#36 桜舞う秋風
葉も散る頃。
琉嬉はお寺に来ていた。
妙な事件から、一週間。
あれからこれといったふかしぎな事件もない。
十分平和な一週間の週末。
狗依緋瑪斗が強くなりたい。
そう言って来てから2ケ月。
時々お寺で彼方家に伝わる武術を教えている。
話によると、何やら守られる事が嫌で自らが強くなろうとしてるらしい。
それに感慨した琉嬉が付き合って特訓してるという。
「大分マシになってきたね」
「はぁはぁ……ありがとうございます」
「よし、じゃあ僕と組手してみようか」
「く、組手ぇ?!」
「そ。組手」
琉嬉は有無言わさず、パンチを放つ。
「おわっ!」
だが、左手で払う。
「反応してるじゃん。やるね緋瑪斗」
「あ、いや…」
自分でもびっくりしている。
「ジャンジャン行くよ~」
「ひぃぃ」
などと、繰り返し繰り返し何度も特訓する。
緋瑪斗はクタクタになり、琉嬉もそれなりに疲労する。
それなりにいい時間になった。
この日は午前中からずっと特訓。
そろそろいい時間だ。
「今日もありがとうございました」
「なんのなんの。強くなったよね緋瑪斗」
「そうですか?自分では良く分からないんですけどね」
自分の髪をくるくる指に絡ませて遊ぶ緋瑪斗。
よくやる仕草。
照れたり、何か考えたりするとする癖のようだ。
琉嬉もなんとなく気づいてる。
「なんていうかさ…妖怪…としての霊力の使い方。上手くなったよね」
「だんだん人間から離れてくる感じします…」
「僕は妖怪じゃないから上手く教えれないからそこだけはちょっとごめん」
「いえ…」
妖怪の力というのは唯一理解出来ない。
ただ、要は人間が使う霊術と同じようなもんだ…と、來魅には聞いてる。
どこがどう同じで違うのかはさっぱり理解出来てないのだが。
「これなら低級の妖怪も撃退出来るかもね」
「ええぇ?!やめてくださいよ…そんなの無理ですって!」
首を振って拒否ポーズ。
「………「努力は嘘はつかない」。ってね」
「へ?」
「緋瑪斗が毎日頑張ってるからここまでなれたんだよ。日々の鍛練、努力した結果は必ず出る、ってじいちゃんが言ってたね」
「はぁ…」
「ま、僕は天才だし?ちょっとだけの努力でなんとかなるんだけどさ」
自分で言う琉嬉。
「…そんな事言って…本当は影で凄く特訓してるんですよね?」
「それはどうかな?」
ニコッと笑顔で返す。
それにつられて緋瑪斗も笑顔になる。
「ふふふ。なんか日ごとに可愛くなっていくよね。緋瑪斗って」
「…もー。琉嬉さんの方が、断ッ然ッ!可愛いですから」
ぷいっとそっぽ向く。
少し顔を赤くして照れてるのが分かった。
クスクス笑う琉嬉。
「ハハ。あんがと。またね」
軽く手を振って見送る。
緋瑪斗は大きく深く礼をして、帰って行った。
琉嬉はこの日はお寺に泊まっていく。
うるさい双子と共にする予定だ。
すっかり日も暮れるのが早くなった。
既に真っ暗だ。
緋瑪斗は大丈夫かな…?と思いながらも境内に戻る。
今はすっかり強くなったので、そこらの男にも負けないだろう。
それ程の上達を見せた。
ただあのおとなしくて、積極的でない性格で勇気を出せるかどうかだ。
「うーん、僕にはない…力か…。そういや護も半妖だったけか」
半妖。
半分妖怪半分人間…と言った意味。
先天性の者や後天性の者。
護は良く知らないが、緋瑪斗は後天性の半妖だ。
「…さーて、お風呂でも入ろうかな」
「琉嬉姉ー緋瑪斗さん帰っちゃった?」
「帰ったよ」
「あーん、もうー。なんでー。今日は早いじゃん」
「あまり家の人に心配かけたくないんだとさ」
「そうなの?」
紫音が残念そうな顔をする。
「あれ?でも琉嬉姉の家と緋瑪斗さんの家って近いんじゃなかった?お寺より近いよね?」
「お寺の方が落ち着けるんだって。修行するんならお寺だよね。僕も思うよ」
「ふぅん…」
琉嬉が紫音の目を見る。
「な、何?」
「ねえ少し組手しない?」
「へ?」
「緋瑪斗見てたらうずうずしてきちゃった」
こうして無理矢理紫音を連れて、奥の道場へ向かった。
「はへーっ、はへーっ!疲れたよ!」
「腕なまったんじゃないの?」
琉嬉はまったく疲れを見せてない。
反面、紫音は肩で息をしている。
「あのねぇ、こう見えても受験生だから、勉強で忙しいの!」
「紫音が言うと嘘くさく聞こえるねぇ」
「うぐ…」
日頃の行いからか、紫音の言う事が信じてくれない。
「もう疲れたよ~」
「…だらしないな」
グイッと座り込んだ紫音を引っ張り上げる。
