第九話 『ここが戦場だということを』
呆然としているハルを見て、少女はヘッドギアのディスプレイを装着し、周囲を見渡す。
「……今ので最後みたい。他はキョウカが片づけてくれたから、だからもう、大丈夫だよ」
少女はディスプレイを外し、もう一度ハルに目を向ける。
「とりあえず、ここが戦場だということは覚えておいて。君がまだ戦えない研修生だとしても、敵はそんなのおかまいなしに殺しに来るし、いつでも誰かが守ってくれるとは限らない。さっきの攻撃で君が死んでしまったとしても、それは全然不思議なことじゃないんだよ」
少女はハルを責めるでもなく励ますでもなく、事実を事実としてハルに伝えた。
まもなく、キョウカが二人のもとへ駆け寄ってくる。
「二人とも、大丈夫? けがはない?」
少女はキョウカのほうへ振り向き、大丈夫とうなずいた。
「でも、私がいなかったら、この子は死んでいたと思う」
「まったく、あなたって子は……。そういうことを言うものじゃないわ」
キョウカは呆れたようにため息をつく。
「ところで、フタバさんはどうしたの?」
「彼女には退避するよう指示したよ。だから、そろそろ出てくると思う」
少女の言う通り、タワーマンションのほうから何かが地面に落下する音が聞こえてきた。
見ると、訓練生用のフレームをまとった人物が片ひざをついて着地していた。
「いてて……。うまく制御が効かないなぁ。やっぱ怖気づいてるって、脳波に出てんのかな」
悔しさをにじませるように言いながら立ち上がり、ディスプレイを頭上に上げる。
燦々と輝く太陽を思わせるような、目鼻立ちがはっきりとした少女の顔が見えた。
顔のつくりと同じく、生気あふれる快活な表情を浮かべている。
ヒカルは彼女のもとへ走り、リオも車の外へ出てヒカルに続いた。ハル達も彼女のもとへ向かう。
「フタバ、無事だったか」
ヒカルが言うと、フタバは得意げな笑みを浮かべ片手を突き出し、指を三本立てた。
「三つ撃破した。いやぁ、実戦は訓練とは全然違うねえ。思ってた以上に動けなくってさぁ。おお、リオ。やっと来たのか。てことはハルも……、来た来た。これでみんなそろったね」
リオは呼吸を整えながらフタバに言う。
「みんなじゃないよ。シュウがいないじゃん。……それにしても、訓練生用のフレームで実戦に臨むなんて、無茶苦茶だよ。こういうことはもう絶対にしないでよね」
わかったよ、とフタバは言う。
しかしリオは彼女の性格をよく知っているので、絶対にまた同じことをするつもりだとすぐにわかった。
キョウカと少女はフレームに搭載されているレーダーを展開し、敵機がすべて壊滅したことを確認すると、四名の研修生を整列させた。
「さて。研修生のみんなにとっては初日から大変な目にあったと思うけど、でもここはそういう場所なの。今回は攻撃能力が低い偵察機だったけど、攻撃用の機体が来ることもあるし、敵兵による強襲や奇襲があるかもしれない。戦場ではどんな想定外も起こりえるわ。そのことを忘れないで」
はい、と四人は声をそろえて返事をする。
「それと、ハル君とリオさんにはまだ紹介できてなかったわね。ほら、自己紹介しなさい」
キョウカに言われ、少女はハルとリオに顔を向ける。
「初めまして。あなた達研修生の実戦訓練の指導教官を務める、サツキです。指導教官は過去に何度か経験があって、途中で脱走を試みた人はそこそこいたけど、研修中に死んだ人はまだ一人もいません。でも、安心しないで。それはただ本格的な戦闘が起こらなかっただけで、あなた達全員がこれまでと同じく無事に研修を終えられる保証はどこにも」
サツキの言葉を止めるように、キョウカはフレームの腕で彼女の頭を軽くたたく。
「……何をするの、キョウカ」
「まったく、あなたは。もっと他に言うべきことがあるでしょう」
「えっと……、出来る限り、私はあなた達を助けます。でも、助けられない時ももちろんあると思います。なのでその時は、自力でなんとかして下さい」
キョウカはもう一度サツキの頭をたたき、小さくため息をつく。
なんてことはない動作に見えるが、ハルをはじめ研修生達はその操作技術に驚いていた。フレームを操作して生身の状態と同程度の力を出すのは大変な操作技術と感性を要するからだ。
「……研修中の三か月間、よろしくお願いします」
サツキは小さく頭を下げる。
ハルとリオは「よろしくお願いします」と声をそろえて一礼した。
これで自分の役目は終わったというように、サツキはキョウカを見る。
「はぁ……、まあいいわ。じきに他の隊員達がここへ来るそうだから、サツキは引き続きこの区域の哨戒にあたって。フレームの電源は、あとどのくらいもちそう?」
「通常の哨戒なら二時間は大丈夫。戦闘になれば三、四十分というところ」
「なら、なんとかなるわね。いちおう予備の電源と武装は置いていくわ」
「了解。ところでキョウカ」
「どうしたの?」
「あまりため息はつかないほうがいいよ。まだ若いのに、老けて見えるから」
「あなたねえ、誰のせいだと思ってるの」
キョウカはまたしてもため息をつく。
そんな彼女のそばで、サツキは不思議そうに首を傾げた。




