第八話 『生きることの苦しみよ』
整備場を目指して走るリオを、老人は当然見逃さなかった。
「おいおい嬢ちゃん。そっちに行っちゃいけねえって言っただろうが」
老人はリオを追いかけようとする。
それを阻止するようにキョウカは発砲した。
「ったく、ひでえな姉ちゃん。俺は丸腰だってのに、何度も何度も銃を撃ってくるたあな」
「無抵抗な人々を核で殺そうとしているあなた達に言われたくない」
「殺すたぁ人聞きの悪い。俺達はただ、生苦から解放してやるだけなのさ」
「屁理屈にもならない下劣な考えだ」
「そういうなよ。あんたらだってよ、日本を再生するためだとか、子ども達の未来のためだとか、そんなこと言ってよぉ、俺達をよぉ、殺しに来ただろうがよおおおおお!」
老人の叫びに呼応するように、彼のフレームは激しい機動音を響かせる。
その直後、老人はフレームのスラスターを巧みに操ってキョウカの目に残像を見せるようなフットワークをとりつつ、彼女の懐にもぐりこんで拳を突き出した。
キョウカは自動小銃を盾代わりにして攻撃を防ぐも、自動小銃は破壊された。
老人は反撃のすきを与えないよう間髪入れず蹴りや拳をキョウカに打ち込みながら、怒りに満ちた声で叫ぶ。
「俺達は必死に生きてきたんだ! 何度も何度も死んだ方がマシだと思いながら、それでもいつかは救われると信じて生きてきた。誰も俺を人間扱いせず、人間らしい幸せなんか一つも手に入れられず、それでも生きてきた!」
一撃一撃に怒りを込めるように、老人は拳を打ち出し続けた。
「せめて最後は人間として死にてえと、最期を看取ってくれる家族はいなくても、人間として最低限の尊厳はもって死にてえと、それだけが希望だった。それだけが救いだった! なのに……、なのに、てめえらはよぉ!」
老人の蹴りがキョウカの腹に直撃し、胴体の装甲を破壊する。
その衝撃にキョウカはひざをつき、苦しげに咳き込みながら胃液を吐き出した。
それでも彼女はすぐに立ち上がった。
「ったくよぉ、なんで立つんだよ。俺はあんたらを生苦から解放してやりてえだけなんだ。おとなしく倒れててくれりゃ、もっと楽に解放してやれるのによぉ」
「……たしかに、生きることは苦しいことだ。私はただ生きているだけで、家族と故郷を失った。何も悪いことなんかしていないのに、身を裂かれるような苦しみを刻まれた」
「失えるだけ、マシってもんさ。俺には家族も故郷もねえんだからな」
そう語る老人の口調には、今までとはちがって年相応の重みと深みがあった。
「生きることの苦しみがわかってるんなら、なんでまだ生きることにこだわるんだ?」
「私には、私達には、その苦しみを背負ってでも、生きなければならない理由がある。私には取り戻したい故郷がある。死んでしまった家族は取り戻せないけど、新しく家族をつくることはできる。何もできないまま死んでしまったら、なぜ私は生きているのかわからない。死んでも死にきれない。だから、私は生きる。生きてみせる!」
「…………クソみてえだ」
吐き捨てるように老人は言う。
「そこまで生きたいんならよぉ、俺を殺してでも生きてみせな!」
老人は再びキョウカに猛攻を加える。
しかし間もなく、老人はキョウカの変化に気づいた。
さっきまでと同じく防戦一方ではあるが、彼女の防御の動きが明らかに早くなっていたのだ。
攻撃速度にしろ反射速度にしろ彼女より上回っているにもかかわらず、まるで先の先まで行動が見透かされているかのように、老人の攻撃は防がれていた。
老人の心にわずかな焦りと苛立ちが芽生える。
それはわずかな隙をつくり、その隙をキョウカは見逃さなかった。
キョウカは老人に大振りの攻撃をするようフェイントをしかけ、老人が力任せに繰り出した拳をかわし、がら空きになった腹に渾身の回し蹴りをくらわせる。
老人ははじき飛ばされ、仰向けになって倒れた。
「なんだ、こりゃあ。どうなってんだよ、おい」
老人は体を起こし、キョウカと向かい合う。
「フレームの基本性能はこっちのほうが上のはずだ。しかもAIには一昨日からの戦闘データを入れてあるから、お前らのフレームの性能は十分に把握できている。何より俺は、フレームの操縦に特化するよう体を改造しているんだ。なのになぜだ。なぜ俺とまともに戦える。まさかお前も、俺と同じ生体兵器だっていうのか?」
「たしかに、生体兵器と言えなくもないな。お前が言った通り、私は人を殺し慣れている。私は戦場で、何人も敵を殺してきた。そして今に至るまで、人を殺すための訓練をこなしてきた。だから、人を殺すための技術と直感はお前より優れているんだろう。フレームの性能に差があっても、それを補って余りあるほどに、私は人殺しに特化しているということだ」
「ひひ、まさにバケモノだな……。そんなもんに成り下がってまで、あんたは生きてえのか」
「そうだ。さっきも言った通り、私には生きなければならない理由がある」
そうかい、と老人はつぶやき臨戦態勢に入る。
「あんたがバケモノだろうと、生きる理由があろうと、俺はあんたを殺さなくちゃならねえ。俺のフレームのAIにはな、死んでいった同志達の遺したデータが、怨念の記憶がつまってるんだ。それを背負う以上、あいつらの無念を晴らすまで、俺も死ぬわけにはいかねえのさ!」
老人が攻撃に出ようと身構える。
その時、異変が起きた。




