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ふかしぎ真霊奇譚  作者: 猫音おる
第六章   ~秋季心霊編~
35/92

#35 霧きりまい

(うーん、困った。

困った……というか、この状況をどうしようかという事だ。

突然だが、僕、彼方琉嬉は誘拐された。

された……というか、誘拐という罠にハマってやった…に近い。

なぜ近いかと言うと、ここ最近不審者情報が多くその不審者に出会ってしまったのだ。

時間は………、そう。

午後の2時半。

つまり、14時半。

昼とも夕方とも取れないこの中途半端な時間だ。

外を通る人も少ない時間帯だった。

僕は家から近くの駅前の行きつけの本屋から出た所だった。

近道をしようとして、裏通りの人通りの少ない路地裏にある、公園を横切った。

すると見た事のない40代前後くらいのオッサンに声をかけられた。

見た目は本当にその辺に居そうなオッサンだ。

短い髪で小太り…までもいかないけど少しお腹が出た体型。

眼鏡かけていて、無精ひげ。

顔は……お世辞にもかっこいいとも思えない。

むしろ…若い女の子からには避けられそうな感じだ。

ようするに、「キモイタイプ」の種類の人間だ。

妖怪かっての。

「ゲームでもやらないかい?」

なーんて言うから、今時そんな事を言われてついていく奴がどこにいる?って思った。

手に持ってたのは女児が好きそうな今流行りのアイドル育成するようなゲーム。

勿論僕も知っている。

ゲーム好きだしな。

ただ…やった事はない。

子供じゃないんだし。

いや、僕は気づいたんだ。

このオッサン……、僕を子供と勘違いしてる。

もしかして……このオッサンが例の不審者か?

そう気づいた。

不審者情報となんとなく一致しているんだ。

年齢は40代くらい。

背格好も特徴も一致してる気がする。

小学生女児に声かけ事案。

まさか…自分の身に降りかかるなんて…なーんて思ってたら無理矢理手を掴まれた。

面倒だからぶん殴ろうと思ったけど、オッサンの首元になんか黒い影が視えた。

それが気になってズルズル着いてきちゃった…って訳だ)


 琉嬉は言われるがままに着いて来た。

オッサンの自宅は駅から少し離れた…と言っても歩いて行ける距離。

10分くらいかけて着いてきたのは住宅街の中の小さなアパート。

その一室に連れてこられた。

部屋の中は物が少なく必要最低限の物が揃ってるといった感じだ。

アパートと言っても広めの間取りで一人に住むには大きいくらい。

もしかしてそこまで貧乏ではないのか?

そう思わせる。

ゲーム機など娯楽品は少しだけ置いてある。

(うーん、これはマズイ。

ってか…なんで着いてきたんだ僕は)

 部屋の時計を見ると午後4時頃。

オッサンは何も喋らずに琉嬉の事を見ている。

「……あの、おじさん……」

 おそるおそる話しかける。

「なんだい?」

「なんで連れてきたの?」

「それはね、君が可愛いからだよ」

「…そう(うげー)」

 違う意味で背筋がゾクゾクした。


 琉嬉が気になっているのは、部屋に渦巻く妙な霊気。

それも妖怪の気配だ。

ただ姿は見えない。

オッサンの首元に影が蠢いてるのは分かる。

それが妖怪なのかどうかは接触してみないと分からないのだ。

「さぁ、遊ぼうか?」

 目が怪しい。

喋り方も何か挙動不審だ。

(ヤクでもやってるのかコイツ…?)

 明らかに普通の人間とは違う言動。

「遊ぶって何して?」

「ゲームだよ。ホラ」

 ゲームで釣ってきた手。

そのゲームを早速起動させる。

「あのー、別にゲームやりたいって訳じゃ…」

「なんで?ゲームやりたいって言って着いてきたじゃないか」

「……そうだったけ?(やべぇ…完全に自分世界トリップ現象じゃん……)」

 完全にヤバイ人種だ。

そう確信する。

「ふぅむ………」

 気乗りはしないが何をしでかすか分からないので、ゲームを仕方なくする。



 あれから2時間くらい経過した。

妙である。

何か手をだしてくるのかと思われたか何もしてこないのだ。

ただただ、こちらを見ている。

見られるだけでも大変だ。

(……凝視されるだけで苦痛なんて初めてだ…)

 琉嬉はどう逃げようか模索する。

手っ取り早いのは力づくだ。

ただそれだけしても解決にはならない。

それでもいいのだが、根本的な事を解決しなければ意味がない。

(6時か……そろそろ家の人も気づく頃かな)

 連絡は何もしてない。

親はある意味放任容認してる。

琉嬉が夜中に帰ってきたり帰ってこなかったり。

そんなの当たり前だ。

ただ、連絡はきちんと入れている。

連絡しないで帰ってこなかったら……、さすがに不審に思うかもしれない。

特に悠飛や、來魅。

そして銀杏は親以上に鋭いだろう。

(困ったなぁ…でも…)

