さらに、ホームへと足を踏み入れれば、地下鉄の車両が横たわっているのが見えた。派手に何かが爆発したような痕跡も見られる。
「よほど、派手に暴れたみたいだ……。なぜだろう?」
ただ単純にルシファーを倒す、というわけにはいかなくなった。
この地で何があったのか。エルトシャンは、その謎を解きたくなった。
これだけ凄惨な事件があったにも関わらず、ほとんど報じられていない。
「これは……」
ホームを探索していると、一つの骨が大事そうに分厚いノートを抱えているのが見えた。
そのノートは、5年の歳月ですっかりボロボロになっていた。エルトシャンは、それを失敬した。
パラパラとめくっていくと、ノートは、その人物が記した日誌であることが分かった。最後の日付は5年前の9月4日、事件の起こる前日のようだ。
エルトシャンは、ノートの中身を詳しく見ていく事にした。ところどころ、ページが破れたりインクが滲んだりしているが、読める箇所がいくばくかあった。
4月1日
ブレイトン社の資金援助を受け、本日よりカナベラル宇宙開発部を発足。世界各地から、人種も種族の壁を超えて英知と魔力を結集させた。
我々の目標は一つ。このカルミナを出て、月へとたどり着くことである。そして、その月に潜む魔王を倒すことだ。
5月12日
ハーピー族の特性として、戦おうとすると逆に自分が傷つくという事が発覚した。
このため、ルシファーに武器を埋め込み、DNAを書き換える改造手術に踏み込むことにした。
5月24日
ルシファーの意識が戻った。しかし、彼は今までのルシファーではない。
温厚だった目は、まるで兵士のように敵を見据えている目。これこそ、我々が求めていたものだ。
6月21日
ルシファーは、元々ハーピー族というだけあって魔術の天才だった。
得意の風魔法に加えて、水や炎、雷まで操るのを見せてくれた。しかし、回復の魔術だけはなぜか一向に見せてくれない。
7月9日
ルシファーは、魔王討伐のエースになるはずだった。しかし、最近の彼の様子はおかしい。
時々、苦しんでいる。改造手術は成功したはずなのに、何があったというのだ?
8月14日
ダメだ、ルシファーの魔力は強すぎる。暴走してしまった彼は、もはや平和を愛する種族ハーピーではない。
もはや、戦闘の事しか考えられず、本能のままに我々人類に刃を向ける魔人だ。
誰にも止められない破壊の衝動に、ルシファーが目覚めてしまったようだ。
9月4日
このカナベラルも、近いうちに滅ぶだろう。私も、ルシファーの犠牲になるかもしれない。
もし、この日誌を誰かが読むことがあるとすれば、彼を苦しみから解放してくれる優しい人であることを切に願う。
「悲しい敵……だね」
その狂暴な素質は、このカナベラル宇宙開発部で悲劇があったためだった。
魔王を倒す目的の元、ハーピー族を戦わせるために施した手術が裏目に出た。それが、このカナベラルの悲劇。
強くてキケン、そして切ない。120万の価値はある相手だが、それは人間のマッチポンプに過ぎない。
エルトシャンは、さらに探索をつづけた。地下鉄の駅構内に、不自然に大きな穴が開いていることを発見した。
ひとしきり暴れた後、ここに穴を開けて逃げたことが推測される。エルトシャンは、足元に気を付け、さらに地下深くへと進んでいく。
あまりにもルシファーが強いせいか、道中には魔物どころか生物の気配すらない。
道こそ曲がりくねってはいたが、ほとんど一本道。その最奥部、明らかに開けた場所がある。なぜか、ここだけ明るい。
魔人は、エルトシャンの気配を察知すると、目を覚ました。
「誰だ……この俺の眠りを妨げる者は」
ルシファーの濁ったパープルの瞳が、エルトシャンを見据える。右腕はマシンガン、左腕は筋骨隆々。
美しかったはずの金髪は、すっかりくすんでいて、今はドラブ・ダークブラウン。翼も、ハーピーというよりは戦闘機のそれに近い。
まさに、異形のハーピー。ロボットの形相も取り入れた魔人。鋼と魔術のフュージョン。
「君が魔人ルシファーだね。僕は、エルトシャン。君を倒して強くなるために、ここまで来た」
対するは、6色の魔法を使う男・エルトシャン。それを象徴するかのように右サイドの髪を様々な色に染めている男だ。
ルシファー、たまらず呆れた表情。過去、多数の挑戦者を退けた彼ではあるが、デビューから一カ月も経たないような相手と一騎打ちは初めてである。
「……死にたければ、来い!」
ルシファーは、ようやく立ち上がった。エルトシャンとルシファーの一騎打ちが幕を開ける……!
中4日も空けて申し訳ありませんでした。本日より3話ほど外伝とさせていただきます。
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