第36話 ヒーローの特権、必要十分条件
「まさか、そんな一撃も出せるなんてね。正直、驚いた……」
J・Jは、痛恨の一撃を受けた腹部を抑えながら言った。ここで、ようやくレイジが厄介なことを理解したようだ。
レイジにとっては、未完成の一撃。それでも、今までで最も成功への手ごたえがある一発。
「俺もびっくりした。こんなに強い一撃になるなんてな……」
右腕には、まだ電気の衝撃が残っている。それでも動かない。
J・Jは、シヴァを構えてレイジを何度も切りつける。右手が使えない状況、バランス感覚が狂う。
利き腕ではない左手で“ファイア”を撃っても、狙いが上手く定まらない。
J・Jは、レイジの右腕に妖刀シヴァを深く突き立てた。
「その煩わしい魔力を封じてあげよう! “ドレイン”!」
タイガーゴイルが使ってきた魔術。相手の魔力を吸い上げる技だ。
レイジは、妖刀シヴァが刺さっていることだけに痛みを感じている。
さらに、J・Jからの追撃。レイジは、左腕一本で妖刀シヴァの猛攻を耐え抜く。左腕も赤く染まる。
、J・Jの猛攻はナイフだけではない。強烈な膝蹴りがレイジの腹に襲い掛かる。
レイジは、胃液を吐き出して、腹を抱えてうずくまる。それでも、レイジは“ファイア”を繰り出した。
マッチの炎ほどの大きさだったが、J・Jを驚かせるには十分。
「魔力を吸えない……だと?」
「レイジはんの魔法は、ちょっとしたトリックがあんねや!」
アザミ、ドヤ顔。ちょっとどころではないのだ、変化球どころか魔球である。
J・Jは、レイジではなく再びエマに切り替えてきた。エマの眼前まで妖刀シヴァが迫った時……!
「エマさん!」
レイジは、エマを抱えてJ・Jの魔の手から逃がした。
フォードのようにカッコよく……とはいかないものの、彼女が傷つかないならそれで十分だった。
「ありがとう、レイジ君」
「随分としぶといね、醜くて仕方がない。どうせ、君は死にかけのドブネズミなのだから潔く死ねばいいのに……」
「……日本じゃ、ドブネズミは美しいんだぞ。そんなことも知らないのか?」
なぜ、レイジがそんな事を知っているのか、それは誰にもわからない。本人も親戚から聞いたくらいの話である。
J・Jは、そのフワフワしたレイジの持論が理解できずに、首を傾げていた。初めて聞かされたフォードたちもしかり。
「ドブネズミが綺麗かどうかなんて、どうでもいい。ただ……僕は、君を殺したくなった」
J・Jが、レイジの目を見て言った。何が何でも屈服させたくなったのだ。
ネクロフィリアである彼が、死ぬよりも辛い屈辱を与えてやろうと、サディストになる。
突き立てたり斬ったりではない。皮を剥ぐような一撃に切り替えつつある。
「魔力を封じる呪文……“フェン”!」
J・Jの左手から、黒紫色の糸のようなものが無数に表れた。無数の細い糸が、レイジに複雑に絡みつく。
動きを拘束するだけでなく、絡んだ相手の魔力の流れを止める闇の魔術。普通の魔術師になら、大いに効果を発揮するこの呪文。
しかし、レイジは、左手から炎を出して糸をたやすく焼き切った。
J・Jの目線からすれば、先ほどから理不尽な事が起こっている。このような少年に、J・Jが操るよりも高等な魔法が使えているとは思えない。その思い込みが、焦りを生む。
「なぜ“ドレイン”も“フェン”も効かない……! どっちも魔術師には効くはずだ」
「……俺の魔術は、一味違うからだ。そんなチャチな魔術で俺の炎が封じられると思ったら、大間違いだッ!!」
レイジは、ノドから血が出るほどに叫んだ。すでに、身体は限界だった。
「アニキ……アレを頼む!」
「……アレか。いいぜ!」
レイジが歯を食いしばったのを確認してから、フォードは右頬を強くビンタした。
魂をも揺さぶる一撃。左頬いっぱいに紅葉。しかし、レイジは、これでは足りないとでも言いたげな顔だった。
「だったら、私からも! ……頑張ってね」
左頬は、エマが。
二人から闘魂注入を受けたレイジは、両手の拳をぐっと握りしめた。
J・Jから見れば、ただの仲間割れに見えたことだろう。しかし、レイジは気合を回復させていた。
彼の出す炎は、稲妻は、精神の力に由来する。彼の身体には、魔力が一ミリも流れていない。したがって、魔力を吸収したり、魔力の流れを封印したりといった類の技が全く効かないのだ。
心の力さえあれば、使える。彼の技の特異性を利用した、変わった力の回復方法である。
「自分を追い詰めて何になるのかな? まさか、逆境に強いとでも言いたいのかい?」
「ああ、そうだ! 俺は、絶対に退かない! お前とは、一騎打ちで……そう決めたからには貫く!」
レイジは、もう一度“ファイア”を撃った。弱くなりつつあった一撃に、キレが戻った。
J・Jの頬をかすめる。その仮面が焼けるよりも前に、彼は仮面を外した。
30代半ばだろうか。肌の張りも失いつつある塩顔が、その素顔だった。
「あの顔……新聞に載ってたんと一緒や」
「敵が強ければ強いほど、ピンチであればあるほど……俺は一段階上に行ける!」
「一発逆転、不撓不屈……ヒーローの特権振りかざして、何になるんだ」
「お前のような凶悪犯が倒せる……!」
レイジは、満身創痍。さらに怒りが爆発している。自然と彼の周りには炎が燃えていた。
相変わらず右腕がマヒしている状態。にもかかわらず、フォードとのケンカで見せたとき以上の火力が出ている。
「……“レッド・クライシス”!」
レイジは、灼熱のオーラをまといながらJ・Jに急接近。自分でも驚くほどの速さだった。身体のリミットが少し外れているのだ。
しかし、それに伴う痛みは全く感じない。彼の頭はJ・Jに対する怒りでいっぱいで、トランスしているも同然の状態だった。
そのスピードだけで言えば、J・Jに勝るとも劣らない。しかし、小回りが利いていない。
「熱くなって変身……またヒーローの特権かい。煩わしい」
J・Jは眉間にシワを作りながら言った。
「特権でもなんでもねぇぞ。ただ大事な人のためだけを思って動ける……それだけが、ヒーローの必要十分条件だぜ!」
「それが生きる者の美学だというのなら、僕は切り捨てる。君と同じ呪文でねじ伏せてくれる! “ファイア”!」
J・Jは、両手を前に突き出して、灼熱の炎をレイジに向けて飛ばした。数メートルほどの高さまで燃え上がる炎だ。
レイジも応戦しようと、左手だけを突き出して“ファイア”で対抗する。これまでにないほどの熱を相手にぶつけるのだ。
威力が明らかに違う。レイジが踏ん張り切れずに押されている。
「これはマズいですね。明らかにレイジさんが競り負けています!」
ギュトーが、レイジの背中を支える。レイジの全身が灼熱のオーラに包まれているため、火傷は避けられない。しかし、そんなことは二の次。
彼が背中を押して踏ん張らせたところで、レイジが競り負けている現実は変わらない。
「ありがとう、ギュトー!」
「アカン……レイジはんの方が負けとる!」
“レッド・クライシス”で全力を出しているレイジ。J・Jに焼き尽くされる前に、彼は勝てるのだろうか……。