「うおっ(…ほんと、小さい体のくせに力強いよなぁ…)」
「……何か言った?心の中で?」
「…ほんと、鋭いよね…琉嬉姉って」
「琉嬉ちゃん、どうぞ」
「頂きます」
今日はこじんまりとした食事。
祖父や叔父の姿がない。
莉音の姿もない。
「莉音はどうしたの?」
「クラスの友達の所で勉強会兼お泊り会だってさー」
「紫音は?」
「クラス違うしー」
「そうなの?」
原則的な決まりはないらしいが、双子など親戚関係はあまり同じクラスにされる事はない。
紛らわしいなどの理由にもよるという。
悠飛は莉音と同じクラスらしいが。
ただ、世渡り上手な紫音に取っては別段気にしてない様子だ。
「ふむー」
またお得意のクールなジト目でみつめる。
「…莉音と紫音ってさ、入れ替わっても多分解からないよね?喋らなきゃ」
「どういう意味ー?」
不満顔する。
琉嬉は知らんぷりしてご飯を食べている。
「もー」
翌朝、早朝からパタパタする弟子達。
日曜と言えども、忙しいお寺。
「おはよーございます」
「あら、おはよう。早いわね」
「たまたまです」
「それに比べてうちの娘ったら…」
自分の娘の比べる三月。
「じーちゃーん。なんか手伝おうかー?」
「おー、じゃあ少し手伝ってもらおうか」
炎良の後ろから出てきた弟子が持ってきたもの。
「はい。琉嬉さん」
弟子から渡された物は箒だった。
「えーと、掃除?」
「おう」
炎良は親指立てて頼むと言った。
「これって…要するに毎朝莉音がしてる事だよね…?」
炎良は無言でさらに力強く親指立てる。
「…へいへい」
ザッザッと強い力で庭の掃除をする。
枯葉が凄い。
掃いても掃いてもなぜか出てくる枯葉達。
(キ、キリがねぇ…)
しかし負けじと頑張る。
素早い動作でどんどん枯葉を集めてくる。
「んおー、琉嬉姉おはよー」
目をこすりながらパジャマ姿の紫音が現れる。
「……お前、未来の当主候補だろ…自覚あんの?」
「え?当主?わたしが?」
「そう」
「琉嬉姉じゃないの?」
「……お前自分の立場理解してるの?」
腰に手を当ててガッカリする琉嬉。
莉音と紫音は時期住職兼当主の彼方天の娘だ。
彼方家は男女関係なく住職の座につく。
基本的には直系にあたる血筋…なのだが、特別大きなこだわりもないようで、実力さえあれば住職になれるらしい。
「琉嬉姉は住職の座に興味ないの?」
「住職ねぇ…でもうちは独立しちゃってるし」
「そんなの関係ないじゃん」
「……ま、おいおい考えておくよ」
「…琉嬉姉は卒業したらどうするの?」
「んー、卒業したら…か。あと二年はないか」
ふと考える自分の今後。
二年生もあと数か月で終わり。
次は三年生だ。
「進学するか……お寺で本格的に頑張るか…」
「進学するの?大学?」
「ぶっちゃけ、学生として楽しみたいんだよね。まだまだ。いろんな事やってみたいし」
「へぇ…。なんとなくビジョンはあるんだ」
「父さん見てたらそう思うよ。きちんと自分のやりたい仕事やりながらお祓い師みたいな事もしてて…」
父親の導は他の家族よりは霊力が弱かった。
彼方家を受け継ぐには物足りなかったのだ。
だから、早々に自分のやりたい事を見つけ今のライターの仕事をしている。
それはそれは大変だったそうだが、持ち前の根気強さと裏から手を回す、まさに裏世界も知り尽くした力がある。
そうして今のような稼ぎがあるらしい。
物足りない霊力と言っても、それは普通の霊能者に比べればはるかに強い。
その知識と力を携えてお祓い業も裏で行っている。
というのもお寺のおこぼれを主にだが。
結局は五大家のひとつの彼方家……というのは切っても切れない縁なのである。
「僕も父さんみたいなの目指すかな~。ふむ………」
顎に指を当てて考えるポーズ。
「琉嬉姉…大人っぽくきどっても可愛くしか見えないよ」
「るせいっ」
「いたた…箒で叩く事ないだろうに…」
「はは、それは紫音ちゃんが余計な事を言うからだろ」
頭を撫でる天。
「お父さん~。ねえ、わたしって、住職とかの器あるかな?」
「んー?そりゃどうだろうね。まだ中学生だろ?それにじいちゃんだって父さんだってまだまだ現役だし。
その座は簡単に譲られないだろうし。
莉音ちゃんも紫音ちゃんも…まだまだ成長するだろうし。
今はあまり深く考えなくてもいいんじゃないか?」
親らしい言葉。
「でも今から未来の姿を立てておくもも悪くないぞ」
「だよねぇ…」
長い髪を手でとかす。
「はぁー、顔洗って来よう~」
「…能天気というかなんというか……なんかじいちゃんっぽくテキトーな所あるよね」
