第8話「ファッハラですね」
「……頼むからもう少し離れて歩いてくれ」
「買い物に行こうって誘ったのは古林さんの方なのに、どうしてそんな冷たい事を言うんですか?」
「……平日昼間にセーラー服を着た見た目女子高生の奴と商店街を並んで歩くのが、こんなにも冷ややかな視線を浴びて、スリルを味わう羽目になるなんて思ってなかったからだよ」
高天原が俺の家に座敷童子みてえに住み着くようになって二週間が過ぎた。
未だ制服姿のみで日常を過ごす高天原は、たまにビルの中を歩くだけでも非常に目立つらしく、二階に住む常に紫色のローブを羽織っている見た目30歳くらいの妖艶な魔女に、ついに一昨日見付かり、俺がコンビニにタバコを買いに出掛けた帰り道、蛍光灯が怪しく光る階段の途中で後ろから声を掛けられ『あんたも隅に置けないねえ、だけど付き合う相手の年齢は考えなきゃダメだよ』との注意を受けた。
帰って直ぐに『ビルの中で何してたんだ?』と、人がテレビを見てる間にコッソリ抜け出していたらしい高天原に聞いてみたら、運動不足を解消する為に散歩をしていたと、あっけらかんと答えられた。
どうやらそれ相応の常識はあるらしく、流石に今の見た目と格好で昼間街中を歩くのはマズいと考えた末での解決方法が、ビル内の廊下の早歩きと階段昇降だったらしいのだ。
サラリーマンが汗水垂らして働いてる時間に、のほほんと鼻歌交じりに歩く訳にはいかないでしょう?とも言っていたが、俺はそれよりも職質される事を恐れた方が良いんじゃねえかなと思った。
「……やっぱり日中の街中だと目立ちますね、この格好は…お巡りさんがチラチラ見てきますし、もしかしたら補導されてしまうかもしれないです」
「まあ、お巡りが見てるのはどっちかていうと、一緒にいる俺の方なんだけどな…」
時刻は午前10時を過ぎた所で、まだ朝に近いこんな時間帯に、白昼堂々女子高生を連れ回すスーツ姿の目付きの悪い男が、交番から覗く彼等の目に正常な者だと映る訳がない。
一重瞼の俺と違って、パッチリとした二重瞼の高天原は、背格好も全く違って、俺がどんなに必死に説明しようとも兄妹などと勘違いしてくれる者はいないだろう。
「さっさと私服買って帰るぞ? ったく、これ以上誰かに有らぬ疑いを掛けられたんじゃ、俺は弁護士業を廃業しなければいけなくなる」
「ええ? 勿体無い、折角波に乗ってきた所なのに!?」
「ネットでいくら称賛されようと、来る客九割がハラスメント相談者ばかりになったんじゃ、俺は弁護士として失格だし、どっちにしろ廃業みてえなモンだよ」
高天原と初めて請け負った客の渡来明美(30)が、あの相談の後早速「弁護士.COME」に感謝の声と評価を書き込んでくれた。
内容は以下の通りで『少し見た目は怖いけどハラスメントに悩む私達に寄り添って、親身に相談に乗ってくれるとても優しい方です。ハラスメント相談するならこの人。可愛い助手もいるから、男性の方も気兼ねなく相談出来ますよ』と、これまでランキングに掠りもしなかった俺の欄にわざわざコメントを書いてくれて、おまけに三段階評価のうち星を三つも付けてくれた。
そんな書き込みがあったからか、この前来たばかりの桐生皐月(24)も、どうやら俺の事をそのサイトで見付けてくれたようだった。
そして有難い事に彼もまた同様に『自分の名声や損得勘定抜きで、僕がどうしたらいいかを真剣に答えてくれました。あと助手の方が大変優しくて可愛らしくて、まるで天使のような方でした。ハラスメントで悩んだら是非、古林先生とその助手さんにご相談ください』と、更なるコメントを残し、同じように星を三つも付けてくれたのだ。
……大変、大変喜ばしい事であるが、実は懸念点が2つ程ある。
1つは、そのような嬉しい評価を頂けたお陰で仕事は増えたのだが、相談に来る者の割合が以前よりも遥かにハラスメント被害者ばかりになったという事だ。
