第34話 とびっきりのヤバい奴VSヤバい奴
ディーニの北西部に位置する国立公園、その中に位置するアイザー天文台。ファウスト邸のある郊外から、電車を乗り継いで一時間半。
赤レンガを基調とした3階建ての建物であり、平屋根の上に取り付けられたアンテナのようなものが目を引く。
そして、もう一つ変わった特徴がある。それは、建物の中心を真っ二つに割るように黒い線が引かれている。ドアにも容赦なくひかれており、さらに公園を二分する直線へと続いている。
ここは、カルミナの東半球と西半球の境目。暗殺を目論むには、あまりにも広い国立公園。なぜJ・Jがこの場所を指定してきたのかは分からない。
フォードたちがここに着いたのは、22時頃のことだった。ディーニタイムスの折り込みになっただけあってか、既にメディアや警察が集まっていた。
早速、質問攻めに遭った。意気込みがどうとか、倒せる自信がどうのだとか。しかし、レイジはそれを無視した。
随分と不愛想な青年だ、という印象を抱かれただろう。しかし、レイジはそれでもよかった。目の前の勝負に集中したかったのだ。
「レイジ君……お願いね」
エマは、レイジの右手を両手で包みながら言った。
「J・Jが現れたぞ! 追うんだ!」
J・Jはカイトを使って空中から現れた。ディーニ市警の機動隊が、慌てて彼を追いかける。
しかし、チェーンソーの甲高い音とともに血しぶきが上がる。機動隊が次々に倒されている。やはり、ミリオンの値札は伊達ではない。
「君が件の挑戦者だろう? 僕の名はジャック・ジェイソン……医者だった男さ」
J・Jは本名を名乗った。彼の目の前には、魔人なんかよりもヤベー奴がいる。
「本物なんだろうな……?」
レイジは、疑った。快楽殺人鬼にしては、思ったほどの殺意を感じられなかったのだ。
J・Jがエアバンドのような白い仮面で表情を隠している、というのもあるが。
「模倣犯か影武者の心配かい? それならご心配なく。J・Jとして最も使い込んだものを持ってきた。この武器なら誰も文句は言えまい?」
J・Jは、白く変色した指を見せた。ほぼ月一回しか使う機会がないはずなのに、チェーンソーを使い込んだ証があった。
「僕が本物のJ・Jだと知っても、恐れない……さすがは、生意気にも挑戦状を叩きつけただけの事はあるね」
挑戦状は過去にも数件あったが、そのいずれも跳ね除けてきた。いずれも、レイジのように、懸賞金を狙った冒険者ばかり。
しかし、そのいずれも、彼のお眼鏡に適うような相手ではなかった。少しは楽しませてくれよ、とばかりにJ・Jは乾いた声で笑う。
「君に、この僕が倒せるだろうか」
「漢らしく、一本勝負のタイマンで行くぞ……!」
レイジの意気込みに、J・Jは鼻で軽く笑った。レイジが、まっすぐ突き進んでくる。
しかし、J・Jは外野の方を見ていた。殺害予告を出したエマを探している。
「よそ見するなよ!」
炎交じりの拳が、J・Jに飛んでくる。J・Jは、それを軽くかわした。というより、意識がレイジに向かっていない。
エマを狙ったJ・Jは、チェーンソーのギアを一段階上げた。そして、一直線にターゲットへ。
レイジは、そのJ・Jを追いかけた。先に回り込み、エマの前に大の字で立った。
「……エマさん! ぐっ!」
エマは無事だったが、レイジの右肩をチェーンソーがかすめた。傷口から血が溢れてくる。
それを見た彼女は、思わず両手で口をふさぐ。レイジは、大丈夫だといわんばかりにサムズアップでエマを安心させる。
「驚いたよ、君たちの関係性……。まさか、そういう事だったとはね」
J・Jは、その偶然に驚いた。決して狙ったわけではなかった。
挑戦状を叩きつけてきたレイジの惚れた女が、たまたま殺害予告を出したエマだっただけだった。
「……卑怯者! 俺との一騎打ちだったはずだぞ!」
レイジは、がなり立てた。
「本気で好きなら……カノジョを本当に守りたいなら、この僕を止めてみるがいい!」
レイジに、もう一つの試練が訪れた。ただJ・Jを倒すだけではなく、エマを守り抜いた状態で戦うのだ。
J・Jに煽られて、レイジはその意思を固めた。「上等だ、やってやる!」と、J・Jを睨みつけた。
「ジャック・ジェイソンって言ったな。コイツは、ヤベーぞ?」
フォードは、レイジを親指で指した。ずっと一緒に旅してきた兄弟だからこそ、レイジを信じている。
「だったら、ジワジワとなぶり殺しにしてくれる」
「……フン、いくらでもアイツを追い詰めてみろ。絶対に後悔するぜ?」
フォードは、不敵な笑みを浮かべてJ・Jに忠告した。レイジが勝つことを予言しているように聞こえたJ・Jだったが、仮面の下では涼しげな顔をしていることだろう。
ジャック・ジェイソンがその猟奇的な犯行でヤベーというのなら、レイジはそれに挑むもっとヤベー奴だ。
しかし、J・Jは、フォードに助言をもらってもなお、レイジを甘く見ていた。
「どう見ても、頼りなさそうな少年じゃないか。追いつめて後悔するほどには思えないね」
J・Jは、チェーンソーのレバーを引き、さらに高い音を出した。そんなチェーンソーを高く振りかざして、野次馬たちを威嚇する。
怖いもの見たさに集まっていたメディアも野次馬も、ハチの子を散らすように逃げていく。J・Jは、逃げまどった人たちを冷たく嗤った。
「おい! ジャック・ジェイソン……他人は関係ないだろ! 斬るべき相手は俺だ……俺だけを狙え!」
「自分の命惜しさゆえに逃げていった連中に、僕は興味がない」
「それはそうと、そこのお嬢さん……エマだったかな? 君は逃げなかったね。どうしてだろう?」
J・Jは首をかしげながら、エマに詰め寄る。
「エマさんにこれ以上近づくな! “ファイア”!」
その一発に、怒りを込めて。レイジの左手から出た炎がJ・Jの目の前で爆発した。
J・Jは、その直前で後ろに飛んでいた。その後ろ飛びで衝撃を緩和したのだが、それでもJ・Jの予想以上の威力だった。
「どうしても何も……私には、レイジ君がいるから。私が諦めない限り、彼は本気でいてくれるから……!」
エマの声に覇気が戻った。レイジは、喜びたい気持ちを抑え、口角を上げただけにとどめた。
J・Jは、素早く立ち上がった。そして、再びエマを斬ろうと向かってくる。
レイジは、両手に炎をともした。それを大きくするのではなく、その熱を高めることへ強く意識する。
「来い、J・J……!」