「はは、そうだね」
(……天叔父さんは叔父さんで…喋り方が父さんそっくりで違和感なくて怖い)
境内の掃除を終えた琉嬉。
最終的には門の外側を掃除して終える。
ここまで到達するのに30分くらいかかった。
莉音は毎朝これをして、学校に行ったり、家で勉強、そして彼方家としての術式などの特訓をしている。
なんだかエリートのようだ。
実際成績も良いみたいで、怒らなければ優しくおとなしい性格なので密かに人気がある…と悠飛から聞いている。
(…中学かぁ……。そういやあれから一度も訪れてないな。昼間暇だし行ってみようかな)
唐突にこれからの行動を決める。
「琉嬉姉ー、朝ごはんだよー」
「おーう」
朝食を食べ終えた琉嬉は散歩という名目で近場を歩く。
一応母校でもある中学校へ向かう。
悠飛や双子姉妹が現在通っている中学校だ。
「利頓東中学校」。
緋黄寺がある町は利頓町。
海に面していて鞍光市の隣の小さな町。
お寺があるのは中央に面していて栄えてる場所。
悠飛はわざわざ真反対の所から通っている。
時々帰る時間が遅くなったりしたらお寺に泊まってるらしい。
だから時折帰って来ないのだ。
その時の來魅の寂しそうな顔を思い出すとついつい笑いそうになる。
(……しっかしまぁ…この町はあんまり変わらないね…って、僕らが引っ越ししてから二年しか経ってないからそりゃそうか)
若干のノスタルジーを感じながら学校の方へ向かう。
ブルブルッと携帯が震える。
莉音からだった。
「えー、何々?これから帰ります。琉嬉お姉ちゃんはまだいるの?か…。
まだいるよーって返して…。
あ、そっか。莉音迎えに行けばいいんだ」
せっかくなので莉音を迎えに行く。
「琉嬉お姉ちゃん!」
パタタッと足音を立てながら駆け寄ってくるロングヘアーの女の子。
莉音だ。
「まだ帰らないの?」
「んー、今日一日はちょっと楽しもうかなって」
「そうなんだ」
キョトンとして琉嬉も見る顔。
本当に紫音と変わらない容姿だ。
言動がまったく違うが。
「どうしたの?そんなにみつめられたら恥ずかしいんだけど…」
すぐ照れる。
「お前ら本当に双子なんだなぁって」
「何を今更言ってるのさ~」
「そうそう、中学校見ようかなって思って」
「え?中学校?なんで?」
「一応卒業した学校だし」
「私達も卒業するんだけどねー」
取り敢えず、向かう二人だった。
「母ちゃんー、琉嬉姉は?」
「散歩するって言って出かけたけど?」
「ほぇ?いつの間に……」
ドタドタ走り出す。
「ちょっと、あんたまでどこ行くの?」
「琉嬉姉と散歩してくるー!」
「勉強もしないで…」
勢いよく玄関の戸を開けては勢いよく閉める音が鳴る。
どんだけ力入れてるんだと言うくらい。
紫音が出て行った後は急に静まり返る。
「なんだぁ?」
たまたま近くに居た炎良。
目を丸くしている。
「お義父さんからも一言言ってやってくださいよ」
「ハハハ、元気いいって事はいいじゃねえか」
「もうっ」
三月は娘の将来が心配で仕方なかった。
プルルッと携帯が震える。
「ん?電話か…誰だ…」
画面を見た途端、琉嬉の顔が強張った。
「琉嬉お姉ちゃん、誰?」
「……お前の可愛い可愛い妹からだよ…。なんだよ、紫音」
『琉嬉姉!今どこっ?!』
「んー……ここは…どこだ?中央通り東なんたら…。中学校に向かってるんだけど」
『オッケー!今向かう!』
「あ、おい…」
ツーツーツー…と、切れてしまう。
それだけで分かるのだろうか。
いや、地元民だから分かるのだろう。
変に勘が優れてる紫音。
「紫音がどうかしたの?」
「あいつも来るんだとさ」
「はぁ……?」
電話から束の間。
猛ダッシュでやってくる紫音。
とても速い。
「ゼハーッ!ゼハーッ!置いてくなんてズルい!」
「お前が早く起きないからだ」
「んなっ、ひどぉい、琉嬉姉~」
寄り付いてくる。
「気持ち悪いからくっつくなっ」
あえなく拒否。
「で、なんで学校行くの?」
「なんでって、なんとなくだよ。一応卒業した母校だし?」
「あ、そう」
琉嬉が中学三年の頃、悠飛や双子姉妹が一年生だった。
学年が二個離れてるだけでも、あまり接点がなくなってくる。
そのためあまりじっくり学校で話した事はなかった。
それに彼方家の学生らは問題児だったのでかなり有名。
特に琉嬉。
中学校時代も数々の逸話を残してる。
「挨拶でもするの?」
「休みだから誰もいないんじゃないの」
「部活はやってたりするから誰かかしらはいると思うよ」