 琉嬉がチラッと、今居る部屋の隣の部屋…戸を見る。

なぜか錠がついてる。

こちらからじゃないと開ける事が出来ない。

余計に不審に思ってくる。

(まさかとは思うけど)

 良からぬ考えが出てくる。

オッサンが座ってる奥のテーブルにはなぜか包丁。

そしてロープとガムテープ。

(……監禁準備ですかそうですか)

 余計な刺激をしないようにする。

そう思い、琉嬉はポケットに手を入れ御札に手を取る。

こっそり見えないようにして霊気を送り込み飛ばした。

(僕は式神使いじゃないから、細かい事は出来ないけど…)

 御札はオッサンが気づかないように飛んで行き、窓の隙間を通って外へ飛んで行った。


「ねー?そろそろ帰らせてくれない?」

 琉嬉がなんとなく聞く。

するとオッサンは無言で琉嬉を睨みつけるように凝視する。

(………こりゃ、普通の子供じゃ怖いわ…)

 無言のまま立ち上がると部屋奥へ進む。

(…あー。そう来ますか…)

 オッサンは包丁を右手に取り、何かを喋る。

しかしあまり聞き取れない。

ブツブツ言いながら琉嬉の目の前に立つ。

だからと言って、素人が武器を持ったくらいで怖気つく琉嬉ではない。

至ってクールに、憐れみな目でオッサンを見る。

「なんだ?その目は?これが怖くないのか?」

「……別に」

 小声でぶっきらぼうに言う。

「強気な子だなぁ~。可愛いなぁ~。いいね、その態度」

(ゲッ、マジでイカれたヤツだな…さて)

 琉嬉はすっと立ち上がる。

だがオッサンは逃がさないように、玄関に通じる出入口に陣取る。

「あの……、出れないんだけど…」

「出す訳ないだろ?フフフ」

 不気味な笑い。

(キモ…)

「解かってない。君達は解かってないのか?自分の可愛らしさを。

やはりこの頃の年齢が一番可愛いんだよ…なぁ?」

 誰かに話しかけるように喋る。

琉嬉相手にではないような問いかけもする。

独り言…のようにも思える、はっきりしない会話。

(……やっぱりヤクかなんか決めてるのか?)

この不気味な男と共にいるのが心底嫌になってきた琉嬉だった。




 一枚の御札が琉嬉の自宅の部屋に入ってくる。

たまたま部屋に居た來魅。

ふわふわっと御札は琉嬉の机の上に舞い降りた。

机の上には何かの陣が描かれた用紙が置いてあった。

それに着地するかのように、綺麗にふわりと落ちる。

「お?なんだこれは…。琉嬉の札か?」

 きょとんとした來魅の他所にドタドタッと音を立てて銀杏が入って来た。

「おーい、來魅よ。琉嬉の霊気を感じおったんじゃが…帰って来たのか?」

「うんにゃ。帰ってきたのはどうやら札だけのようだぞ」

「…は?なんでじゃ?」

 來魅は御札を手に取りペラペラっと銀杏に見せつける。

「それは…符か?」

「琉嬉のよく使う札の一枚だな。これだけが戻ってくるってどういう事かのう」

「……ふーむ。式神使いがやりそうな手じゃが…なんらかの事件に巻き込まれて帰って来れんとか?」

「琉嬉の奴に限ってそんな事はないだろう」

 琉嬉の実力は最強妖怪も折り紙つきだ。

「だが……、こういった術を使って来たって事は…何かあったんだな」

「そうじゃの」

「…姉ちゃんがどうかしたの?」

 二人の重苦しそうな会話に気づいた悠飛。

「おー、悠飛。琉嬉が何かあったっぽいぞ」

「えぇ?!」

 当然驚く。

「飯時間にも連絡なしに帰ってこんしな。捜すか?」

「…そうだね。父さんが知ると面倒そうだし」

「ほい来た。ならわし等の出番じゃな!」

 なぜか気合い入れ出す銀杏。

「はいはい。お主のそのやる気が空回りせんようにな」

「何をぉー?」

「…また喧嘩しないでね」




 あれから一時間。

進展する事なくズルズルと時間が経つ。

琉嬉は仕方なく、部屋奥に監禁されるような形にされる。

両腕を縛られ、椅子に座らせられる。

(………さて……正体を探るか…)

 言われるがまま、なぜかおとなしく捕まる形になる。

だが琉嬉にはある考えがあった。


 おとなしく捕まった訳は、このオッサンに憑りついている「モノ」の存在。

それを慎重に見極めるため。

無理強いしてしまうと、憑りついてる人間が死ぬかもしれない。

ぶっちゃけ、琉嬉はこのオッサンがどうなろうと構わないのだがそうもいかない。

(……やれやれ……、しゃあないね)

