第一話 『星が消えた空』
ほんの一瞬でもハルは思ってしまった。
もしかしたら、わかりあえるかもしれないと。
自分を転倒させるように攻撃したのも、シュウに体当たりして海へ突き落したのも、自分を守るための行動だったと考えられる。
いや、そう考えたい。
先生は僕を守ってくれたんだ。
ハルはそう信じたかった。
だが、先生が発した言葉は、ハルの希望を完全に否定した。
その声には確かな敵意と警戒心がこもっていた。
そして、ハルを見る先生の目には、声よりもさらに強烈な負の感情が宿っていた。
先生は確実にハルを敵とみなしていた。
それでも可能性はあると信じ、ハルは先生から目を背けず、彼に歩み寄った。
「近づくな!」
先生が叫ぶ。それはハルが今までに見たことのない先生の姿だった。
ハルの大叔父としてではなく、連合の一員としてでもない。
報われず満たされず蔑まれ踏みにじられバカにされ、暗い時間を希望もなくもがき続けて傷つき疲れ果てた、一人の哀れな人間の姿だった。
「まさかお前、政府の人間か? 俺を捕まえに来たんだな。ちくしょう、捕まってたまるか。俺は、俺は東日本へ行く。そこで人生をやり直す。そして今度こそ、幸せになるんだ!」
サツキの攻撃によるショックで記憶が混濁しているのだろうか。
先生は意味不明な言葉をとても真剣な表情で必死にしゃべっていた。
「先生、落ち着いて。僕は敵じゃない。僕は、あなたの家族の――」
「黙れ! でたらめを言うな。家族だと? 俺にそう呼べる奴は一人もいない。親父もおふくろも兄弟も親戚連中も、どいつもこいつも俺をゴミだと思ってる。一族の恥さらしだと思ってる。だから俺はいつも一人だ! だからあいつらは、俺を見捨てたんだ!」
先生の叫びがハルの記憶をよみがえらせる。
五年前の、先生が行方不明になったあの日。ハルの両親は彼に言った。
あの人のことは忘れなさい。
まだ子どもだったハルは、両親の言葉に従わなければならなかった。
たとえ心の中ではどれほど納得できていなくても。
いつも一緒にいてくれた大切な家族であるにもかかわらず、ハルは先生を見捨てたのだ。
先生は立ち上がり、そばに落ちていたシュウの拳銃を拾って、ハルに銃口を向ける。
「そこを動くな! 少しでも近づいてみやがれ、ぶっ殺すそ、クソガキがあ!」
先生は片手で拳銃を握り、ハルをにらみつけたまま一歩ずつ後ずさる。
十分に距離をとったところで、先生は背を向けて走り出した。
ハルはその時を狙い、先生のもとへ走った。この距離なら反撃される前に先生を取り押さえられると思ったからだ。
しかし先生は、ハルの考えを見透かしていたように、彼が走り出した直後に振り返った。
バカが、と言って先生は発砲する。うまく姿勢がとれなかったせいか、銃弾はハルのすぐ手前の地面にあたった。縦断は石畳に命中し、跳弾してハルの太腿にえぐり込む。
ハルは激痛に襲われ、苦しげにうめきながらその場に倒れ込んだ。
「は、はは……。ざまあみやがれってんだ、ちくしょうめ……。あぁ? まだもう一人いるじゃねえか。くそっ、倒れたふりなんかしやがって。俺を油断させようっても、そうはいかねえ」
先生は倒れているハルのそばを通り過ぎ、サツキのもとへ向かう。
ハルは先生を止めようと必死にもがくが、立ち上がることすらできなかった。
「やめて……。やめてよ、先生!」
ハルは痛みをこらえながら声をしぼり出す。
しかし彼の声は、先生には届かなかった。
「殺してやる、殺してやる……。お前らは敵だ。どいつもこいつも、俺の敵なんだ……」
先生は呪詛を唱えるように怨念に満ちた言葉をくり返しながらサツキに近づく。
ハルは決断を迫られていた。動くこともできず、サツキが目を覚ます様子もなく、リオ達が助けに来てくれる気配もない。
この状況で、ハルがサツキを助けられる手段は一つしかなかった。
彼のインナースーツのポケットには護身用の拳銃がある。それを使うしかない。
先生を殺すしかない。
それでもまだ、まだ可能性はあると信じ、ハルは腰のポケットから拳銃を取り出す。
先生はサツキからわずかに距離を取ったところで立ち止まり、周囲を警戒しながらおそるおそるサツキの頭に銃を向けた。
「やめろぉ!」
ハルは力の限り声をあげ、先生に銃を向ける。
「今すぐ銃を捨てろ! さもないと撃つ!」
「やれるもんならやってみやがれ!」
怒りと憎悪に顔を歪ませ、先生は叫んだ。
「どうせお前らは俺を殺すんだ。俺達を殺すんだ。日本再生計画の人柱にするために! 殺してやる。殺される前に殺してやる。殺されるなら殺してやる。死なばもろとも道連れだっ!」
先生とハルの絶叫が、夜の闇を切り裂く。
そして、一発の銃声が鳴った。