「そう?」
などと他愛もない会話。
するとあっという間に着いた。
「んー、懐かしい気もする」
「懐かしいって…卒業してから二年しか経ってないじゃん」
「それはそうだけど、さ」
久々に来た母校。
何も変わりない。
休みなのでガランとしている。
「中に入るの?」
「まさか。入れる訳ないじゃん」
「そっか」
ぐるっと回る。
街中の学校なので、周りは住宅や小さなお店ばっかり。
家に囲まれた普通の学校だ。
対して、琉嬉が現在通う鞍光高校は裏手が山になっている。
夏場は虫が多くて大変だった。
それに時折、リスやうさぎなどが紛れ込んで来る。
さすがに校舎までには入ってこないが、グラウンドを駆けていくキツネなども良くみる。
「転校してきたばっかりの頃は少しびっくりしたなぁ」
「…何の事?」
「あ、いや、こっちの話」
久々に来る母校の中学。
中には入れず、ぐるーっと一周しただけだ。
特に変わった様子もない。
時折、何かの妖怪が歩いてるのを学校周辺で見かけるが、どっちにしろ妖怪なんぞどこにでもいる。
気にする程でもないし、普通の人間は気づかない。
低級達ばっかりなのでたいした悪さも出来ない。
「満足したー?」
「んー、もうちょっとだけ…」
「えぇー…」
面倒そうな顔をする紫音。
もう少しだけ見て回ろうと思い、一人歩き出す。
「琉嬉姉、帰るよ」
「あー、先に帰ってて」
「しゃあないね」
「すぐ帰ってきてよ。お姉ちゃん」
「へいへい。たまには母校の懐かしさの余韻に浸らせてよ」
後ろ向いて手をひらひらさせながら琉嬉だけ別の方向へ向かう。
琉嬉は少し一人で校庭を歩いていた。
中に入る事のなく、校舎近くを通るだけ。
すると何かの声が聞こえた。
「君、誰だね?部外者は入っちゃ行けないよ」
ジャージ姿の教師らしき人物。
琉嬉には見覚えがある。
当時の体育を担当してた男性教師だ。
「えーと…」
「ん?小学生か?来年入学かい?」
「……あのー。先生。彼方です。彼方琉嬉。覚えてません?」
「ん?………」
しばらく固まる教師。
「き、君は!もしかして……彼方さん所の…?琉嬉か!」
「だから彼方琉嬉だって言ってるでしょーが…」
「鞍光高校に通ってるのか」
「おかげさまで」
前の高校から転校した事は言ってない。
現在通ってる学校の事しか話してない。
「しっかし………」
琉嬉の姿を見て一言。
「成長してないなぁ」
「失礼ですね」
ムスッと表情を変える。
「はは、すまん。少しは背は伸びたのか?」
「……伸びてません。厳密に言えば、5ミリくらいしか伸びてません」
「はっはっはっは。そうかそうか。今はどうなんだ?」
「どうもこうも、楽しくやってます」
「ほー、そうか!お前さんにはいろいろ苦汁をなめられたよ」
「……そんなに関わりありましたっけ?」
「忘れたのか?お前さんが体育の授業中に、小うるさい女子と揉めて…」
琉嬉は少し考える。
その結果、思い出した。
中学二年生頃に、体育の授業中に喧嘩をした事を。
「…思い出させないでください」
「あの時俺まで殴られて、気絶したんだったよな」
「……マジでやめてください…恥ずかしいから」
「まさか止めに入ったのも関係なくぶん殴るとか…昔の不良より酷いぞ」
「……」
無言になる琉嬉。
「今はお寺に住んでないのか?でも妹は通ってるのにな」
現在は悠飛のクラスの体育も担当してるという。
少しばかりは気になっていたようだ。
「せっかくだし、卒業までは転校したくないからって」
「遠いのになぁ」
なかなかノリのいい先生である。
「……じゃ、僕はそろそろこの辺で。今日帰らないと」
「おう、そうか。元気でな。妹とあのうるさい双子にもよろしくな」
「…って、どっちにしろ学校で会うでしょ、先生」
「はは、そうだったな。頑張れよ」
「………どうも」
ペコリ、と礼をして学校を後にする。
敷地から出て、クルっと向き直す。
学校は部活してる生徒がチラホラ見受けられる。
一通り見て、特に琉嬉がいた時からなんら変化もなく、飽きたのかすぐその場を出て行く。
しばらく歩く事10分くらいだろうか。
綺麗に整備された桜並木がある通りに出る。
人気はあまりない。
公園のような、場所。
勿論、秋なので桜の咲く季節ではない。
それどころか木々の葉が散ってる最中だ。
「あれ、こっちじゃなかったけ…道間違えたかな」
携帯を取り出し地図を確認する。
しばらく来てないせいか、少し町並みが変化していて道筋を間違えたようだ。
二年間でこうも変わる物か?