 行動に出る。

「ねえ、おじさん。どうしてこんな事するのかなぁ?」

「…それはね」

「それは?」

「可愛い君を、この手でずっと置いときたいからだよ」

「はい?」

「分からないか?こんな可愛らしい子…嫌いにならない訳がない?そうだろ?」

「…可愛いと褒めて貰ってるのは有難いけど…縛り付けるのはどうかと…?」

 もぞもぞする琉嬉。

少しでも腕の縛りを緩めようと動く。

しかしガムテープできっちり止められている。

術でも使えば簡単に切れるのだろうが、今は見せる訳にも行かない。

万が一何か特別な事をして、驚いて逃げられたら面倒だからだ。


「君くらいの子が一番可愛いよね~?

その顔、その細い手足に、腰回り。

そしてまだ幼い小さな胸元。

たまらんね」

(ロリコンかよ…。いや、僕をロリ扱いしてるって事でしょ?

なんかムカついてきた…)

「君みたいな可愛い子はオレの手元に置いとくべきだ!」

「…あ、そう」

 すると琉嬉は椅子から立ち上がり、その場から動く。

「コラ!動くな!」

「それは無理」

 オッサンは包丁を琉嬉に向ける。

しかし琉嬉は冷静に、むしろオッサンを見下すような目をしている。

「なんだその目は!」

 激昂する。

だがそれをお構いなしにトテテテッと小走りに動き出す。

「待て!」

 振りかざす包丁をものともせず避ける。

手は縛られて動かせない。

しかし足は動かせる。

その足を動かし、腕をめがけて蹴りを入れる。

「がっ!?」

 見事に命中し、包丁を落とす。

「このガキ!」

「来年には立派な18歳になります」

「え?」

 飛び上がったと思ったら、琉嬉は体をひねり、綺麗な体勢で蹴りをさらに放つ。

いわゆる、ローリングソバット。

オッサンの顎に当たり、そのまま吹っ飛んで行った。

ガシャンと、大きな音を立てて本棚が倒れ下敷きになる。

「ありゃ、やり過ぎたかな?」


 近寄って見ると、意識がなく気絶してるようだ。

血などは出てなく、単に打撲だろう。

だが首元に見える黒い影がまだ生きてるかのように蠢いてる。

「……お前が元凶だろ?」

 腕を塞いでいたガムテープを引きちぎって腕を自由にする。

御札を取り出して術を使おうとした時だった。

突然ガバッとオッサンが起き上がり、琉嬉の両腕を掴む。

「うおっ?!」

 とんでもない力だ。

「いだだだっ!何?意識あるの!?」

 だがオッサンの表情は虚ろのまま。

意識はないようだ。

「ぐっ…離しやがれ!」

 ドンッと腕を掴まれたまま、右足で胸を突き出すように蹴飛ばす。

そのまま腕は離れたが、オッサンの体は再びぶっ倒れる。

「…なんだ?今の…」

 腕がヒリヒリする。

人間とは思えない力で掴まれた。

なんともなかったかのようにオッサンは立ち上がる。

またも意識がないのが分かる表情。

「操られている…?やばいかな…コレ」

 今度こそ御札を出して、構えを取る。




「おっかしいなぁ…外出たものの…どこにいるか分からない」

 携帯を操作しながら走り回る悠飛達。

琉嬉に連絡取っても繋がらない。

「どうじゃ?」

「全然。電波が届かないとか言われる。電源切ってるのかな?」

 ずっと通話しようとしているが流れるのは繋がらない時に流れるアナウンス。

「ふむ…。琉嬉の霊気を辿ればいいのだろう?」

「やっぱそっちしかないか」

「だが、結界でもかけられてたら…察知できんの」

「やるだけやろうよ」

「そうじゃな」

 これだけの上級妖怪コンビもいる。

行方を捜すだけならなんとかしてくれそう。

悠飛は期待を込めて來魅達に着いて行く事にした。



「うーん、やっぱり操られてる…てか、乗っ取られてるね」

 琉嬉は大量の御札をオッサンに投げつけて動きを封じた。

「手荒に行くけどこれくらいいいよね?監禁した罰って事で」

 少し強めの霊力を送り込む。

すると…、

「ウガァァアッァ!!」

 オッサンの体から黒い霧のようなものが出て来た。

それも尋常じゃない数…というか量というか。

凄まじい勢いで。

「え?何?これ…」

 その霧状の物が集まる。

大きな人型を作る。

が、ぼやーっとしていて形が定まっていない。

(…なんだコイツ…?)

