第十一話 『ささやかな祈り』
地面に目線を落としたまま、オータムは静かに語る。
「私達はどうしようもない社会を過去から押し付けられた。だがそれは、君達も同じことだったのさ。まったく、嫌な時代に生まれたものだよ。お互いに」
「私の祖父も、よくそんなことを言ってたよ」
「そうかい」
「でも、こうも言ってた。生まれる時代を選べる人間は一人もいない。金持ちも貧乏人も、そこはみんな平等だって」
「その通りだ。君のおじいさんの言う通りだ……、お、あったあった。見つかった」
オータムは草を一本ちぎり取り、サツキに見せる。
「それはなに?」
「幸運を呼ぶお守りみたいなものさ」
「どこにでも生えている草にしか見えないけど」
「ふむ……。君は、四つ葉のクローバーを知らないのか?」
「知らない」
「なら、クローバーの花言葉も知らないのだろうな」
サツキはうなずく。
「幸運、約束、それがクローバーの花言葉だ。他にも復讐というものもある」
「いいものなのか悪いものなのか、わからないね」
「都合のいい解釈をすればいいさ。それくらいの自由は誰にでもある」
オータムは四つ葉のクローバーをサツキに差し出す。
「どうして、私に?」
「私が持っていても仕方のないものだからな」
そう、と言ってサツキは四つ葉のクローバーを受け取り、手術着のポケットに入れた。
「意外に素直だな。敵からこういうことをされると、普通は拒みそうなものなのだが」
「せっかく摘まれたのにいらないって捨てられたら、かわいそうだから」
「なるほど。君はずいぶんと、変わった考え方をするのだな」
「そう、かな」
サツキの透明な目がオータムに向けられる。
オータムは小さくうなずき、空を見上げた。
「あともう一つ、クローバーには何かの花言葉があったような気がするんだが、どうも思い出せない。機会があれば、君のほうで調べておいてくれないか」
「自分では調べないの?」
「さっきも言った通り、それは私が持っていても仕方ないものだからな」
オータムはサツキの車いすを押して、空き地の外へ向かう。
「さっきの所に戻るの?」
「いいや。校舎へ行く。君に、いや、君を会わせたい人がいるんだ」
日はだんだんと沈み始めてきたらしく、青空は力を失い、西の空は嘘くさいほどに明るく輝いていた。
少しばかり冷たい五月の風に吹かれながら、オータムはぽつりとつぶやく。
「日が落ちる前に、見つかってよかった」




