#50 幸せは何処から来て何処へ去って行くのだろう
よく考えたら、年明けてからまだ三日も経ってない。
なのに、なんでこう忙しい気持ちなんだろう。
その理由は琉嬉は知っている。
というか知らない訳がない。
つい数時間前まで雪女の里や、まさかの壬珠と戦うはめに。
温泉にゆっくり浸かりながらボーッと考えていた。
「うーん……おかしい」
大きめの声で呟く。
小旅行に来てまで、なぜかバトルしてしまった事に疑問に思う。
どこ行っても落ち着く事はないのだろうか、と。
「んー?何がおかしいんだ?」
琉嬉の目の前に突然現れる來魅。
「んな、なんだ、來魅か…」
「ほれほれ、琉嬉も外に出んか!」
いつの間にか銀杏も居た。
別に気配を消してた訳じゃないだろうが、琉嬉が考えに没頭中で気づかなかった。
「外って……何?」
「露天風呂の事じゃろ」
ひょいっと、銀杏に抱きかかえられる琉嬉。
「あ、ちょ、強引に連れてくな!」
「お前さんは軽いから楽じゃのう」
「…う、うるせー!」
「藍楽荘」。
ここ、琉嬉達が泊まっている旅館の名前。
山々に囲まれてはいるが、逆にそれが素晴らしいコントラストを生み出している。
知るぞと知る、隠れた名湯がある温泉宿だ。
「うはー、いい景色~!」
見事までな綺麗な雪化粧を纏った山々。
夕方という、オレンジ色の同化した見事な風景。
そんな景色を見ながら満喫できる露天風呂。
別段、こういった露天風呂は温泉天国の日本では珍しくもないが、都会では味わえない物が良いのである。
無論琉嬉達がいる鞍光市にも温泉もある。
そして山に囲まれているし近い景色な場所はある。
しかしここまで綺麗な所は思いつく限りない。
「うひゃー寒い寒い!」
「お湯に浸かってないと凍えちゃうね~」
「でも、悠飛なら大丈夫じゃないの?」
双子姉妹は悠飛の顔を見ながら会話する。
「……大丈夫な訳ないでしょ…。雪女の力だからって、氷点下の世界を裸で居れないよ。体は普通の人間だし」
「ふーん、そっかー」
「そもそも、雪女自体だって、氷点下の世界でも死ぬ事はなくても、寒いのには変わりないから極度の寒さを避けるって言ってるし…」
と、悠飛は説明をし出すが、すでに紫音の姿はなく、莉音がぽつんといるだけ。
「…興味ありそうに聞いといて興味ないか…。紫音め」
「まあまあ、悠飛ちゃん。後で、キツく言っとくから」
紫音の相変わらずの自分勝手さ発言。
半ば呆れつつも楽しむ。
娘達が楽しむ中、親達も寛いでいる。
その中、天は一人旅館内を歩いている。
(……フム……)
何かを探すように練り歩いてるようだった。
(たしかに……この辺で感じたんだけどなぁ~…)
どうやら何かの霊的なものに感づいたらしい。
「気のせいか…?」
首を傾げながら、その場から離れていく。
「うーん…。俺の霊感知力も衰えてきたかなぁ~」
天自身は彼方家の中でも能力が高い。
そんな天もすら、感知しきれない「何か」がいる事に気にしていた。
「…琉嬉ちゃんなら分かるのかもねえ。あーあー、年は取りたくねぇなー」
ぶつくさ文句を言いながらも部屋に戻っていく。
まったり気分で寛ぐ面々。
さすがに疲れてたのか、導ら親は横になってお酒を飲みながら会話をゆっくりとしている。
紫音らは、ゲームコーナーで遊んでたりしている。
琉嬉もゲーマーとしての血が騒ぐのか、ちょっと気になり一緒になり楽しんでいた。
そんな琉嬉だが、ふと何かの影に気づく。
それは小さな、子供くらいの人影。
5、6歳くらいの子供くらいの大きさ。
(………?子供?)