 どんな攻撃されてもいいように防御の構えを取り、間合いを取る。

しかし狭い部屋。

次第に間合いが詰められていく。

「……あー!面倒!逃げるが勝ち!」

 そう言って、真っ先に玄関先へ向かって、靴を履かずに手に取って部屋を出て行く。



「なんなんだあいつ…?霊体でもなさそうだし…妖怪の一種か?にしても…奇妙な…」

 妖怪にしても少し変であった。

霧状のまま琉嬉を追いかけて来た。

その姿は奇怪にして不気味で修羅場潜って来た琉嬉にしても薄気味悪かった。

(……外には出てこない…か?)

 2、3分しばらく外から様子見てるが何も出てくる気配がない。

「…ちょっと!どうしたの?あなた?」

「……へ?」

 通りすがりのおばさんが大声を出して、パタパタと琉嬉に近づいてきた。

50代くらいのどこにでもいそうなおばさんだ。

「なんで靴履いてないの?どうしたの?!そんな姿で!」

「あ、いや……その…」

「何かされたの?そうだわ、警察を…」

「え?警察…?」

 有無言わさず、おばさんは警察を呼ぶ。

「………」

 面倒な事になった……。

琉嬉は残念ながらそう確信した。




 すぐに警察が来た。

警察とほぼ同時に來魅達がやってくる。

外に出た琉嬉の霊気を感知してやってきたようだ。

だが、あれやこれやで、琉嬉は一旦警察署へ同行した。

これまでの経緯を説明。

部屋中に気絶したオッサンはあえなく逮捕…という流れに。


「あの……腕を縛られて部屋に監禁されたくらいで他は何もされてません」

「本当に?」

「本当です」

「…それで済んだとしたら良かったねぇ」

 取り敢えず、被害者という事であれこれ聞かれる。

そして本当の年齢を伝えると刑事達も違う意味で驚いてたが。

事情聴取されてる部屋にガチャリと静かにドアノブが回る音がした。

入ってきたのは見覚えのある顔…。

 

「よっと、ちょっといいですかな?」

「ん?これはこれは…特係の警部補殿」

「少しだけお話させてもらって…いいですかね?」

「……少しだけですよ」

 ムスッとして、琉嬉と話していた刑事が出ていく。

「やっ、琉嬉ちゃん」

「来ると思ってましたよー。沢村刑事」

「だろ?」

 にこやかに入室しては、ドカッと対面している椅子に座る。

「おおよその事は聞いたけど、何があったんだい?」

「……何もこうも、誘拐ですよ」

「それは聞いたよ。だが琉嬉ちゃんがやすやすと捕まる訳ないだろ?」

「まぁね」

 机に手を組んで沢村は琉嬉をさらに問いだす姿勢をする。

「普通の人間の仕業じゃないんだろ?」

「………そりゃそうですよ。だって何かに憑りつかれていた。

これも職業病って言うのかな…?

