第39話 お礼のキス
レイジが治療に専念している頃、極東の島国・ザポネにて。
はかま姿でコートをマント代わりに羽織った、バンカラな青年のもとにも新聞が届いていた。
「リーダー、新聞でござる!」
届けてくれたのは、黒装束の忍者であった。
「コイツのツラ見るのも久しぶりだな……。しばらく見ねぇうちにとんでもない成長しやがって」
「ああ、その男でござるか。もしかして、……殿の友人か?」
「んなガラでもねぇよ。俺たちも行くぞ!」
バンカラは、声を荒げて否定した。
◆
同じころ、旧ロンブルム領のとある宿屋で……。
「キャプテン、今日の新聞です」
「ありがとう、チトア」
チトアと呼ばれた女性が、キャプテンに新聞を渡した。キャプテンは、紅茶を片手に新聞に目を通していた。
遠く離れた地の新聞。一面ではなくても、やはりレイジがJ・Jを倒したことは載っていた。
「J・Jが倒された……やはり、俺の出る幕でもなかったみたいだ」
“勇者”キャプテン・オールA、旅立ちから40日ほどで稼いだ報酬は、推定1000万ルドとされている。仲間も着々と増えており、今や30人の大所帯。
冒険団の規模としては、同時期に旗揚げしたルーキーの中でも最大クラス。もはや、下手な軍隊の一小隊をも超える規模を率いている。
「で、どうするんだよ?」
重厚感ある黒い甲冑に身を包んだ戦士が尋ねた。
「それでも、俺たちの目的は変わらん。魔王ルー・マイワンを倒すことが一番の目的だ。J・Jを倒すのも、その旅の資金稼ぎでしかない」
魔王討伐、その宿命を背負った勇者の瞳は新緑のごとく輝いている。そのために資金と人材、何よりも情報が必要なのだ。
レイジという見知らぬ少年に先を越されたからといって、勇者は悩まない。
◆
また、世界のとある場所。荒野にポツンと立っている店にて……。
「総額180万の報酬……。レイジ、君もこのステージに来たというわけかい。嬉しいよ」
エルトシャンは、新聞を読んで喜んでいた。魔人ルシファーを倒した猛者ではあるが、レイジとの一戦からは仲間を連れずに一人で旅を続けている。彼を慕っていたチアガールの集団が、レイジとの一戦を終えた後に悪口で盛り上がっていたのが原因だった。
彼の稼いだ報酬は、推定740万ルド。主に、政府の要人を警護したり、凶悪な魔物の退治で稼いでいるようだ。その傍らで、己の鍛錬にも勤しんでいる。
レイジと出会ったことで、エルトシャンもまた変わったのである。己の才能に驕ることなく、上には上がいることを認め、天才である自負を捨てた。
新聞を折りたたみ、ライバルの活躍の喜びに浸っていると、何人もの悪漢がエルトシャンに襲い掛かってきた。バイクにまたがり、釘バットを持ったアウトローどもだ。
人相は恐ろしく悪く、見る人が見れば無条件で逃げ出しそうなほど。歯が何本か抜けている者、高く立ち上げたモヒカンの男……などなど。
「てめぇ、誰の許可得てこの店来てんだ!」
「ここは、俺たちのシマだぜ! 甘ちゃんはお家に帰ってファミコンでもやるんだな!」
アウトローの一人が、エルトシャンにジュースをぶっかけた。エルトシャンは、指をさされ笑われたが、無視することを徹底した。
抵抗する意思を見せないのをいいことに、アウトローが調子に乗ってきた。釘バットを目いっぱい振りかぶって、殺意マックス。
真後ろからの攻撃だったにも拘わらず、エルトシャンは右手で簡単に止めた。
「煩わしいね……“ハイドロボム”!」
エルトシャンが逆にジュースを吹っ掛け、指を鳴らせば、そのジュースが一瞬にして爆発四散した。
アウトローどもは、その勢いで吹っ飛んだ。一難去ったエルトシャンは、手の甲でジュースをぬぐった。
「黒飛レイジ……今度会うときも、負けないよ」
◆
舞台は戻り、ビッグマハル。結局、レイジの回復には三日ほどを要した。入院の間も、新聞社からの問い合わせは殺到した。そのたびに、レイジは応答を繰り返した。
フォードたちの次の目的地は、ビッグマハルからさらに西へ海を渡った先にあるシバレーの大都会。人口も多く、腕利きの技師が期待できそうとの事だった。
一行は、ディーニから西にある港町・トラハルを目指す。そこから三日ほど船に乗ってシバレーである。
トラハル駅行きの特急を待っていると、エマが見送りに来てくれたようだ。彼女もまた、フォードたちと一カ月を過ごした間柄である。
「もう……! 何も言わずに別れようなんて、寂しすぎるでしょ!」