更にそれよりも重要な事がもう1つ、途中の助手を絶賛する要らぬ文章のお陰で、やたらと男性からのネット相談や電話依頼の比率が多くなってしまったという事だ。
俺は別にそこまで人間観察に長けちゃいないが、文章の語尾や口調の上擦り方などで、ソイツが本当に悩んでるか悩んでないか、何を目的として相談を持ち掛けてきているかは大体分かる。
殆どの男性客がこの高天原目当てだという事が……
「……確かに見た目は良いかも知れねえけど中身がなあ…」
「中身が、何です?」
「オジサンなんだろ? 俺と同い年の?」
「おや? ようやく信じる気になったのですか?」
「……上辺だけな、本質まではまだ信じちゃいねえ。どっかで俺を騙してるんじゃねえかって気持ちは、どうしたって拭いきれねえ…ったく、みんな簡単に見た目に騙され過ぎなんだよな」
「別に騙してはいませんけどね」
援助交際やらパパ活やら、さっきから色んな疑いの目を歩行者達から向けられているが、ソイツ等だって俺に電話してきた奴等と本質は一緒だ。
簡単に見た目に騙されて、平日昼間から女子高生と歩く俺を勝手に悪人だなんて決めつけて、勝手に事件性を膨らませたりしてさ……
正義感の裏に隠された下心を抑えきれず、半ば嫉妬に歪んだような目付きで見てくる癖に、テメエを正義のヒーローだなんて勘違いしてやがるのだから、目の前に鏡を持ってって、その面をとくと拝ませてやりてえ…
俺とお前、一体どっちが悪人だと思う?ってな。
勿論、純粋に心配そうな目で見てくる奴もいるが、それは今の高天原と同じ女性である者が殆どで、下心無しに見てくるような男性なんて殆どいないし、というか完全に見当たらない。
「お前さ、仮にマジで男だったって言うなら、本当にあの写真の通りの冴えない男だったって言うなら、今でもその身体に戻りてえって思うのか?」
「───当たり前じゃないですか、自分が生まれ持った身体に戻りたいと思うのは人として当然じゃないですか!?」
「ふーん…」
「何ですか、その反応?」
「別に、気にすんな…」
実際にその身体になった事がねえから分からねえけど、俺は、俺だったら…もし仮に本当に、今の高天原みてえな身体になったとしたら、戻りてえと思うかは分からねえなぁと、異性問わず振り返られながら歩く高天原を見ながら思ったのだった。
†††
商店街を暫く歩き、お目当ての量産型の服が売られているファストファッション店へとやってきた俺達は、暫し試着室の前で見つめ合い硬直しあっていた。
「……お前、服のセンスねえな…」
「───はあ!? 言うに事欠いて第一声がそれですか? 緑コーデ可愛いでしょうが、ねえ店員さん?」
「え、ええ…はいとっても」
マネキンに飾られたままの緑のニット服に黒のミディアム丈のスカートという、なんとも地味な服装を選んで試着室から出てきた高天原を見て、呆れた俺は「それで良いのか?」と、ついつい苦言を呈してしまった。
「ほら、とっても可愛いって言ってるじゃないですか?」
「お世辞だバカ、マネキン買いする奴にわざわざ似合わねえとか言う訳ねえだろ? というか私服でもスカート履くのかよ?」
「別に自分が何着たって良いじゃないですか!? というか今バカって言いましたね? もう駄目です。古林さん、それはハラスメント注意報ではなく、完全なハラスメントです。何故なら自分がとっても不快に感じたからです!」
「どこがハラスメントなんだよ…? 別に服の批評をしただけじゃねえか?」
試着室のカーテンを開けたまま靴を履かず憤慨する高天原は、そこから一歩も動かず腰に手を当てて、いつかと同じように人差し指を立てながら鼻息荒く説明し始めた。
「今、古林さんが行なったハラスメントはファッションハラスメントと言って、服装や身なり、容姿に対して否定的な発言をしたり、過度な干渉をしたりして相手に精神的苦痛を与えるものです」
「ファッションハラスメントだあ…?」