追いかけるように琉嬉はその場を離れ、人影が見えた場所へ向かおうとする。
「どったのー?琉嬉姉ー?」
「…いや、ちょっと、トイレに…(紫音らは気づいてない?また僕だけが気づいてる…?)」
いつのも超感知力が働いたのか。
そう思いながら向かっていく。
回りを見ても、小さな子供の姿はなく、いたとしても同じくらいの年の高校生くらいの人間。
あとは大人がクレーンゲームなどやって楽しんでいるくらいだ。
時間も夜の9時を回っている。
「………気になる」
気になる事は確かめたい、そう性分。
琉嬉はゲームコーナーから出て行き、人影を追いかける事にした。
「どこへ行った……?」
キョロキョロ見回す琉嬉。
はたから見たら挙動不審な小学生にしか見えない。
時折通る、別の宿泊客が不思議そうに見て通っていく。
「子供の霊……ってやつか…?しかし、こんな旅館になんで…?」
僅かな霊気を辿り、建物の奥へ奥へ進んでいく。
そしてたどり着いた先は一階の奥の部屋。
戸には特別何も書いていない。
室番号も書いてないので客室ではなさそうだ。
「……ちょいと失礼」
ガチャリとドアノブをまわす。
鍵はかかってなく、簡単に開いてしまった。
「うわお~。見事に真っ暗に物だらけ。ようするに、物置部屋か…。
その割には鍵もしてないんだな…田舎だから?」
スマホの明かりを頼りに進んでいく。
物置ながら、綺麗に片付けれている印象だ。
「……みーっけった~」
あっさりと琉嬉は小さな人影の正体を見つけてしまったようだ。
一方、何かの気配を感じた天は旅館の支配人を呼んでなにやら話をしていた。
「お、あなた様がここの旅館の支配人さん?」
「そうですが…今日は何用で?」
支配人は50代くらいの男性。人が良さそうな印象だ。
「ここっていつから営業してるのかなーって知りたくってねー。なんせ何も知らないで来たもんで…」
「ああ、ここは、創業してからまだ30年程です。以前別の会社が旅館経営してたんですが、親会社が倒産やらなにやらで、
跡地を私どもが買い取って営業開始したのですよ」
「ほうほう、なるほどー。建物自体は歴史があるんですな~」
「ええ、リフォーム繰り返しですけどね」
たわいもない会話が続く。
そこで、天がスパっと話を切り替える。
「実はですな。私めは、とある寺の坊主でしてね」
「え?お坊さんなんですか?これはこれは、こんな若くてイケメンなお坊さんが…」
「ハハ、イケメンかどうかは知らんけど、普通の寺とは違ってチャラチャラしたとこですけどね」
「はぁ…」
「ここって、以前死亡事故とか、そういう事件ってありませんでした?」
直球で聞く。
「え?そのような事件は起きてませんが…一体どのような…?」
(フム。支配人の受け答えみると、そういった事件はなさそうだな…。仮にあったとして言わないだろうけど。
嘘は言って無さそうだ)
「いえね、こうみえても、霊感があって、お宅の旅館に少し気になるのを感じて…」
「ええぇ?!本当ですか?」
「これ、名詞です。何かあれば今後こちらの寺に」
「あ、これはどうも…って、まさか、幽霊がいるとか…?」
話を聞いていた仲居達も驚いている。
だが、少し気になる様子を見せる者もいる。
「あ、あの、支配人。そういえば、たまに、子供のような声が聞こえたとか、物が移動してたり、っていう話があったりしますけど…」
「何?本当かっ?!」
支配人は知らなかった様子だ。
より、建物内を忙しく動き回っている仲居の方が変化に気づく事が多いのだろう。
「なんでそんな事があるっていう話を…」
「いえ、言ったって信じてくれるかもわかりませんし…。ただの気のせいかもしれないって思ってたし…」
仲居達は顔を見合わせる。
支配人は少し落ち着きを取り戻し、話を続ける。
「で、では、お客様、だとしたら…その幽霊の仕業…とでも?」
「いやいや、まだそうとは決まった訳じゃあ、ありませんよ。ただね」
「ただ?」
「多分、邪悪なものではなさそうなんで」
「邪悪…では、ない…?」
支配人達には少し理解が出来ないようだ。
「でもね、ちょいっと、気になる事が、もうひとつ…」
「かくれんぼしてた訳じゃないけど…どーも。こんばんは」
琉嬉は人影の正体の子供をみつけていた。