いや、部活病?まあどっちでもいいや」

「…加害者……田山っていうんだけどさ、その田山に何かが憑りついていた?って事かい?」

「……」

 無言で頷く。


「ふーむ……。琉嬉ちゃんくらいの腕なら対処出来るだろ?」

「それがですね……。結構危ないタイプかも…です」

「…危ないタイプ?」

 首を傾げて、腕を組む沢村。

そして小声で琉嬉に言う。

「ま、ここではあまり深い話出来ないけど。「後始末」は警察に…てか「特係」に任せてくれ。

そっちの方は…琉嬉ちゃんに任せるけど」

「ですね」

 話し終えると沢村は足早に部屋を出て行く。

外で待機してた先程の刑事が沢村と何か話している。

あまり聞こえないが、仲があまりよろしくない事だけはなんとなく雰囲気で理解した。




「いんやまぁ、驚いたぞー。琉嬉の奴が誘拐されとったのはのう」

「笑い事じゃないだろう」

「でも相手は捕まった事だし、いいんじゃろ?終わり良ければ全て良し」

「おかげでうちの親が大慌てしてたけどね。主に父さんが」

 琉嬉が警察沙汰に巻き込まれた。

そういう話を聞いた両親は飛んで行く勢いで警察に向かった。

鞍光警察署だ。

嶺珠は冷静にしていたが、導が少し気が動転してたようだ。

しかも勘違い。

琉嬉が大事を起こしたのと勘違いしたようだ。

そもそも大事を陰で起こしてるのは間違いだが。

被害者になったという事でさらに混乱していた。

冷静そうにしてた嶺珠もさすがのその話を聞いて、驚きを見せていた。

「琉嬉ちゃん、良かったね。大丈夫?」

「あのさ…うちの家系がどんだけ強いのか知ってるでしょ?僕が簡単にやられる訳ないでしょ」

「それもそうようねぇ?」

「ただ、慎重にしたかっただけなんだよ」

「しんちょうに?背が低いからとかか?」

「お前は黙っとれ」

 ポキャッっと銀杏にツッコミの拳骨を來魅に食らわす。

「いたた…」

「…僕を監禁した田山って…オッサン。何かに憑りつかれてた。

それをうまくどうにかしようと思ってたけど…危険なヤツだって分かったんだよ」

「危険?それはまたなぜ?」

 珍しく強気ではない琉嬉。

その様子に來魅も興味を向く。

「霧状の…人型が襲って来た。妖怪……なのかな?」

「ほうほう、霧状とな…それはそれは奇怪な」

「放浪妖怪の銀杏ならなんか知ってる?」

「ふむ……霧のう…。心当たりがない事もないが…」

「心当たり?」

 しばし俯いたまま黙って過去の記憶を探る。


 そして銀杏の口が開く。

「オンノボヤス……?」

 ボソッと言い放った言葉は聞き慣れない言葉だった。

「お、おんのぼやす…?何それ?」

「わしも良く知らん。東北地方に行った時に伝わる霧を操る妖怪だとそこに住む術者や妖怪に聞いた」

「へぇ…」

 來魅がネットで検索をかける。

するとオンノボヤスなどという言葉は出てくるがこれと言った詳細は出てこない。

「…妖怪がネットで妖怪検索かけるなんて不思議な時代だね…」

 來魅の手慣れた手つきを見た悠飛の感想。

それはもうふかしぎな光景であった。

「でもねぇ…。霧が本体とで言うのか…霊体っぽくあったけどね」

「霊とはあやかしとは似て否になる物。もしや…だが」

「もしやとは?」

 來魅が可愛いらしい動きで聞く。

「なんとなく銀杏の言いたい事は理解出来るよ。がしゃどくろのようなもんかもねー」

 だるそうに言う琉嬉。

「どういう事?」

「つまり……だ。なんらかの怨念を抱いた霊体が妖怪化した…存在とかね」

「なるほど…」

 考える仕草のポーズ取る悠飛。

納得したような顔をしている。

ズズッとお茶を飲み干す銀杏。

「で、どうするんじゃ?その田山という男は捕まったのじゃろ?」

「一辺あの家に行ってみる。まだいるかもしれないし。いなかったら…」

「そう考えると警察とやらが可哀想じゃな」

 くすくす笑う。

「それにしても……姉ちゃん」

「ん?」

「子供に間違えられて誘拐されるなんて姉ちゃんらしいね」

「うるさいっ!」



 二日目も事情聴取されるだけで終わる。

その終わったさらなる翌日。

琉嬉は学校を休んで自身が監禁されかかったアパートまでやって来た。

銀杏と二人。

來魅は家でお留守番…というか、起きて来なかった。

「良いのか?学校を休んで」

「早く片付けば遅刻でいいから途中からでも行くよ」

 そのためか、念のため制服姿。

親には学校に行くふりして出て来た。

誘拐ショック…なんてのはないが休む理由はある筈だと言う。

「まったく忌々しい話だけどね…」

「その容姿じゃ子供扱いされるのも分からんでもないな」

「うるさい。行くよ」

「ほいほい」


 アパートの入口前。

変わり映えしていない様子。

あまり近寄るのも不審なので遠目から様子を探る。

「さて、何か感じるか?」

「いや、別に」

「…よし、わしが中を確認して来てやろう」

「…どうやって?」

「こうするのじゃ」

 ボフンッと派手に煙を立てて変化の術を使う。

「わぷ…。誰か見てたらどうするんだよっ」

「気にするな」

 小さな狸姿に変身した銀杏。

するとアパートの方へ走り出していく。

「どうやって侵入するんだ?」

 気になって見ていた。

すると…ガチャンと音を立てて窓を体当たりで割って入って行った。

「………おいおい」

 唖然とする琉嬉。

そして身を隠すように速やかにその場から逃げた。