などと心の中で不満をぶちまけながら歩き進む。
何気ない風景にひとつだけの違和感に感づく。
(………?あの木だけ妙に葉が…いや、咲いてる?)
不可解な木に近寄ってみる。
「…なんでこの木だけ葉っぱがこんなに…」
琉嬉が気になった木の周りにも木はある。
同じ種類の木だ。
綺麗に並んでいるが、花は咲いてない。
それも当たり前だ。
今は秋なのだから。
だが、違和感を感じた木だけ、他の木に比べて葉が異様に多いのだ。
そして僅かながら咲いている。
「……なるほど」
そっと手を触れる。
「木の妖のせいなのか……?でも「居る」気配がないけど………」
この奇妙な桜の木を10秒間程眺める。
すると、微かながら霊気を発しているのが琉嬉には解かった。
(………妖怪樹?いや、意志は感じられない……)
「ほぅ、その年で、感じ取れるとは素晴らしいですね」
「!」
突然背後から聞き慣れない綺麗な男の声がした。
バッと振り返ると、やはり見たことのない男だ。
少し長めの髪に似合うほど美形。
一見女性と見間違うような程。
いや、もしかしたら女性かもしれない…と思わせる程。
御琴とは違うタイプの…綺麗な人間だ。
背格好はスラっとしている。
琉嬉からしてみれば大体の大人は誰もかれもデカく感じるが、この男性も例外ではない。
180近くありそうだ。
「………誰?(気配があまり感じれなかった…)」
琉嬉には心当たりがない人物だ。
「これは失礼しました。急に声かけてすみませんでしたね」
「あ、いや…」
妙に物腰の柔らかい。
しかしその反面、どこかしらの怪しさが垣間見える。
「私は、桜月と言います。そうそう、この木は桜ですね。私の名前と同じ、桜。
珍しいですよね。この時期に咲く桜とは。
まあこういう品種もあるようですが」
「………(桜月…?ドコカで聞いたような…)」
「ふふふ、そんなに警戒しなくていいですよ。とはいえお嬢さん相手に大の男が話しかけてるのも怪しすぎますね。このご時世」
「いや、別に警戒ていうか…」
「でもね、私はこの桜の木を見に来たんですよ。
信じてもらえるかどうかは知りませんが、以前、妖怪がこの木に住み付いていましてね。
その妖怪が死んでしまって、気がかりになってこうやって何度も花が咲く前に観に来るんですよ」
(……??初対面なのによう喋る…)
「いやはや、これはまた失礼」
「……」
「フフ。あなたも霊感強いんですね。こんな話しても驚かれない」
「…一応、そういう家系だし」
男性が近づいて木に触れる。
右手を木の幹に触れたまま止まる。
「……ここに居た妖はですね。悪さばっかりしてたんですよ。だから、祓い人に退治されてしまって…今はいないんです」
「…で?」
「この木だけ成長が早いんですよ。妖怪の呪いの一種でしょう。それが漏れないように結界を張りに来たんです」
「……術者?」
「そんなところです」
桜月と名乗った男性はニコっと笑顔を見せながら木より奥へ進む。
「本当は切り倒してしまえばいいんでしょうけど、そんな事するメリットありませんからね。
強力な呪いが降りかかってしまうかもしれません」
(本当によく喋る人だな…)
桜月はどこから出したのか、複数枚の人型を施した紙を取り出した。
おそらく式神として使うものだろう。
手馴れた手つきで桜の木を囲うように飛ばす。
「…見ず知らずの人間相手にそんな力見せていいの?」
「ええ。問題ありませんよ」
(いちいち癇に障る言い方だな)
「お嬢さん、あなたも強い霊感の持ち主のようで」
「……それはどうも…」
「ええ」
にこやかに笑顔で返事すると同時に、結界の力が開放した。
一瞬だけ眩い光が桜の木を包む。
目を開けていられない程の光。
ゆっくり目を開けると、何事もなかったかのように辺りは落ち着いていた。
「これでしばらく大丈夫でしょう」
一瞬だけ凄まじい霊気の流れが噴出した。
今は静寂さが戻っていて、時々通る車の音くらい。
「……世の中には術者がかなり沢山いると思うけど、アンタはかなり高いレベルの術者っぽいね…」
「そう言われると嬉しいですね」
あっさりした返し方。
「あなたのお名前を聞かせてもらっていいでしょうか?」
「え?」
突然の質問にドキっとする。
「あ、答えにくかったでしょうか?