エマは、フォードの態度に少し呆れているようだった。病院でレイジたちから冒険の計画を聞いて、ここまで追いかけてきたようだ。
「悪かったよ。ただ、別れのしんみりした空気ってのが嫌いでよ……」
親しい人と別れるときは、必ず笑顔。フォードは、再会できることを願って、そう決めていた。
……というのも本心だったが、正確に言えば、未だに新聞社がスクープを狙ってきている。なので、こっそり出発したかったのだ。
「ちょっとの間別れるくらいで、私はしんみりしないわよ」
エマは、強気に返した。
「それもそうやな。女はこういう時強いんよね」
フォードたちは、エマとたわいない会話をしながら特急が来るのを待っていた。
この時間は、レイジにとっては幸せな時間。このままずっと続けばいい……なんて絵空事を描きながらエマとの会話を楽しんでいる。
『間もなく、5番ホームにトラハル行き特急・フェロー号が到着します。白線の内側に立ってお待ちください』
別れの時が、刻一刻と迫ってきている。
「この間はすごく頑張ったね、レイジ君。サイコーにカッコよかったわ!」
「ありがとう、エマさん」
レイジは、ぎこちなく笑った。決して、無傷で……とはいかなかったものの、エマがこうして無事でいることが、彼には何よりも嬉しいことだった。
「あ……そうだ! ちょっとだけ、いいかな?」
エマは、ぐっとレイジに顔を近づけた。彼女の甘い香水に、レイジの心拍数が上がる。顔がカーッと赤くなる。
「え……?」
レイジは、一瞬何が起こったのか分からなかった。全てが終わった後、エマの口から悩ましい吐息が漏れた。
彼女は、レイジに満面の笑みを向けていた。ドキドキしているレイジとは裏腹に、彼女はまんざらでもなさそうだ。
「これは、私からのお礼」
エマは、レイジの唇にそっとキスをしたのだ。彼女からすれば、感謝の意味を込めたキス。しかし、レイジは、ドキドキが加速して止まらない。
こんな経験、もちろん日本では想像すらできなかったことだ。誰かに感謝され、好意を向けられる経験も含めてである。レイジは、エマを余計に異性として意識してしまった。
フォードは、レイジに羨望のまなざしを向けながら、肘で小突いた。
「良かったじゃねぇか、レイジ! ファーストキスってのは甘酸っぱいらしいけど、どうだったんだ?」
「え……お、オトナの味?」
レイジは、首を傾げながら答えた。その声は、明らかに裏返っていた。急なことだったので、味がよく分からなかったらしい。
J・Jの一件で感謝されていることしか分からなかった。それだけでも満足だったところに、エマはサプライズまでくれた。
『間もなくトラハル行き特急フェロー号が発車いたします。お乗りになられるお客様は……』
駅員のアナウンスが、彼らの別れを告げているように聞こえた。
もう時間が残されていない。エマは、別れる漢に一番訊きたい事を訊いた。
「いつか、レイジ君の気持ちが変わって……仲間として好きになってくれたら、私のこと誘ってね?」
「必ず迎えに行くって約束するよ」
レイジは、エマの胸元にそっと小指を伸ばした。エマは、小指でそれを握る。
今度会うときは、初恋の相手としてではなく、純粋に仲間として尊敬できる相手として。
フォードたちは、特急に乗り込んだ。指切りを交わしたレイジも、名残惜しそうに特急に乗り込む。
エマは、両手を大きく振って見送った。5月30日午前11時24分、フォードたちはディーニを去る。
「私、いつまでも待ってるから! また、レイジ君がビッグマハルに来てくれるって!! ずっと、あなたを応援してるよ!」
エマも走り出した。力いっぱい叫んだ時には、特急は既に線路の向こう側……。
レイジに届いたとは思えなかったが、それでも彼女は満足だった。立ち止まって息を整えながら、線路の向こう側を見つめていた。
「良かったんですか、レイジさん。彼女……もうその気になっているようでしたよ?」
その車内で、ギュトーは急に無粋な事を訊いてきた。
「今は、まだ……」
レイジは、口の中いっぱいに広がる甘酸っぱい余韻に浸っていた。
これにてビッグマハルにおけるレイジたちの冒険は、ひとまず幕を閉じました。
次回更新につきましては、数日程度の休載をはさんで充電が完了してからとなります。ご容赦ください。
これまでの話で、当作品を気に入っていただけた方は、評価やブックマークのほどをお願いします。




