第一話 『クローバーの記憶』
初等学校に入学する前のことを、ハルは時々夢に見る。
幼少期のハルには、両親と一緒に過ごしたという記憶があまりない。
当時のほとんどの家庭がそうであったように、彼の両親は共働きで、ハルの世話をする余裕がなかったからだ。
景気の低迷はすでに半世紀以上も続いていて、低賃金、長時間労働、非正規雇用や労働者の使い捨てなどの労働問題は悪化の一途をたどり、ハルの両親の世代は貧困にあえいでいた。
そこへ追い打ちをかけるかのごとく、超少子高齢社会は高齢者への福祉の負担を生み、若年世代を圧迫していた。
国際社会における不安定な動向は、世界規模の経済混乱や国防費の増加を生じさせ、それも国民に対する莫大な税負担を強いる要因となった。
政府は少子化による労働力の不足を補うため移民の受け入れを推進し、急増する介護職や老朽化したインフラ整備などの土木工事における労働力にあてた。
一方で、労働生産性を向上させるため人工知能やロボット技術の開発も進められた。
その結果、フレームと呼ばれる強化外骨格が開発され、介護や土木作業における現場の負担はある程度改善された。
しかし、この国には往年の技術大国としての面影はすでになく、最先端技術の大半を外国に依存しなければならなかった。
そのため多くの海外企業が日本に進出し、利権をむさぼられ、そのしわ寄せはめぐりめぐって増税という形となり、国民にのしかかった。
ハルがまだ幼かった頃、彼の両親をはじめ多くの大人達は、自分達が何のために生きているのかわからなくなっていた。
同時に、自分達のためには生きられないと思っていた。
自分達の未来を犠牲にして、自分達を圧迫する者のために生きているということも。
それが、旧日本政府が国民に示した、この国のあり方だった。
この国に希望はなかった。
だが、この絶望的な状況を背景として、新たな希望が生まれ落ちていた。
人々の目に見えない場所で、巨大な何かが静かに動き始めていた頃、ハルはそういうものとは無縁に生きていた。両親が四六時中働いていることは、彼にとって生まれた時から当たり前のことであり、特に疑問を持つようなことではなかった。
そんな穏やかな日々の、とある一日のことを、ハルは夢に見ていた。
季節は春の初めで、桜の花もようやく咲きはじめ、タンポポの黄色い花やクローバーの白い花が街の様々なところに見え始めた、小春日和の昼下がり。
ハルは近所に住んでいる親類の初老の男性と一緒に、自宅近くの公園で遊んでいた。両親がハルとほとんど一緒にいないことと同じく、この男性がハルと一緒にいることも、彼にとっては当たり前のことだった。
いつからか、ハルはこの男性のことを「先生」と呼ぶようになっていた。
男性は本物の先生のようにハルにいろいろなことを教え、面倒を見てくれたからだ。
公園の遊具で一通り遊んだあと、ハルと先生は四つ葉のクローバーを探した。
公園には親子連れの姿も少なからず見える。いかにも上流階級らしい上品な身なりをした若い世代の人ばかりで、彼らは異物を見るような目をハルと先生に向けていた。中には先生に対し、自分達から離れるように言う者もいた。
先生は反論せず、ハルの手を引いて彼らから離れた。
その頃のハルは、先生が何者なのか正しく理解できていなかった。
ハルの祖父の兄弟であるらしいが、詳しいことはわからない。
両親は気まずそうに口を閉ざし、先生も自分のことをまったく話さなかった。
もっとも、当時のハルにとって先生が何者であるかはあまり重要ではなかった。
先生が自分にとって大切な家族であることに変わりはないからだ。
ハルはクローバーが広がる野原に身をかがめ、一生懸命に四つ葉のクローバーを探した。
先生はハルを見守りながら、時々思い出したように地面に目を向ける。まるで時間などいくらでもあるというように、先生はのんびりと四つ葉のクローバーを探していた。
あるいは、時間はすでに自分にとって意味のないものだと思っていたのかもしれない。
夢の中でハルは思う。
結局、四つ葉のクローバーを見つけることはできたのだろうか。
たしか見つけられたはずだ。
その時に僕は、先生からクローバーの花言葉を教えてもらったんだ。
それは、どんな言葉だったんだろう。
たしか、幸運と、約束と、あとは…………。
……だめだ、思い出せない。
クローバーの花言葉も。
僕と先生のどちらが四つ葉のクローバーを見つけたのかも。