すみませんねぇ。
ちなみに私のフルネームは桜月梓葉です。漢字で書くと女性名みたいですけどね」
「はぁ…」
少し戸惑いながらも渋々答える。
「…彼方…琉嬉ですけど…」
「彼方!なるほど…」
「え?」
桜月の目がピクッと大きく動いたのが分かった。
「ああ、聞いた事ある名前と思ったら、もしかしてあなた、有名な緋黄寺の…?」
「本家ではありませんけどね」
「なるほどなるほど…。うん…。あなたが有名な彼方琉嬉さん…」
一人大きく頷いて納得している。
琉嬉の名前はやはり有名のようだ。
「そんなに有名?そういうアンタは日本霊術会の…一番なくらいのお偉いさんでしょ?」
「……あははは、そちらも気づかれてましたか。いやはや、驚きです」
「…白々しいなあ」
日本霊術会。
琉嬉自身はそれほど関わりないが、まどかや叉羅沙が関わりを持っている。
といっても、強大で組織自体が大きすぎて細かな情報や地方の出来事などほとんど上まで伝わらないのだ。
下部の組織でもなんとかしてしまう、それほど強大な組織である。
「…その霊術会のトップがなんでこんな所まで?」
「……言ったでしょう、この木を見に来たんですよ。それに…」
「?」
一旦間を置き、言い出した。
「挨拶をしに来たんですよ。緋黄寺の…五大家の皆さんに」
「………そう」
ザワッと、木々が揺らめく音がした。
案の定とでも言うのだろうか。
桜月は緋黄寺に挨拶をしに来たと言った。
だが、敵意はない。
そう感じ取れるのについ警戒をしてしまう。
「世界でも最高峰の力を持つ彼方家の人達に、力を貸して欲しいんですけどね」
「……どうだかね」
「難しいのは知っています。でもね、そうも言ってられないもので…」
「……どういう事?」
「とある組織が動き出しましてね。霊術会としても動かざるを得ないのですよ」
「組織…?」
「ええ」
桜月が髪をかき上げる。
「うちとしても負ける事はないつもりなんですが、なんせお相手方はとても強いので…」
「…案外弱気なんですね」
「フフ、そうかもしれません」
「…妖怪?」
「妖怪とも言えるし…人間とも言える…ってなところですかね?正直こちらではまだ何も掴めていません」
「……へぇ」
反論はない。
ない…が、本意は見えてこないが余裕は感じられる。
食えない男だ…。
琉嬉は心の中で、考えた。
こういうタイプの人間は、決して本音を表に出さない。
似たような人間がふかしぎ部にもいるが、琉嬉の前では「想い」を少しだけでも見せた。
だが、目の前の者は多分誰にも「本気」を見せない。
「でも、それはまた次回にしときます。今度はこのような形ではなく、本気の挨拶しに」
「…ウチに来るのが目的ではなかったの?」
「ええ。こう言っては失礼かもしれませんが、こちらの用事があったため、ついでに…と思ったんですよ」
「ふぅん」
嘘は言ってなさそうだった。
「五大家。その力は私達にとってもかなり魅力のものです。意味はお分かりですよね?」
「それは痛いくらい分かる」
「そうですか」
ニコッと笑顔になる。
「それにしても驚きました。まさか、五大家の「彼方琉嬉」さんが、小学生の方だったとは」
「違うっ!!!」
琉嬉の絶叫がこだました。
バタンッと車の扉が閉まる音。
静かな住宅街に響く。
「よろしいのですか?」
「ええ、大丈夫です。出発してください」
「承知しました」
黒塗りの少し高そうな車。
その中に乗っているのは先ほどいた桜月と、付き添いの部下の術者だろうか?
