第4話「マリハラですね②」
「……私、ずっと我慢してたんです。何を言われても一生懸命笑って、婚活しろだとか、良い相手いないのだとか、今流行りのマッチングアプリでも始めたらだとか…『地味な顔立ちなんだから行動しなきゃ何も始まんないわよ』とか言われても、休憩中の美味しいお菓子が何も味がしなくなるまでずっと堪えてたんです」
相談に来た女性の名は渡来明美と言って、ベージュ色のスーツ姿で俺達の前に現れた彼女は、話を聞く限りのような婚活に困る容姿はしていなかった。
寧ろ普通の男性なら、仮に相手が好意を向けてきたならば、喜んでその手を掴んでしまいそうな容姿をしている。
……まあ、こんな閑古鳥が鳴き止まない小さな事務所の薄給取りの見た目ヤクザの弁護士は、相手にもされる事もねえんだろうけどさ、きっと手を掴んだら訴えられるんじゃねえかな、セクハラだ何だの騒がれてさ?
「それはそれは、随分酷い事を言いますね。相談者さんは自分の目にはとても魅力的な人に映るのですが…」
「あ、ありがとう…」
……調書役そっちのけで、彼女の話に耳を傾ける昨日の高天原みてえにな?
「……あ、あの弁護士さんはスーツを着た貴方で良いんですよね?」
「……一応な、さっきからアンタの話に相槌入れてるコイツは、見ての通り学校にもいかねえただの引きこもり家出女子高生だから気にしねえでくれ」
「は、はあ…」
「少し違いますけどその通りです。自分の事は気にしないで下さい」
「……ちっ、それでこれからどうしたい?」
「ど、どうしたいとは…?」
彼女の話を聞いてるだけで、いつの間にか三十分が経過していて、時計を見れば既に午前十時半を過ぎていた。
聞き上手過ぎる高天原がいるせいで、きっとこんなにも長くなってしまったのだろう。
本来ならば俺も、長引けば長引くほど懐は温まるシステムであるから引き延ばしたい所ではあるが、しかしー……
ぐうぅぅぅ~……
「……いい加減腹が減ったんでな、話に区切りを付けたい」
「朝御飯、まだだったんですか…すみません」
「この人が寝坊助だっただけです。相談者さんには何の非もないですから大丈夫ですよ」
幸か不幸か、普段なら話を引き出すのにとても苦労していた俺であるが、減らず口な高天原がいるせいで殆ど喋らずに、約30分間ただ座っているだけで、ハラスメント被害者の相談内容を知る事が出きてしまっていた。
†††
「ハラスメント被害を訴えてきた者に対して、俺達弁護士に出来る事は大きく分けて3つある。被害者に代わって加害者や会社との示談交渉に、慰謝料や損害賠償の請求など、更には労働審判や裁判の代理を行う事が出来るし、証拠集めのアドバイス等にも応じる事が可能だ」
「証拠集めのアドバイス…ですか?」
「証拠の精査と言った方が正しいか? 例えばアンタがこれまで、その相手と遣り取りしたメッセージの中に不快な思いをする文章があったとしよう」
「ええと、メッセージ等は遣り取りしてませんが…はい」
「無いなら直接言われた不快な言動でもいい。それらを録音してあった場合、それが法的に有効かどうか判断する権利が俺達にはある。仮に無効だった場合、相手を許しきれないなら更なる罵詈雑言を引き出すように仕掛けろと、背中を押してやる事だって可能だ」
「それって、わざと……」
「胸に痞えた物がずっと引っ掛かって、相手を許しきれないんだろ? 言われた言葉が深く刺さって、相手の状況を考える事も出来ないんだろ? 可哀想にとか、それぐらいしか楽しみが無いのねとか、帰ったらどうせ惨めな景色が待ってる癖にとか、そういった相手を嘲笑して馬鹿にする余裕すら無いんだろ? 勝ち誇って、貴重なアドバイス有り難うって、でもアナタみたいには絶対ならないからって、受け流す余裕すら無いんだろ? だったら徹底的にー……」
────バンッ
「それは違います、古林さん!」
───と、そこまで俺が言った所で、これまで隣で黙って聞いていた高天原が、勢い良く机を叩いて大声を出した。
「……それは違いますよ…それでは何の解決にもならないのですよ古林さん。会社というのは様々な人間が集う場所ですから、個人の感情だけで画策して動いたのでは、その職場は一瞬にして崩壊してしまうのですよ…」
「じゃあ我慢しろってのか? 被害者は大人しく指咥えて精神ぶっ壊れるまで働き続けろってのか? ぶっ壊れてから診断書持って戦えって、お前は言いてえのか?」
「……嘘をつくなと言ってるんです。偽物の刀を持って戦場に向かうなって言ってるんです。模擬刀は所詮本物の刀には勝てません、何れは剥がれ落ちた嘘の上から別の刃で切り裂かれるのが運命です」
予想以上に痛かったのか、赤く腫れ上がった右手をフーフーしながら少し涙目で、女子高生の姿をした高天原は、本当に工場勤務で職場リーダーだった男性の記憶があるかのように喋ってくる。