子供の服装は和服っぽく、おかっぱみたいな髪型。
子供は恥ずかしそうに、姿をササっと、素早くダンボール箱の陰に隠れる。
「何もしないよ。さっきからウロウロしてたのは君だろ?」
「………」
無言ながらコクンとうなずく。
「もしかして…座敷わらしってやつなのかな~。もしかして」
しかし、子供は何の事だか分からないようで、首を傾げている。
その仕草がまた可愛らしい。
「自分では把握してないってか…そらそうだ」
子供に近づく琉嬉。
そして、目線を合わせるためにちょこん、としゃがみ込む。
右手で子供の頭を撫で回す。
少しびくつきながらも、逃げようとはしない子供。
「うふふー。かわいい。お前さんはあれだね。霊でいる時間が長すぎて妖怪の類ものになってるんだね。
まさに座敷わらし…か」
普通の霊とは違う、変わった霊気を感じる。
むしろ神聖さに似たような力を感じる。
そう。
自宅近くの神社に居た妖怪の陽宵。
その陽宵も少し特殊な霊波動を出していた。
それに近い。
「ねえ、お姉ちゃん達と遊ばない?」
突然の琉嬉の言葉に同様を隠せない子供。
でも反応を見ると、言葉は通じてるようだ。
「君が生きてた時代の遊びでも、現代の遊びでもいいよ」
子供はコクンと、再び頷く。
「よーし、行こうかっ」
琉嬉の手に引っ張られ、部屋を出て行く。
「で、なんじゃ、この子供は」
ぽつんと、座敷わらしっぽい子供の霊が皆の前に姿を現す。
「かわいいじゃんー」
「そうだねー」
「おう、早速遊ぼう遊ぼう!」
「あ、こら、來魅…まったく…」
「あっ!私も遊ぶぅー!」
はやくも來魅の遊び心に火がついたようだ。
琉嬉はみんなのもとへ子供を連れて行った途端、このような騒ぎ。
「まったく、楽しそうで良いな。來魅のやつ。しかし…あの子供は…」
「んー、多分座敷わらしの一種じゃないかな」
「座敷わらしだと?あの幸運を運んでくるとかなんとかの?」
「そう言われてるけどね。実際この旅館も売り上げいいらしいし」
「む、たしかに。部屋はほとんど空いてないようじゃな」
「じゃ、僕も行って来る」
「……お主もか。やれやれ。結局は子供じゃな」
「誘ったのは僕だし、子供は余計なひと言!」
ビシッと銀杏に指を差して物申す。
当の銀杏は呆れかえるばかり。
「所詮、まだ10代の人間だからね。琉嬉姉ちゃん」
悠飛がしみじみ話す。
「悠飛か」
「でも、來魅の子供っぽさはなんなんだろうね」
「さぁ、外見は子供だから子供らしい性格なんかのう」
子供は子供で楽しく過ごす。
それでいいじゃないか。
銀杏はそんな気もしてくる。
「…言っとくけど銀杏も見た目は大した変わらないんだけどね」
「そ、そうか…?」
どこからか出したのか、手鏡を出して自分の顔を覗き込む。
天を除く親達はまったりと会話をしている。
三月が冷蔵庫からビールの追加分を取り出し、持って来る。
「ところで、導さんは家の仕事引き継がなかったんですか?」
「はは、今頃それを聞くかい?」
「詳しい話を聞きたいのよ」
酔っ払い三月がノリノリ。
楽しそうに見ている嶺珠。
「ま、簡単に言うと、僕には才能が無かったんだよね」
「そうー?」
「才能…ねえ」
ゆっくりと上を向きながら導は酔いにまかせて語り出す。
「僕はね、祓える力はあったけど、それ以上の力がどんなに修行しても身につかなかったんだよ。
文系っていうのもあるだろうけどね」
笑いながら言う。
「そうねえ。導さんはいろいろよくわからない資料とか集めて調べ物してたしね」
「ハハ、家継ぐのも天兄さんだろうし、そう思って今の仕事みつけたのもあるし」
いまや、売れっ子レベルのフリーライターになった導。
主に、ホラー系を中心にした漫画、雑誌など自身の霊力を持ち合わせた事をしているのだ。
家系に沿ったそれなりの仕事のようだ。
部屋の外からはドタドタ音がする。
まるで子供が走り回ってるように。
「騒がしいわね~」
「うちの娘達かしら」
ズズっと、導も新しいビールを開け飲む。
「それに、家系が家系だけにね、僕みたいな気弱な性格じゃ役不足だろうしね」
「あら、そう?若い時は結構悪霊退治してたわよねぇ?」
導の若い時代もある程度は知っている。
導も天も結婚した時期が近いし子供も年がほぼ近い。
昔から知っている間柄である。