「何もなかったし何もおらんかった」

「…お前バカだろ?」

「バカとはなんじゃ!中を確認しただけじゃろ!」

「………もっとスマートに出来ないのかよ…。なんで無理矢理窓割って入ったんだ…」

「開錠する術なんぞわしには持ち合わせておらんのじゃ」

「……來魅とは違う意味でズレてんな…お前」

 頭を抱える琉嬉。

人目を気にして狸になったと思えば、窓を割って入るという意味不明さ。

おかげで近所やアパートの管理人らしき人間が出て来た。

誘拐犯人の自宅だけに、余計に変な事になってしまったに違いない。


 二人は近くの駅前の喫茶店に居た。

もう昼くらいだ。

「…今から学校に顔を出すかな…今はどうしようもないし」

「のう、結局「霧」とやらはどこに行ったんじゃのう?」

「……僕の推測であれば…、あのまま田山っていうオッサンに憑いたままじゃないかな」

「ほう」

 琉嬉は携帯を取り出す。

誰かに連絡を取る。

連絡先には沢村刑事と表示されている。


『おー、なんだー?琉嬉ちゃん?』

「あのさ……あの後オッサンの家の近くに行ったんだけどさ…」

『何か解かったのかい?』

「憑りついてるヤツがいる形跡はなかったんだ」

『……って事は?』

「田山にまだ憑いてる可能性大」

 キッパリと言う。

通話の向こうの沢村もしばらく無言になる。

『それは本当かい?』

「あくまでも、推測の域です。くれぐれも…」

『……りょーかい。何かあったら「ふかしぎ部」に頼むかもな』

「その時は是非」

 通話が終わる。

「誰と話しておったのじゃ?」

「んー、警察の信頼ある刑事さん」

「ほほぅ。刑事とな。ドラマとかみたいなのか」

「ドラマねぇ…。まあたしかにドラマに出てきそうなイケメンな刑事さんかもね」

「ほーう。惚れ惚れ出来そうなイケメンなんじゃな?」

「見た目はね。さて……」

 紅茶のカップを置いて、立ち上がる。

だが銀杏との目線はあまり変わらない。

「ん?もう出るのか?」

「事が大きくならないうちに手を打っとこうかなって」

 そう聞いた銀杏も何かを察したのか、ニヤつく。

「わしもお供するぞ。光栄に思え」

「そりゃどーも(來魅といい、どうして上から目線なんだろうか…結局手伝ってくれるのはいいけど)」



 琉嬉と銀杏は鞍光警察署の前にやって来ていた。

どうしても気になったからだ。

ただ、これといった変わりもなく大きな霊気も感じない。

田山という男にまだあの霧状の霊気の塊が憑いてるのだろうか。

「…何か感じる?」

「うんにゃ。何にも感じないのう」

「そっか」

 人通りは少ない。

元々多いものではないのだろうが。

「かと言って…勝手に入る訳にもいかないだろうし、沢村刑事の力での流石に無理だろうね」

 少し悩み考える琉嬉。

銀杏はそこである事に気づいた。

「琉嬉よ。お前さん、一応被害者扱いなんじゃなからその手を逆に使えば入れてもらえるのではないのか?」

「…あー、それがあったか」

 銀杏の発想に感服する。

「伊達に100年間放浪してないね」

「それは褒めてるのか?」

「うん」



 琉嬉は早速、被害者という立場を利用して警察署の中に入って行った。

それにしても堂々とし過ぎだったが。

銀杏は得意の変化の術で狸姿のまま、近くの木に待機している。

通りかかる人が見れば街中の木に狸がいるとは思わないだろう。

時折気づく人間がいるが、不思議そうな顔をしては去っていく。

それにまったく気にもしない銀杏。

「お、来た来た…」

 一大のワゴンタイプの車が通る。

その車は被疑者を乗せた車。

隙を見て車の上に乗っかる。

軽くボンッという音がするが、中の人間は気づく事もなく署に入って行った。

こうしてまんまと銀杏も侵入が成功した。



 琉嬉はまた事情聴取という形を取って中に入る。

そして都合よく沢村がやってくる。

「特係」という立場を上手く利用して琉嬉と接触した。

「やぁ、琉嬉ちゃん」

「あ、多分言いたい事は分かるので言わなくていいですよ。

あと僕の言いたい事も分かりますよね?」

 左手で制して沢村との会話を止める。

「…君は本当に賢い子だな……。さて」

「どんな感じですか?」

「…あー、その事なんだがな…。俺達刑事は留置所には行けないんだよな」

「なるほどー。でもそこはあいつがやってくれると思います」

「あいつ?」


 琉嬉の言うあいつとは。

つまり、上手い具合に侵入した銀杏である。


「やれやれ……。警察内に入った事なんぞ初めてじゃのう。

ま、わしくらいの上級妖怪が人間の警察相手するなんぞないからな」

 タヌキ姿のままブツブツ言いながら署内をちょろちょろする。

不思議と気づかれない。

ある種の術で人の目から視えないように仕掛けてはいる。

だが霊力の高い者にはすぐみつかってしまう。

あまり強く信頼出来る術ではない。

(はてさて…どこじゃ、田山という男は…)

 微かに感じる邪悪な霊気を頼りに進んで行く。

署内では二つの大きな霊力を感じている。

(おそらく…一つは琉嬉のじゃ。もう一つは琉嬉が信頼している刑事とやらのじゃろう)

 それ以外の…微かに感じる少し大きめの霊気。

それがおそらく田山に憑りついてるのだろう。

自分自身の能力をフルに発揮して探し当てる…つもりだった。

「おい、大変だ!」

「早く…!」

 急にざわつく。

(なんじゃ?)