スーツ姿の男性。
桜月よりも少し背が高く、サングラスをかけている。
髪型は茶色じみているが短髪。
まるでどこかの若いサラリーマン風にも見える。
そのスーツの男性が運転手に小声で「出発しろ」と告げる。
「……驚きました。何重にもね」
「…驚いたとは…会長がそう仰るのならそうとう大変な事なのでしょうね」
「ええ。そうですね。彼方琉嬉という人物があんな可憐な少女とはね…」
「そうなのですか?」
「……はい。可愛らしい子でしたよ。小さくて。それでいて、かなりの「力」を感じました」
「なるほど…さすがは五大家の」
「ええ、五大家…その中でも彼方家。益々興味が出ました」
桜月が上着の裏胸ポケットから取り出した式神に使う紙。
それを指で弾いた途端、ボウッと炎を出して一瞬で消えた。
よくマジシャンが使うような、一瞬で燃えて消える技。
それに似ている。
「何より驚いたのは……いえ、これはやめときましょう。彼女を怒らせてしまいます」
「……?はぁ…」
スーツの男性には何がなんだか解からないといった顔だ。
「…彼方琉嬉さん。少し興味出てきました。面白くなりそうです」
不敵に微笑む。
面白くなりそう、そう言いながら背もたれに深く腰を下ろす。
「ねえ、今のだーれ?」
莉音が戻ってくる。
琉嬉が知らない人と話し終えた所にやってきた。
「んー、僕はあんまり知らない人」
「あんまり知らない人…?ってコトは知ってるってコト?」
「知ってるちゃあ知ってるけど別に知らないってコト」
妙な言い回しに整理出来ない莉音。
「あの、よく言ってる意味が分からないんだけど…?」
「そのうち分かるよ」
そうして桜の木から離れる。
――桜月梓葉。
日本霊術会の会長。
霊術名家の中でも最高位に位置する。
数々の名家や術者達をまとめ上げた桜月の一族の新鋭。
直接関係なくとも、まどから名家のうちのひとつだ。
琉嬉は改めて、知る事になる。
「桜月ねぇ。霊術会のお偉いさんか」
たいした興味なさそうに言う祖父の炎良。
話には聞いてるようであるが、関わりがまったくないのであまり知らない様子だ。
「近くに来てたのか…挨拶ねぇ」
「驚かないの?じいちゃん」
「驚くも何も、ほとんど関わりないんだぞ?うちとは」
「ふぅん…」
本当にどうでもいいのか…と少し不安になる琉嬉。
「琉嬉。お前さんが会ったのなら向こうも別にこっちに来なくてもいいって判断したんじゃねえか?」
「…そんな単純な…」
琉嬉が急に影に隠れる。
「ま、気になるのもしゃーねえわな」
「叔父さん」
琉嬉の頭に手をぽんっと置く感触。
また頭に手を置かれた…と思う琉嬉が振り向くと天だった。
「会長ったって、変わってまだ数年しか経ってないだろ?」
「そうなの?」
琉嬉は霊術会とはまったくの関わりがないので知らない情報だ。
いや、必要性を感じてなかった。
そういう難しい部分は寺の方で処理をするから。
そもそも、琉嬉は独立した家だから。
霊術名家のまどかや龍翔、そして柚羽らとはいつも一緒にいるが、霊術会の話をした事がない。
彼女らも話しては来ない。
むしろ避けてる感もある。
(……これは一回じっくり聞いた方がいいのかな)
次の部活に話題として出してみよう。
次の部活の議題を決める。
「前の会長は現役…というより、前衛から身を引いた感じだろうしな。
若い跡継ぎにさっさとトップの座渡して、影から指示でもすんじゃねえか?」
「そんなもんかね…」
ヒゲをいじりながら炎良は考え事をするために腕を組む。
しばし無言。
「あー、でもね、また後日正式に挨拶に行くとかなんとか言ってたな」
思い出したように言う琉嬉。
「わざわざ一番のトップが自らねぇ。裏があるとしか考えようがないな」
「…普通はある程度の地位とかの使いの人が来るもんでしょ?」
琉嬉は壁にもたれかかって言う。
すると、それを振り切るかのように炎良は明るくこう言う。
「まあまあ、いいじゃねえか。あちらから接触しようとしてきたって話はウチが霊術会と同じような力があるってコトだろ?」
「気楽なじじいだね…まったく」
考えるだけ野暮。
炎良を見てたらそう思ってきたのだった。
「五大家……との接触か」
「え?」
「いや、な。これまで霊術会とは連携した事もなければ敵対した事もねえ」
「うん」
「だが今更になって接触しようとしてるのはなぜだ?」
「それは僕らに言われても困るよ」
琉嬉はよくよく考える。