「ハハ、そりゃ若い時は怖い物知らずな時代もあるさ。でもね、僕よりも…」
チラっと、自分の女房の顔を見る。
「…え?何?私がどうかした?」
嶺珠に注目が集まる。
「やんちゃしてたのは君だけどね」
ニヤリと笑みを浮かべながら言う。
「ちょ、やだー。導くんったら」
照れまくる嶺珠。
嶺珠の過去がどうなのかは、また別のお話。
「はー、疲れたッ」
部屋に用意されていた布団に大の字になって倒れこむ紫音。
「お前なぁ…遊びで疲れるってどういうこった」
どこか不満げにツッコミを入れる琉嬉。
とはいえ、琉嬉自身も疲れたような表情をしている。
「ふむ。もう一風呂浴びてくるかのう」
「じゃ、私も」
銀杏と悠飛は部屋を出て行く。
遊びでまた汗をかいたようだ。
「まったく。この寒い冬に汗をかくほどに動き回るって…。まー、いいか」
ガラっと窓を開ける琉嬉。
この冷たい空気が心地よい。
さっきまでいた子供の霊の姿が見えない。
満足でもしたのだろうか、気配も霊気も感じないほど姿を消した。
「………今日は遊び疲れたのかな」
「そうかもしれんのう」
「……ふーん…」
会話が途切れる。
妙な沈黙の中、部屋の戸が開く音がする。
途中から姿が見えなくなっていた莉音だった。
「なんだ、莉音か」
「あれ?他の三人は?」
他の三人。
紫音と來魅と悠飛。
その三人の姿が見えない。
「お風呂に行ったよ。僕らも後で行くけど?」
「そか。じゃあ私も行こうかな」
「…つか、お前どこに行ってたんだ?」
「どこって…別にそれは琉嬉姉達には関係ないでしょ、ささ、お風呂行ってくるよ」
「……?(怪しい)」
「まあまあ。わしらも行こうぞ」
「あ、ちょ、なんで…!」
またしても琉嬉は抱えられる形になって半ば無理やり大浴場へ連れて行かれる。
それよりも、莉音が何処で何をしてたのかは不明であった。
「はぁーっ!いい湯だなっ!」
オヤジくさく声をだす來魅。
そんなくつろぐ來魅の隣にちゃっかりいる琉嬉。
「お、元気ないな琉嬉。どうした」
「…どうもこうもないけど…ね」
機嫌が悪そうだ。
悪そうに見えるのはいつもの事。
機嫌がいいのか悪いのかも分からない表情をいつもしている。
「…しかし…來魅」
「ん?なんだ?」
唐突に來魅の名前を呼ぶ。
顔が改まって真剣だ。
「なあ、來魅より、強い妖怪って…いるのか?」
「ほへ?なんだ突然…?」
「いや、だってさ、最強妖怪とか言われてるじゃん」
「ふむ。最強ね。良い響きだとは思うがな。最強かどうかは知らんが、封印される前とお前様に負けた以外、敗北は記憶にないぞ」
「……そ、そうなの?」
やはりというか、そういう答えに少しゾっとする琉嬉。
どのみち、最強クラスには変わりないようだ。
ちゃぷっとお湯を肩にかける。
「まあ、最強と呼ばれる所以は、あれだな。封印される前、100年前だったか」
「そうらしいね。うちのご先祖様達だね。先祖って言ってもひいひいばあちゃんらしいけど」
「五大家と呼ばれるやつだろ?」
何度も出てくる、來魅を封じた五大家の話。
その中のひとつである彼方家。
「おう、覚えてるぞっ。彼方家のやつ。女でありながら、見事な統率力だったし」
「へぇ~…。(たしかうちの炎じいちゃんの祖母にあたる人だったけな…?)」
「それにな、今思うと琉嬉に似てるな。面影がお前様にはありありだ」
「……ま、そう言われてもピンと来ないけどね。たしかお寺に写真残ってた気がしたな~」
「最強と言われたのも、丁度100年前に私より強大な妖怪がいなかった時期なんだろうな」
「…だから「最強」に君臨してたのか」
「今の方がいろいろ面白いのや強いのがいるみたいで楽しいな。がしゃどくろってやつも相当強かったぞ」
がしゃどくろ。
以前学校に封印されていた大妖怪である。
來魅が単体で少しの間交戦したが、さすがの來魅も押される場面があった。
まとめると、來魅が「最強」と呼ばれた時代は今から100年前程。
その間はしばらく強大な妖怪が出現しなかったともいえる。
他にも実際來魅と双璧をなすような存在もいたとは言う。
銀杏も來魅ほどではないにしろ、かなり強力な妖怪の一人。
「がしゃどくろねぇ…。ゲームでいえば、中ボスか大ボスといったところだろうな…ラスボスではないと思いたいけど」