 慌てめく署内の警察官達。

気づかれないように銀杏が騒がしい所へ向かう。

すると数人の警官達が倒れている。

「死んではおらんが…気絶してるのう」

 ボフッと人型の姿に戻る。

琉嬉達以外の、強い霊気が蔓延してるのが分かる。

「……ここにはおらんの。まずいのう。おい、しっかりせいっ」

 ぺしぺしと倒れてる警官の頬を叩く。

「う…?」

「何があったのじゃ?」

「……黒い…霧が…急にヒトの形になって…」

「なるほど。で、そいつは何処へ行ったのじゃ?」

「…正面玄関の方へ…」

「なるほど。脱走か。あいわかった。すまぬが後は自分らでどうにかせい」

 ぽんっと、腰のポーチから取り出したのは草を丸めたもの。

「漢方薬じゃ。他の者にも使うといいのじゃ」

 そして銀杏は足早にその場から去って行った。

「……なんだあの娘…?」

 唐突に現れた訳の分からない女の子として思えなかったのだった。



「なんか騒がしいですね」

 琉嬉はわざとらしく言う。

異変に気付いた。

「…まずいな。まさか署内で起こり得るとは」

 普段おちゃらけた表情の沢村が険しい表情になる。

「うかうかしてらんないね…どうする?琉嬉ちゃん?」

「勿論向かいます」

 当たり前のようにポケットの中から大量の御札を出す。

無言で笑顔を作る沢村。

静かにコクリと頷くと騒ぎの方へ向かう。


 向かった先。

まるで迷路のような通路を沢村の後に続く琉嬉。

頑丈そうな扉を署員用のカードなどで開けて行く。

他の警官達も何が起こってるのか分からない様子。

署内のアナウンスでも何かが流れてるが、聞いてる暇などない。

「一大事だねぇ」

 大変な状況でも気怠く言う沢村。

「そうみたいですね」

 二人が対峙したのは黒い霧で覆われている通路奥。

琉嬉が視たモノと同一の霧だ。

「今度は逃さない」

 数枚の御札を投げつける。

バシッと電撃見たいのが走るが、効いてるような感覚はない。

「どんな感じだい?」

「手応えナッシングって感じです」

「なるほど」

 沢村は場所をわきまえず懐の銃を取り出す。

そして撃ち出す。

よく映画などで聞く銃声ではない。

圧縮された強力な霊撃弾が肉眼で確認出来るレベルのスピード。

だがそれでも並の人間には避けれない速さだ。

ドンドンッと爆発に近い音を立てる…が、霧はさらに広がる。

「おいおい…大丈夫かこれ?」

「取り敢えず、バリア作ります」

 そう言って通路いっぱいに大きな防御壁を作り出す。

「この間に間合い取って逃げますよ!」

「ほいほい」


「なんなんだありゃ?」

「さぁ…分かりません。銀杏は連絡取れないし來魅に連絡しても出ないし…役立たずめ」

「誰が役立たずなんじゃ?」

「おわっ?」

 琉嬉達の後ろに居た銀杏。

「銀杏!」

「ま、そんな事より、お前さんの防壁が破られそうじゃぞ?」

「げっ、マジ?」

 前方見ると琉嬉の作り出した防御壁が崩壊していた。

「あれ、強くね?」

「そうじゃの。ほれ、操られ本人が来たぞ」

「本当だねぇ」

 例のオッサン。

田山だ。

だが、動きがおかしい。

こちらを見つけた途端、凄まじい動きで飛び掛かって来た。

「うお?!」

 間一髪避ける琉嬉ら。

人間とは思えないスピードだったのでカウンターする暇がなかった。

尚も飛び掛かってくる。

「くっ?!早い」

 力いっぱいの振りかぶった腕での攻撃。

パンチ…というよりただ振り回してるだけにも思える。

ガードするが、これが結構痛い。

「うーん、人間本体に攻撃するのは少し気が引けるが…」

「いいんですよ!こんなオッサン、僕はお断りです」

「はは、それもそうじゃの」

「ですよねー」

 危うく琉嬉は危険な目に遭わされる所だった。

田山の口からは霧が出ている。

実に気持ちの悪い光景だ。

「…さて、悪いが本気でいかせてもらうのじゃ」

 銀杏が胸元から出した葉っぱから術をかけて長い棍を作り出す。

「…何?彼女も術者?」

「狸妖怪なんですって。あんな派手ななりしてて」

「へぇ…」

 さすがに沢村も少し驚いた。

「琉嬉よ。隙をわしが作り出してやる。お前の怒りをぶつけてやるといい」

「……気が利くね、銀杏。どっかのキツネと違ってね」


 銀杏はなんなく格闘して攻撃を捌いてる。

余裕が見える。

だが、余裕は見えるが決して余裕のある顔はしていない。

油断は一切しないといった顔だ。

「そこじゃ!」

 ぐるぐると振り回した棍から大きな風が巻き起こった。