耿助の所の参堂家は霊術会とは連携があるようだ。
あるようだが、どうも耿助と会話するとあんまり霊術会の話は出てこない。
これまで部活動で顔を出しても、単にいつもの駄弁り会話に参加しては帰って行く。
(耿助さんは…あの人の事だ……。おそらく……たいした信頼もしてなさそうだよね)
まどかや柚羽とは顔見知りのようだった。
がしゃどくろの時に。
ただ霊術会から命令とかそういう話はない。
「そういや組織がどうのこうのって言ってたような…」
「組織ぃ?」
必要以上に大きな声で言う炎良。
「じっちゃん声デカい…」
耳を塞ぐ。
「おう、すまん。しかしなんだ?組織って」
「さぁ、知らないよ。霊術会が警戒するくらい強いんじゃないのー?」
自分には関係ない、と言った様子の琉嬉。
所詮一人の女子高生。
自分との関わりある事件くらいしか対応してない。
組織ごとの問題は自分でどうにか出来るレベルじゃない。
「なるほどなぁ……」
ブツクサ言いながら炎良はどこかに向かって行った。
「どうしたんだ?」
「何?どうしたの?」
莉音が通りかかる。
両手は布団がいっぱいになっていて塞がっていた。
「あ、いや、じいちゃんに気になる事を言ったらさ…ブツブツ言いながらどっか行っちゃった」
「……あー、そういうコトね」
「そういうコト?」
一緒になって布団を運ぶ。
住み込みの者が多いので布団の管理も大変だ。
まるでどこかの旅館。
住み込みの弟子は離れに寮があるのでそこまで運ぶ。
「んおー、おもてぇ~」
「大丈夫琉嬉お姉ちゃん?」
力では負けてないが、どうしても体格のせいで大きい布団に隠れてしまう。
「で、じいちゃんがなんだって?」
「んとね、自分も気になる事ができると。いつも自分の中でまとめだして調べに行ったりするんだよ」
「はぁー、なるほどねえ。一緒に住んでるならではの観察眼だな」
「ふふ、そうだね」
布団を押入れに入れて戻る最中。
「莉音は何も手伝わないの?」
「えーとね…莉音は料理手伝うよ」
「へ?そうなの?」
琉嬉も知らなかった新事実。
「あー、えーとね。こういう雑用手伝わないかわりに料理をするって」
「……へぇー。信じられん」
「本当だよ」
疑いの眼差し…だが、よくよく考えたらご飯が出てくる前はあまり紫音がいる事が少ないのに気づく。
「それっていつから?」
「琉嬉お姉ちゃんが高校生になったくらい…からだったかな」
「そりゃ知らないよ。だってお寺にはもういない頃じゃん」
「そうだよねー」
「ごめんね。お昼ご飯も頂いちゃって」
「なんのなんの」
「ねえ、次はいつ来るの?」
琉嬉が帰宅する。
「さぁねぇ、まあ、緋瑪斗の方と都合が合えば…かな。その時はお寺にまた連絡するから」
「おっけぇい」
ビシッと親指を立てて決める紫音。
いちいち面倒くさい動きをする紫音を無視して、琉嬉は話を続ける。
「じゃ、じいちゃん達にもよろしく」
「うん。またね」
「おう」
別れの挨拶を終え、駅へ向かう。
時刻は昼の2時過ぎ。
今から帰れば、3時頃には家近くの駅には着くのだろう。
スマホの時間を確認しながら歩く。
ザワッ、と背筋が冷えるような感覚を感じた。
振り向くと、着物姿の人型をした、妖怪らしき者が目の前を歩いていた。
それも二人いる。
一人は黒い上着で、大きな目玉の形した仮面を被っている。
もう一人は犬のような顔をしている。
かなり高い妖力を持った妖怪。
(……なんだ?こちらを見てるか?)
じっとこちらを見ているが何もして来ない。
話もかけて来ない。
(…どこの妖怪だ?)
スルーするかのように、目の前を通り過ぎて行く。
二人の妖怪は琉嬉の姿を確認した後、背を向けてそのまま別の場所へ歩き出した。
琉嬉はなんとなく察していた。
鋭い感知力があるからこその、確信めいた考え。
(……桜月の所のヤツか…)
なんとなく、桜月が発した霊気の波動に似た霊力を感じた。
おそらく使役されている妖怪のようである。
(…抜け目がないヤツだな……。桜月梓葉か…………)
少しだけあの立ち姿を思い出す。
そして木に向かって放った何かの術。
(あれは、呪いを破壊する…術だ。
真霊気……とはいかないけど、強力な術だ。
なるほどね霊術名家………あなどれない)
変にワクワクしてきたのか、なんとなく面白くなる。
おもわずクスクスと笑ってしまう。
(妖怪以上に侮れない……人間の怖さは人間が知る…か)
電車の窓からみえる風景を見て、ぼんやり考えていた。