「お前様はなんでもかんでもげーむに例えるんだな」
「うっさい」
ゆっくり語り合う二人。
時刻はだいたい夜の10時過ぎ。
そろそろ大勢の人間が眠りに入っていく時間帯。
そんな二人を邪魔する人物が。
「なーにやってるの!ふったりとも!」
「ひゃうっ!!」
「んなっ?!」
紫音が後ろから二人の小さな胸を掴む。
というより掴む程大きくないが。
「ななななっ何するんだっ!」
すかさず琉嬉チョップが紫音の頭に命中していた。
さすがの來魅もびっくりしている。
「いやー二人が辛気臭くてさー」
「アホかお前わっ」
「うむ。いきなり胸を触ってくるのは、同じ女同士でもどうかと思うぞ」
「えー、そうー?」
まったく反省に気がない様子の紫音。
「まったく……」
怒るのをもう諦めたのか、琉嬉らは再びゆっくり湯船に浸かる。
「………のう、どうやったら同じ双子なのにこうも性格変わってくるんじゃ?」
さりげなく銀杏が莉音に聞く。
「さ、さあ……なんででしょうね~…」
しかし、莉音には少し思い当たる節があった。
「多分、紫音はお父さんの影響が大きいのかと」
「父親の?」
「あ、いや、なんでもないです。あはは」
「…ふむ?」
「ねー、こっちに見てよ~。すっごいよ~」
「やれやれ…」
結局いつでもどこ行ってもにぎやかな彼方家の者達だった。
琉嬉らが泊まっている旅館からそう遠くはない所。
旅館街なので人通りはこの時間でもパラパラ見受けられる。
そこにあるとある、小さなバー。
「主。ここの地域の半妖達は手を貸すつもりはなさそうですが…」
「そうだな……」
普通にはありえないくらいの目立つ銀髪の壬珠とあまり見かけない姿の男が一人。
「雪女達も関わりあいたくないと来たもんだ」
「………これからどうするので?」
スっと、男が立ち上がる。
凄まじいぐらいの背丈だ。
軽く2m以上はありそうである。
服の上からでも把握出来るくらいの筋肉。
体全体が分厚い。
「一旦京都に帰るとしようか」
「…はい」
「……壬珠。封印解かれてからどうだ?体の調子は」
「特に…問題ありません…。ですが」
「彼方琉嬉とその仲間達か」
「はい……先程一戦交えました」
ニヤっと男は笑みを浮かべる。
「お前程の相手にして大した怪我もなく逃げ延びるとは…。やはり彼方家の人間は侮れんな」
「はい。たしかに、普通の人間の術者とは違う、圧倒的な霊力と戦術、人間離れした反応度。そして子供とは思えないような、落ち着きを持ってました」
「なるほどな…」
腕を組み、黙り込む。
「一見怒り易い性格のようですが、常に心奥では妙な冷静感があるように…思えました。一番厄介なタイプです」
「それに、今は、かの有名な妖狐來魅もいるようじゃないか。迂闊に手を出せんな」
さすがの主と呼ばれた人物も來魅には警戒をするようだ。
大体、この世界に來魅と渡り合える妖怪が存在するのか?というくらいである。
「よし。店を出よう。宿に戻り、明日京都へ帰路に着く準備をする」
そう言い出すと金をテーブルに置き店を出て行く。
出口がこの男にとっては小さいのか、少し頭を下げる形で出て行く。
「あ、あの、お客さん!お釣り!」
「釣りはいらない。ご馳走さま」
壬珠もそう言って主と呼ばれる男の後に続く。
翌日になり、帰る日になる。
朝からもテンション高い紫音。
反対にローテンションの來魅や莉音。
「どうしたんだ?來魅?テンション低いよ?」
心配そうに琉嬉が話しかける。
「……んー。いや…。少し寝るのが遅くってな…。このばかたれがずっと話かけてきてのう」
そのばかたれは紫音の事だ。
「私も…紫音うるさくって」
「お主等よく寝れたな」
「…いや、來魅が相手してからだけど…」
「……そうなのか~?うむむ」
なんだかんだでうるさい紫音の相手をしていた來魅が結局寝れなくなってしまってたのだ。
同じように起きてた紫音はなぜか元気。
どこか狂ってるに違いない、琉嬉はそう思った。
「じゃ、帰るよ~。天兄さん、そろそろ出発するよ」
「ああ、そうだったな」
「ん?どうしんだい?珍しいね。ぼーっとしてるなんて」
「いやいや、この旅館にいる子がさ、こっちみてて手を振ってるから、何かいい事あったのかなーって思ってさ」
「旅館にいる子?管理人のお子さんとか何か?」