「貴女は画策して動きたいですか? 相手を上手に泳がせて、自分が優位な状況を作り込んで、嫌いな相手を追い出して、それで嬉しいですか?」
「わ、私は…そこまでは……」
「不思議なもので、嫌いな相手っていうのは次から次へと湧いて出てきます。1人を追い出してもまた次、次を追い出してもそのまた次、どんどん相手は凶悪になって貴女の前に現れるでしょう…そして、貴女はやがて気付くんです。自分が一番醜い顔をしてるんじゃないかって事に…」
「そ、そんな……」
「今はまだ大丈夫ですけどね、大変美しく、若く未来ある女性にしか、自分には見えませんよ」
───そう言って、ニッコリ笑って場を納めようとした高天原に、俺はそれ以上何も言えなくなっちまった。
大の大人が二人してたった一人の女子高生に言いくるめられてるんだから情けない。
「ああ、ご心配なく。調書もしっかり取っていますので」
せめてもの揚げ足取りのつもりで、膝の上に乗せていたメモ帳をチラッと覗いてやったら、またヒラヒラとビッシリ書かれた紙面を目の前で見せられてしまった。
殆どが俺の台詞で、相談者の供述は相槌だけになってしまっていたけど、溜飲が下がったのか、憑き物が落ちたように笑う彼女の顔を見ていたら、こんなふざけた調書も有りなのかも知れないと思った。
「……私、明日から頑張ってみます。勝ち誇って、貴重なアドバイス有り難うって、でもアナタみたいには絶対ならないからって、心の中で笑いながらあの人と話してみます」
「あまり正しくは有りませんけどね、でも余裕を持って接していれば、見えなかった景色が見えてくると思いますよ? 案外、職場で一番仲の良い話し相手になったりとかね……ね、古林さん?」
「……知らねえよ。だけど俺だったら徹底的にぶっ潰すけどな、相手が二度と嫌味を言えなくなるまで徹底的にな…」
「これ、悪い例ですから気にしないで」
「ふふっ…でも私、そんな風に強く言えないから少し羨ましいです。逆に、代わりに言って貰えてる気がしてスカッとしちゃいました。今日は本当に来て良かったです、ありがとうございました弁護士の古林さんに…えーと…」
「あ、高天原です。天上の神々が住む世界として有名なあの場所と同じ漢字です」
「驚いた…本当に娘さんじゃなかったんですね」
「悪いけどな、俺もアンタと同じ独身貴族だよ…」
「へえー……」
最後まで俺と高天原が親子だと思ってたらしい今日の相談者は、その台詞を聞いた後、何やらジッとこちらを見つめてきた気がしたのだが…
「ま、また何かあったら来ても宜しいでしょうか?」
「……何もねえことを祈ってるよ」
「古林さん、貴方って人は本当に…すみません渡来さん」
「い、いいえ。あはは…て、手厳しいですね」
そう言って、少しガックリした相談者は高天原と目配せをした後、一時間ピッタリ分の料金を払って帰って行ったのだったが、人の気持ちに疎い俺はそれが何なのか最後まで分からなかった。
†††
「……脈アリだったんじゃないですか?」
「何の事だよ?」
ようやく有り着けた朝食を、テレビを見ながら勢い良く掻っ食らう俺の横で、静かに食事を進める自称30歳男性の女子高生が、そんなよく分からん事を言ってきた。
「さっきの女性…ワンチャン、古林さんの事狙ってた気がしますけど?」
「はっ、下らねえ」
何かと思えば先程の依頼人の話で、高天原が言うには、あのまま順調に会話を重ねていけば、共に独身生活を卒業出来たんじゃないかって事らしいのだ。
「……下らない、ですか?」
「下らねえな、仮にそうだったとしても、そんなん一時の吊り橋効果での感情を勘違いしたものに過ぎねえし、互いに付き合う未来が千分の一あったとしても、俺という人間を深く知れば離れていくに決まってるさ」
「そうでしょうか?」
「さっきは引き下がったけどな高天原…俺はお前ほど甘くはねえし、世の中はクソなもんだと思って生きている。あの女の未来が上手く行くとは今でも思ってねえし、そんな簡単なもんじゃねえと思ってる……だけどな」
「だけど?」
「だけど、面倒臭えから二度とこんな場所には来ねえといいなとも思ってる。あんな相談料だけの金にもならねえ女には、早々に幸せになって貰わねえと困るんだよ…だから、俺みたいな下らねえ奴に現を抜かしてるようじゃ駄目だって事だ」
「やっぱり…優しいじゃないですか…」
「面倒臭えだけだ、勘違いすんな」
───もしかしたら違う所に行くかも知れねえ、こんな寂れた法律事務所じゃなく、もっと立派な場所を探して相談に向かうかも知れねえ。
だけど俺は、そんな未来さえも見たくねえから、どっかで耳にして嫌な気分になるのも面倒臭えから、今日来た渡来明美とかいう女性には、手っ取り早くどっかの金持ちのいい男と一緒になって、幸せになって貰いてえなって思うんだよ…




