第38話 全てを投げうって
レイジが入院しているというディーニ大学病院。その病室には、ぶしつけなマスコミが長蛇の列をなしていた。アザミは、それをかき分けて、レイジの病室へと入っていった。
彼の容態は多少は回復しているものの、同じような質問に何度も遭っているためか、精神的にはむしろ疲れている様子だった。気絶していた状態から復活したとたんに、この状態である。フォードの応対だけでは、足りなかったらしい。
大手柄を挙げた人物の話を少しでも聞きたい気持ちは、分からなくもない。しかし、これでは、治るものも治らないだろう。
アザミが話しかけようとすれば、それを遮るかのように新聞記者が彼の目の前に立つ。
「レイジさんは冒険者ということですが、なぜJ・Jへ挑戦しようと思ったのですか?」
「負けられないライバルがいたからです。彼は、エルトシャンと言って、一月ほど前でしょうか……魔人ルシファーを倒して120万ルドを得たんです」
レイジは、うんざりしたような顔で言った。
「それに対抗するように150万ルドの懸賞金がかかったJ・Jを倒すことに決めたわけですね。それで、勝てる自信はあったんですか?」
「受けると決めたときは、実績を残したわけではありませんでしたから。でも、地道な鍛錬とクエストをこなして……決戦当日は万全の状態で迎えられるよう、準備はしてきたつもりでした」
「J・Jを倒す決め手となったものについて、教えてください」
新聞記者たちは、レイジと会話をするつもりはないらしい。ただ、新聞のネタになる話が引き出せれば、それで満足のようだ。
「仲間たちの声援、でしょうか。アニキがいなければ、あの子が応援してくれなかったら……多分、何もできずに殺されていたと思います」
新聞記者たちとレイジの質疑応答は、何十問にも及んだ。新聞記者たちが帰っていったのは、アザミが病室に来てから二時間近くが経ってからのことだった。
レイジは、あまりにも人と長々と話していたので、ぐったりしていた。違う記者に同じような事を聞かれ、そのたびに同じ応答。朝起きてからというものの、ずっとこんな調子だった。
「レイジはん、ほんまお疲れさんやで……」
「うん……。まさか、あんなに人が集まるなんて思ってもみなかった」
「アンタは一夜にしてヒーローになったんや、無理もあらへん」
アザミは、はにかみながら言った。
◆
その晩、フォードとギュトーも、レイジの面会に来てくれた。
レイジは、病院食をペロリと平らげると、届いたばかりの夕刊に目を通した。相変わらず、自分が一面だった。何となく誇らしいのだが、それと同じくらい恥ずかしいのだ。
今朝の段階では倒したことだけが報じられたのだが、レイジが目を覚まして話をしたことが事細かに載っている。
ライバルであるエルトシャンへの対抗心、殺害予告を出されたエマへの恋心までもが透けるように書かれていた。
「……すげーな。思いっきり特集組まれてらぁ」
フォードは、レイジの右側から新聞を覗き込んだ。
「で、モノは相談なんやけど……」
アザミは、神妙な面持ちでフォードたちに話を切り出した。
「どうしたんだ? 遠慮なく言ってくれよ」
「実は、昼くらいに……」
アザミは、父であるテンマと遭遇したことを話した。勘当されてしまったことも、それに対する悔いがないことも話した。
結局、フォードたちは、公爵家当主から匿うというアザミの依頼を達成することはできなかった。
「俺が動けていたら……」
レイジは、拳を強く握って己の無力を恨んだ。100万を超える賞金首が倒せても、たった一人の男を警護することはできない。
「レイジはん、何も気にすることあらへん。それより……」
「行くアテが無くなったんだろ? こればっかりは、俺たちの責任だ! すまねぇ!」
フォードが、珍しく頭を下げている。公爵家の追手から彼を救うという話にもかかわらず、彼を路頭に迷わせてしまう最悪の結果に終わったのだ。
彼はもう、有名な家系の人間ではない。ただの放浪者になってしまった。だから、フォードの一味に身を置くしか選択肢がないのである。
「そういえば……なんで一カ月も俺たちといてくれたんだ?」
レイジは、気になったことを率直に聞いた。普通に逃亡が目的だったのなら、数日の間に自分たちと別れていたはずだ。
ファウストの家に厄介になっていたこともあるが、それでも長居はしづらいだろう。それにも関わらず、アザミはずっといてくれたのだ。
「アンタらの夢、応援したくなったんや。本気でライバル超えようとするレイジはんが好き。それを支えようと動くフォードはんが好き。これ以上の理由がいるんかいな?」
「だったら、その歌舞伎の女形? ……のような格好の理由って?」
「その昔見た舞台に、大事な人のために全てを投げうつくらい、献身的な女性が出てきたんや。それこそ、命さえ惜しくもあらへん勢いや。アレを見て、ウチが生きる道はかくあるべき……そう思うて憧れたんがきっかけや」
昔、舞台で見た人物に少しでも近づきたくて……。だから、アザミは白粉を塗り、髪を結わえてみたのである。
遥か東のザポネから長い旅に出て、フォードたちを見るなりすぐにピンと来るものがあったと彼は語った。
この人たちと一緒なら安心だろう。最初は、その思いだけで行動を共にしていた。しかし、レイジの夢を聞いて今日まで至る。
「……そういうことやから、ウチも一味に身を置いてもええか?」
「んだよ、急に改まってよぉ……。俺たちゃ、とっくに仲間だろうが!」
フォードは、満面の笑みでアザミの正式加入を喜んだ。
「じゃあ、よろしく頼むよ。……姐さん!」
レイジが、アザミの事を姐さんと呼んだ。こうして、フォードの一味が四人となったのであった。