「ま、そんなところだろ」
昨日琉嬉らと遊んだ座敷わらしだと思われる子供の霊が窓から手を振っている。
琉嬉らもそれに気づき手を振り返す。
子供らはみんな子供に気づいてる様子だった。
「お子さん…?どこに?」
しかし、導にはどうもよく分からない。
朝、昼間ではどうも霊を捉えにくいのか、イマイチ分かってないようだ。
あまりにも弱い霊力や、気配を消している霊を感知するのが難しいようである。
嶺珠も三月も不思議そうな顔をしている。
「目をよ~く見開いて、ほら」
天が何かを念じるようにボソボソと言葉を喋る。
その内容はあまり聞き取れない。
「……ほうほう」
銀杏が気づいた素振りを見せる。
瞬間。
大きな霊力が辺りを駆け巡る。
「あ!」
三人は気づいた。
いや、視えた。
子供の姿に。
「いやはや、そういうのに力を使いますか、天叔父さんは」
「だろ?」
ドヤ顔する天。
「やはり侮れんのよのぅ、彼方家の者達は」
「だろう?」
來魅がなぜかしたり顔で銀杏の背中をぽんぽんと叩く。
「さあさあ、帰ろうか」
車中での他愛のない会話。
琉嬉が昨日途中で居なくなったのが不思議に思ったのか、莉音に直接聞く。
「ねえ、莉音、昨日なんで途中でいなかったの?」
「…え?いや……それは…」
「…なんか他の人には言えない事?」
「いや……別にそういうわけではないけど…」
「…そう?」
いつ話しかけてもオドオドした様子になる莉音。
さすがに慣れてる琉嬉はイラっとは来ない。
他の人間だったら話しかけるのも面倒になりそうなもんである。
「実は……あの子供の霊を追いかけるような、悪質な霊が居たから…」
ここに来て突然の報告。
琉嬉も普段眠そうな目つきが丸くなる。
「なーるほどねぇ。だからあの座敷わらし、かなり警戒してたわけだ。
良かったね。天叔父さんが先に話かけて怖がらせるより。どうせなら年の近い僕らと遊べて」
「…お父さんも気づいてたの?」
「そりゃー、緋黄寺の現役住職でしょー。気づかないワケないでしょ、天叔父さんが」
「それもそうか…」
「それよりも、さ。僕より先に座敷わらしを追いかけてる悪霊に気づいてたなんてさすがだなぁ。
紫音も気づいてたのかな…?」
「多分、気づく筈だろうけど、遊びに集中し過ぎて気づけなかっただけだと思う…」
「そりゃそうか」
クスっと笑う琉嬉。
「ね、それで悪霊倒しに途中からみんなと別行動してた訳なんだ?」
「……え、ええ。まあ。そういう事になるかな…」
「さすがだなー」
「でも、でも琉嬉姉も気づいてんでしょ?」
「え?僕?気づいてはいた…と、言っていいのか分からないけど、座敷わらし以外に何かもうひとつの気配がある事は知ってたよ。
でも、さすがにそこまで集中するほど意識してなかったし」
「ほら~、あれだろ?琉嬉姉面倒くさがりやだから無視してたんだろ?」
「まぁ、そうなるかな?」
「…へぇ~…。琉嬉姉、ある意味凄い」
変な関心の仕方する莉音。
「なんだそれ。誉めてるのかよ…」
「ふふ。誉めてるよ」
「むぅ…」
むくれた顔をする琉嬉。
それがまた可愛らしいので莉音もさらに笑顔になる。
「でもま、ね。面倒だし誰かがやると思ってたんだけどさ…世話好き妖怪さんとかがさ」
銀杏の事だ。
「ふふ、そうだね」
笑顔が絶えなかった。
その銀杏はずっと車の中から流れてく景色を暫く見ている。
「銀杏ちゃん?どうかした?おとなしいけど」
三月が気を利かせて声をかける。
「ん?三月殿、どうもしとらんのじゃ。ただ、高速で移動する乗り物もたまには良いなと思っての」
「普段乗り物を利用しないの?」
「極力使わぬようにしておるのじゃ。ゆっくり進むのも違う発見できて楽しいぞ」
「へぇ…若いのに立派ねぇ」
「…若くはないと思うけどな…」
珍しく天がツッコミを入れる。
「人間とは面白い物を発明しよる。
そこが長く生きる妖怪との違いじゃな。
妖怪は進化が遅い。
人間より優れた部分がある反面、劣ってる部分もある。
文明の改革……とでも言うのだろうか。
何かを「作り出し」それに伴って行く力が弱いのじゃ。
妖怪とは。
今は妖怪の方が人間の「力」を頼ってるもんじゃ」
「…なるほどねぇ」
納得する天。
「それが妖怪にとって良いのか悪いのかも分からぬ。