「木枯らし壱号ってところじゃ!」

「うおっ!」

 沢村も立てない程の強烈な風。

田山も体が吹き飛んだ。

霧も一瞬晴れるかのように散布する。

しかしすぐ集まってくる…が、そこを琉嬉に捉えられた。

「はい、ご苦労さん」

 左手の指に挟んだ御札。

それには強力な霊気が込められている。

霧が集まった箇所…そこには霧状の人型があった。

それに上手く命中すると同時に、ボンッと音を大きく立てて、弾け飛んだ。



「片付いたのか?」

「多分…」

 琉嬉達は署内の玄関口に居た。

「しかしあの霧みたいなのはなんだったんだ?」

「さぁのぅ。琉嬉の方が詳しいんじゃないのか?」

「僕に振るの…それ?」

 てっきり銀杏が答えてくれるかと思っていた。

急なフリに冷や汗かきながらも推測での域でしかないが、琉嬉なりの考えをまとめた。


「便利上仮の名前でオンノボヤスにしときますが…そのオンノボヤスは人間などに憑りついて悪さをするんじゃないですかね。

ただ、オンノボヤス自体が悪さをする訳ではなく、憑りついた相手の考えを助長させるというか…。

田山っていうロリコンのオッサンにたまたま憑りついて、その考えを外に出してしまった結果が僕の誘拐に繋がったというか…。

まったくもって忌々しいですけどね」

 最後の方は怒りの感情がこもった喋り方になっていた。

「なるほどねぇ」

「そもそもそのオンノなんたらがそんな事する妖怪なんか?」

「伝承も何も伝わってない謎の存在だって、來魅から今頃メール来たんだけどね…。

そりゃそうだよね。

「姿形」がない妖怪なんて稀だし」

「ふむ…妖怪の中にもいろんなのおるんじゃのう。勉強になるわい」

「よく分からんが、妖怪でも妖怪の事知らないんだな」

 ポリポリ頭を掻きながら言う沢村。

そしておもむろに携帯を取り出し、誰かと連絡を取り出す。

「人間と一緒じゃ。他人の事や他国の事、全く知らんじゃろ?」

「まあそうだな」

「それと同じ。住む場所地域、過ごしてきた年季など違う。

全てを知る全知全能な事なんぞ不可能じゃ」

「納得しました」

 


 結局田山は再び捕えられる。

それも特係のおかげとなり、手柄は沢村の物に。

他の刑事達などは納得いかないかもしれないが。

こうして琉嬉誘拐事件という、珍妙な事件は終わりを告げた…のだった。




 琉嬉の誘拐の事実は他に漏れる事なく、彼方家とそこに居候する妖怪達。

そして沢村ら、一部の警察の人間だけとなった。

ふかしぎ部の連中には知らせていない。

むしろ知らせると余計な騒ぎになりそうだからだ。

「良かったのう、お前様」

「今回何もしてないだろ來魅…」

 來魅のほっぺを軽くつねる琉嬉。

「うにゅ。まぁ良いではないか。終わりよければなんちゃらだ」

「んもー…」

 窓の景色を見ている銀杏。

「…なあ、二人とも」

「ん?」

「なんだ?」

「わしは思う。所詮人間も妖怪も考え付く所は同じなんじゃないかとな」

「考え付く所?」

 言ってる意味が解からなく、キョトンとする琉嬉と來魅。

「いや、の。旅してて理解したんじゃ。

困ってる者を助けたりして来たが、人も妖怪も生きてる者としては同じというな」

「……?そうなの?」

「私に聞いても困る」

「そっか、封印されてたもんな」

 ふと來魅の顔を見たが來魅がそんな事を考えてるとも思えない。

「あの霧の妖怪は……自分の存在を知らせたかったのじゃろうな。

幽霊と同じように」

 幽霊と同じように。

そう聞いて琉嬉もピンッと来る。

「孤独は苦しい…か」

 ぽつりと呟く。

「ほーら、出来たわよー」

 嶺珠が熱々の鍋を持ってくる。

今宵の晩御飯は鍋料理のようだ。

「ほほぅ、これはこれは美味そうだ」

「來魅、涎出てる。子供か」

「子供で結構。はよ食べようぞ」

「…やれやれ」


 

(こんな屈辱な事件は他にない。

だって、僕が小学生の女児に間違えられたうえに誘拐されてんだから。

いや、誘拐というのはわざとなんだけど。

だって、他の子が誘拐されると困るでしょ?

だから自ら盾となって…誘拐されたんだ。

って言いたいけど…子供に間違えられたってのは本当ムカつくよね。

それが妖怪絡みになると面倒だし、下手したら僕が憑りつかれかねないし。

ていうか二度とごめんだね。

今度そういう事あったら、有無言わさずぶん殴ってやる)


 


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