「ええ、略してファッハラと呼ばれるそのハラスメントは、『その服はダサい』とか『センスが悪い』等と人前でバカにする最低な行為なのです!」
「別にダサいとは言ってねえだろうが…てか何だよ『ファッハラ』って、言い難くて仕方ねえんだが…」
俺と高天原の間に挟まれて、オロオロする二十代くらいの女性店員を見ながら、流石に赤の他人がいる前でそんなデリカシーがない発言をする訳がないだろうと反論する。
「いいえ、言いましたね。言ってなくても口に出したも同然です」
「んな、無茶苦茶な…」
「年齢や性別を理由に『その歳でその格好はおかしい』と批判したり、体型と結びつけて服装を揶揄したり、『もっと露出を増やした方がいい』とか『地味すぎる』等と、服装を強制し否定する行為が、そもそもNGなんです。発信者が冗談のつもりやアドバイスのつもりであっても、受け手側が不快に感じれば、それはハラスメントに該当するのです」
今度はウンウンと、大きく頷き始めた店員を見て、調子に乗ったこの高天原は、人差し指を高々と上げ、偉そうに高説の続きを行なった。
「これは何も一般社会だけではなく、勤める会社の中でも同じ事が言えます。職場での乱れた身だしなみの指導は、『そんな服の着方をしているから、だらしない仕事しか出来ないんだ』等という人格否定から入るのではなく、『そうする事で自分の身に危険が及ぶんだよ』と、業務や企業風土に必要な基準を客観的な事実に基づいて伝える必要があるのです」
「分かります、分かります…! 明確に教えて欲しいですよね! 頭ごなしに『それはダメ』とかじゃなくて!」
「そうでしょう店員さん、自分間違った事は何一つ言ってないですよね?」
「はい、言ってませんとも!」
もはや信者のように頷く店員と、ピノキオのように鼻が伸びた高天原を見ながら「失敗した素直な感想なんて言うんじゃなかった…」と、俺は心底後悔していた。
だってたった一言、服の感想を漏らしただけなのにこのうるせえ高天原は、それに対して10倍以上もの言葉量で言い返してきやがったからだ。
「……古林さん、なんだか疲れ切っている古林さん。世の中にはね、本当にまだまだ多くのハラスメントが残されているのですから、これぐらいで辟易してるようじゃ、これから先その身が持ちませんよ? ああ、因みにスカートを選んだのはとっても楽だからです。これは男性にはきっと分からない感覚でしょうけどね? ね、店員さん?」
「ええ、ええ、全て仰る通りです! その通りです!」
分かってたまるかバカ!…と言いたい所だが、今度は先程の教訓からそれを言うのを止めておいた。
だってこれから先、コイツが元に戻らない限り、まだまだこんな変な付き合いが続くかも知れないんだろう?
いちいちこんな事で目くじらを立てて、事を荒立ててちゃこっちの身が持ちやしねえから、ここは一歩引き下がってグッと堪える事が、コイツより見た目大人である俺の役目なんじゃねえかなって思ったんだ。
「……何か言いたそうに見えるのですが、反論があるならどーぞ?」
「なんもねえよバカ。ったく、その服で良いならさっさと会計済まして帰るぞ…」
「おや? 些か拍子抜けですね、でも有り難うございます」
……もちろん出資元もコイツより精神的にも大人である俺だ。
だって、未だ3000円未満しかコイツには給料を渡してねえんだから、こんな合計1万円もするような服、高天原に買える訳がねえんだからさ…
「あ、あの…失礼ですが、お二人はいったいどのような御関係で?」
「「赤の他人だ(です)!」」
声を揃えて言った台詞に、店員は少し引いたような表情をしていて、会計をしている間もずっと様子を窺っていたから、多分きっと、援助交際かパパ活かのどっちかだと疑われていたんだろうなって思う…
実際の弁護士サイトと作中の弁護士サイトでは、利用のされ方が変わってきます。
本作品はあくまでフィクションであるという事を前提にお楽しみ下さい。