人間にとってもじゃ」
いつになく真剣に語る。
「そんなんだから、妖怪達は住む場所を失っていく訳じゃ」
「……」
皆黙り込んでしまう。
「あ、言っとくが、妖怪もピンキリじゃからの。
わしみたいな高貴なる妖怪は住む場所なんぞ追われる事もないしな」
笑い飛ばす。
「妖怪だけじゃないよね。動物や虫達。それに…同じ人間でさえ共に憎みあい、住む場所を無くして行く。
文明開化が進んだ結果…今の状況だしね」
「生きる者全てに言える話じゃ。
なーんて辛気臭く真面目に語ってしまったが、気にするな!はっはっは」
更に豪快に笑い飛ばしてしまう。
「銀杏ちゃんって…面白いのね」
嫁二人も笑う。
「さて、もうひと時間かな」
天はさらにアクセルを強めに踏み出した。
段々遠くなる湖。
そして見えなくなってゆく。
(……さようなら、またね。せつの………)
一旦お寺に到着し、少しの間休んで琉嬉達の方も自分の家へ戻ってきた。
何かとしなきゃいけない事もあるだろうし、一番落ち着ける場所でもある。
「いやー帰ってきたよー」
ぼふんっと、自分のベッドに飛び込む琉嬉。
「帰ってきたぞー」
続いて來魅も琉嬉の上に飛び乗る。
「うげぇっ、お、重い!どけろ~」
「ふふふ、やっぱり自分ちが落ち着くのう」
「…何やってんの二人とも」
相変わらず冷めた目の悠飛。
「あれ?銀杏は?」
さっきから銀杏の姿が見当たらない。
銀杏がいつも寝ている部屋へ行く。
「お?なんじゃ?」
当の本人は、何やら荷物をまとめている様にみえる。
「あれ?どこか出かけるの?」
「出かけるとゆーか、そろそろここを出ようかと思ってな」
「……えっ?!」
全員が目が点になった。
「なぜ突然?」
親達も交えて何やら家族会議みたいになっている。
「しばらく厄介になったからの。元々放浪の妖怪。そろそろ元の生活に戻ろうかと思ってじゃな」
「えー、別にそんなの気にすることないのに~」
嶺珠がぎゅぅっと銀杏を抱きしめる。
「うぷぷ、嶺珠殿っ苦しい!」
「母さん!!」
「ぷはっ、さすがに死ぬかと思ったぞ…」
クラクラしている銀杏。
普段抱きつかれる事もないから少々戸惑う。
「しかし、またなんで突然?」
「そうだそうだ。決着ならいつでもつけるぞ」
「そうは言ってもじゃな、わしはまだまだいろんな所を観て回りたい。それに…」
言葉を止める銀杏。
「ま、銀杏がそう言うんなら仕方ないんじゃない?」
あっけらかんと言う琉嬉。
本人の考えもある。
そこを尊重したい考えだ。
「それは確かにそうだね」
悠飛も賛同の考えを示す。
「それが銀杏ちゃんの考えなら仕方ないよね。うん」
「そうじゃ。わしも元々ここの家の者でもないしのぅ」
「それはそうだけど…」
少しの間静まり返る。
しーんとしたなか、沈黙を破ったのは琉嬉だった。
「でも、さ。別にずっと会えないわけでもないし、今の時代移動に時間もかからないだろ。何かあったらすぐ銀杏なら帰ってきてくれるって」
「それもそうだな」
「なーに、私がまだ居てやるからのう」
なぜか自慢げにいう來魅。
「お前なぁ…」
どっと笑いが起きる。
その夜琉嬉は中々寝付けないでいた。
銀杏がここを去る。
それだけの事なのに、どこか納得いかないような、変な気持ち。
元々、血の繋がった親戚のような間柄でもない。
ましてや同じ人間ではない。
100年以上前から存在している妖怪だ。
銀杏が居候してから何ヶ月だろうか。
まだ半年も経ってない。
でも、どこか寂しさがこみ上げてくるのが分かっていた。
時刻は午前の10時くらい。
お店など開店時間となって町全体が完全に目を覚ます時間帯だ。
「さて、本当にお世話になった。琉嬉、悠飛。そして導と嶺珠。楽しかったぞ」
「そうねぇー。家族が増えたみたいで楽しかったわねえ」
「そして、來魅。今度こそ真の決着つけようぞ」
「おう、もっと腕を磨くと良い。私もより精進するぞ」
(いや、しなくていいよ…)
と、心の中でツッコミを入れる琉嬉。
「それにな…あの旅館にいた座敷わらしに「幸せ」を貰った気がしてな」
「へ?」
「いや、なんでない」
來魅らはキョトンとした顔をするが、琉嬉は少しピンときた。
「銀杏ちゃん。ここが、いや、彼方家が、君の帰って来ても良い場所だよ。いいかい?
