第八話 『先生』
ハルの言葉が意外だったらしく、リオは目をまばたかせる。
「そうなの?」
「うん。あの人は……、先生は、僕の家族からずっと疎まれていたんだ。親類の中では唯一自分の家庭を持っていなくて、まともに仕事にも就けない、情けない人だって言われていた。先生も自覚してたみたいで、親戚が集まる場にはめったに顔を出さなかった。言ってしまえば先生は、僕の一族の汚点として扱われていたんだよ」
「でもハルは、小さい頃によく面倒を見てもらったんでしょ? ちゃんとした人じゃないと、そんなことはできないと思うけど」
「僕もそう思う。だけど他のみんなはそう思わなかった。あの人達にとって先生はその日暮らしのだらしない人間でしかなかったんだよ。僕の面倒を見ることができたのも、たまたま近くに住んでいたってだけで」
ハルが大叔父に向けられる奇妙な視線に気づいたのは、初等学校に入ってしばらくしてからのことだった。そして、その原因を知ったのはさらにその後のことだった。
思い返してみれば、誰もが大叔父を様々な場面で排除していた。
あるいは、存在しないものとして扱っていた。
ふと、捕虜となった老人の言葉がハルの心によみがえる。
先生も、時代に見捨てられた人達の一人なのだろうか。
「……僕は、先生をいないものとして扱う家族のことが許せなかった。僕の一族にとって、先生は必要のない人なのかもしれない。でも僕にとっては育ての親で、かけがえのない大切な家族だった。先生が近所に住んでいたから、僕の両親は子どもをつくることにしたっていう話を聞いたこともある。とにかく僕は、他の誰が見捨てても、先生を見捨てたくない。その意思を示すために、僕はここにいるんだと思う」
「それってさ、あてつけってことになるのかな?」
「たぶんね」
二人は笑う。ささやかに、それほど楽しいというわけでもなく。
「会えるといいね。先生に」
ありがとう、とハルは答える。
しかし今のハルには迷いがあった。
自分が国防軍に入隊し戦場に立っている理由は、果たして妥当なものなのかどうか、わからなくなっていたのだ。
実際の戦場を経験し、敵との戦いを経てから、ハルは自分がここにいることの自信を持つのが難しくなっていることを感じていた。
もし、先生に会えたとして、その後はどうすればいいんだろう。
その先のことが、ハルにはすっかりわからなくなっていた。
一度東日本に渡ってしまった者を西日本に連れて戻ることはできない。重罪人として処罰されるのは確実だし、連合の兵士となっていたら死刑は免れないだろう。
ハル自身が東日本へ渡るということも考えられない。
現在の東日本がどんな状態になっているか、西日本にいる人々はほとんど全く知らないのだ。
ハルのような若い世代の人間が、高齢者に支配されていると思われる東日本でどんな扱いを受けているのか、考えただけでも恐ろしい。
先生に会えたとして、僕は何をしたらいいんだろう。
何をすべきなんだろう。
僕は本当に、先生に会いたいと思っているのだろうか。
僕はこの道を選んで、本当によかったのだろうか。




