第十話 『朽ちることなき見えざる壁』
ヒカル達が使っていた軍用輸送車はサツキが使うことになり、ヒカルとフタバはフレームを外して制服に着替え、ハル達の車の格納庫に乗り込んだ。
キョウカは哨戒にあたるサツキに声をかけたあと、東へ向けて車を走らせた。
リオはレーダーと窓を交互に眺めながら警戒を続け、ハルも窓の外を注意深く見ていた。
やがて車は高速道路に入る。そこからは、海と山に挟まれた防衛都市の姿が見えた。
空は夕暮れ時の暖かくも寂しげな色に少しずつ染まりはじめ、東西に走る街並みはひとかけらの明かりも灯すことなく、ゆっくりと暗い影の中へ沈み込んでいく。
そんな景色を眺めながら、ハルはサツキのことを考えた。
ハルはサツキのことを初等学校にいた時からうわさで知っていた。
五年前、当時はまだ普通の大都市だったこの防衛都市で起こった動乱を鎮圧する際、十三歳くらいだったサツキは兵器として改良されたばかりのフレームを操り、多大な戦果を上げたという。彼女には真偽不明のうわさが多く流れていたが、これに関しては国防省の公式発表にも取り上げられていた。
今日、実際にその姿を見るまで、ハルにはサツキがどんな人物なのかまったく想像できなかった。
彼女のうわさを耳にしたのは彼が十一歳くらいの時で、国防軍への入隊を考え始めていたころのことだった。
当時のハルには、自分より少し年上の人間が戦場で殺し合いをしていたなど、まったく想像できなかった。
実際にその姿を見た今でも、やはり想像できない。実感できない。
本当にあの人は、人間を殺したことがあるのだろうか。
それが事実かどうかを確かめたいとハルは思った。
もし事実なら、その時に何を感じたのかを知りたい。
それを知ることで、今後自分が戦場で生き延びるにあたり、何かの手がかりをつかめるとハルは思った。
夕陽が西の空へ沈みはじめ、東の空にうっすらと夜の暗闇が広がり始めた頃、トラックは高速道路の断裂部に到着した。
キョウカは車の外に出て、全員に外へ出るよう指示した。ハルは車を降り、リオは少し不安そうな表情を浮かべつつ外に出る。ヒカルとフタバも格納庫から出てきた。
ハル達は足元に注意しながら断裂部の手前まで歩く。
「ずいぶん派手にぶっ壊れたんだねぇ」
フタバは感心するように言いながら、高速道路の上から地上の様子を見下ろす。
そこではかつて大規模な戦闘が行われたらしく、建物の残骸が一面に広がり、街としての面影は完全に消滅していた。
ヒカルもフタバの隣に立ち「ひどいな」とつぶやく。
「たしか七十年くらい前にあった大地震でも同じくらいの被害は出たはずだ。建物は潰れて、高速道路は倒れてちぎれ、あちこちで火の手があがった……」
ハルも壊滅した街の様子を見て、ヒカルと同じことを考えた。
学校の教科書で見た震災の写真が頭に浮かぶ。
途方もない自然災害と同規模の、いや、それ以上の被害が五年前に人間の手によってもたらされてしまったのだ。人間の力など自然のそれと比べれば微々たるものだとよく言われるが、破壊に関しては人間のほうが恐ろしい力を持っているのかもしれない。
「でも、目に見える被害なら、まだマシってもんだよね……」
リオが言う。彼女は断裂した高速道路の向こう側に広がる暗い街並みを見ていた。
ハルはリオの隣に立ち、暗闇に飲み込まれていく東側の世界を見る。
「そうだね。ここからさらに東の世界には、目には見えない『壁』があるらしいから」
二人から少し離れた場所にはキョウカは立っていた。彼女もまた東側の世界を見ていた。
ヒカルとフタバも三人のそばに並び、同じ方向を見つめる。
「ほんっと、ひどい話だねぇ。核のゴミをばらまくなんて。いくら戦争だからってさ、やっていいことと悪いことがあるだろうに」
「相手もそれだけ必死だったのさ。それに相手の被害も相当だったらしい。処理施設から奪取し、散布するまで全て人の手でやったそうだから」
幾千にも重なりあったうなり声のような音を立てて、風が西から東へと吹き抜けていった。