お寺の方にも言ってあるからさ。何か困った事…あるかどうか分からないけど、彼方家を頼ってきていいからね」
導の大きい手が銀杏の頭を優しく撫でる。
「って、僕より大分年上の妖怪さんなのにね」
「フフ、導殿もありがとうな。では、そろそろ行くとするかの」
「あ、ちょっと待って」
琉嬉がぽいっと何かを投げる。
受け取った銀杏の手には流行りのスマートフォンだ。
「これは…ケータイってやつか?」
「説明書も渡しとくよ」
バサっと説明書本も渡す。
「銀杏に渡しとけばいつで連絡とれると思って」
「おお、現代の文明機器ってやつだな。ありがたく受け取っておこうか」
早速起動させて見る。
待ち受けは先日旅館で撮った画像だ。
莉音紫音ら双子も写っている。
「フフ、おっけーじゃ。ありがたく受け取っておくぞ」
「あ、言っとくけど、壊れたら、その携帯のメーカーの店に言ってね。僕の名義でいろいろ出来るようにしてあるから」
「お、おう?よく解からんがそうする事にするとしよう」
いまひとつ理解出来て無さそうであったが、銀杏なら問題ないだろう。
琉嬉はそう確信しながら渡した。
琉嬉は寂しそうながらもあまり見せない笑顔を銀杏に見せる。
悠飛や來魅も少し悲しそうな表情。
導と嶺珠もだ。
そして、無言でペコリと頭を下げながら銀杏は去って行った。
ふと部屋に戻ると変な静けさがあった。
來魅は何事もなかったのようにパソコンをいじって遊んでいる。
悠飛も自分の部屋に閉じこもるようにして何かやっている。
時々、ギターの音が聞こえてくる。
両親もいつもどおり。
銀杏が置いていったどこかの町のお土産のペナント。
それと意味不明な木彫りの人形。
妖精なのかなんなのか、本当に意味不明だ。
琉嬉のスマホが受信の合図を出す。
早速メール受信していた。
相手は、銀杏だった。
「……もう操作慣れたのか…?まったく。銀杏のやつ…」
クスクス笑いながら返事するために文字を打つ。
『この150年の間で素晴らしい日々だった。これからも何かあったらよろしく』
どこか、拙い感じな文章だが、琉嬉にはこれが嬉しかった。
「………ま、いつでも連絡取れるんだし。気にするコトもないよね…」
まるで、祭り騒ぎな年明けから数日。
落ち着きを取り戻した日常に切り替わる。
だけど、少し寂しさも増えた気もする。
來魅が椅子をくるっと回り、琉嬉の方を向く。
「のう、るき…」
と、來魅は呼びかけるが途中で止める。
少し寂しそうな顔と嬉しそうな顔。
それを察したのか今呼ぶのをやめた。
來魅自身も気持ちが同じだ。
何かに打ち込んで、寂しさを紛らわそうとしてた。
でも何か落ち着かなく。
(……ま、今日は仕方あるまい)
また振り返ってパソコンに向かう。
(…銀杏。お前は……いや、いっか。また次会った時に……)
また会えた時の嬉しい気持ちが大きくなるに違いない。
そう思うと、自然にホワホワした気持ちが出てくる。
琉嬉はそっとスマホを置いて、やりかけのゲームをし始めた。




