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第16話「ブラハラですね」

 高天原佳澄という訳の分からない謎の生い立ちを持つ人間が家に来てから、何だかんだで一ヶ月が過ぎた。


「───ああもう古林さん、こんな所に靴下脱ぎっぱなしにしないで下さいよだらしない! 昨夜誰と何処で飲んできたか知りませんけどね、帰ってきたら手洗いうがい、そして着替えぐらいはしてから寝てくださいよ、まったくもう!」


 元々おかしな奴だと思っていたが、最近の高天原は輪を掛けて変だ。

 朝っぱらから制服姿で掃除機片手に、人の寝てるソファーの前でギャンギャン騒ぐ見た目女子高生は、最近どうにも情緒が不安定過ぎて参っちまう。


「今月分の弁護士会費の納付がまだだったから、銀行に行って自分の口座に現金を振り込んだ帰り道に、たまたま会った大学時代の旧友とそのまま飲みに行くって連絡入れたじゃねえか?」

「相手が男だか女だか聞いていません。それに自分が部屋で電話してる間に勝手にいなくなったから何処に出掛けたかも知りませんでしたし、挙げ句の果てに何度掛けても繋がらないしで、そして自分がそれを知ったのは夜八時を過ぎてからでした!」

「……まあ、着信履歴は鬼のようにあったけど、普段誰からも掛かって来ねえしサイレントモードにしてたから気付かねえのも仕方ねえだろ?」


 日本で弁護士として活動するには、日本弁護士連合会と、全国にある単位弁護士会に必ず加入しなけりゃならない仕組みになっている。


 具体的な組織構成は、まず各都道府県単位の弁護士会が基礎となり、その上に日弁連が全国を統括する形で設置されていて、日弁連は弁護士法で定められた法人であり、全ての弁護士に加入が義務付けられているから、絶対入らなくちゃいけなくて凄(すげ)え面倒臭え。


 日本で弁護士業務を行うためには、日弁連(日本弁護士連合会)と弁護士会の双方に登録することが必要だし、日弁連と所属する弁護士会費を合わせて、月額およそ3万円が何もせずとも口座から消えていく仕組みになってるって訳だ。


「自身が伝えたい文章だけ送って、後は未読スルーが一番タチ悪いです。…自分、一晩中なにか気に触る事をしたのだろうかって、ベッドの上で考えながら眠れない夜を過ごしたのですが、その取り戻せぬ時間をどう責任取ってくれる気ですか!?」

「……世の中には一日30分睡眠でも問題ないって言う人がいるから、別に大丈夫じゃねえかそんぐらい」

「有り得る訳ないでしょう! あんなの嘘に決まってます!」

「おい、聞こえたらキレられんぞ? 悪い事は言わねえ、大きな声で叫ぶのは止めとけ」

「古林さんが振った話じゃないですか!」


 一見してクールで淡白そうに見える高天原は、物事にも人間関係にも執着しないかと思っていたのだが、実は違ったようだ。

 他人に干渉とかしなさそうだし、程良く距離を置いて付き合えそうだったから、それが家に招き入れた大きな要素ではあったのだが……


「てか、別に俺が誰と何処で飲んでようが構わねえだろうが、10代や20代前半のガキじゃあるめえし、30歳過ぎたオッサンが例え何処かの女と出会って一日帰らなくたって、赤の他人のオマエには何の関係も無くねえか? ましてや元は同じ年齢の男なんだろ? 何をそんなにギャーギャー騒ぐ必要がある?」

「……それはそうですが。いえ、その通りなんですが…」

「まあ残念ながら今回の相手は男だったんだけどよ」

「───っそ、そうですか」


 家に来てから読み出した六法全書の法律は、もう殆ど頭に入ったという高天原は、冷静かつ独自の感性を持つ天才肌のように見えるし、過度な束縛や干渉を受けるのを苦手とするようにも感じるのだが、どうしてか自分でも自身の気持ちや望みが分からなくなる瞬間があるようで、今のように勝手に妄想を膨らませてストレスを溜め込みやすいタイプでもあるようだった。


 まあ、簡単に言えば非常に面倒臭い二面性のある奴だったという訳だ。


「……お前、絶対AB型だろう?」

「な、なんでそれを?」

「見てりゃ分かる。言ってる事が支離滅裂で滅茶苦茶だし、気分のジェットコースターが激しすぎる…」


 知性や合理性をバッチリ備えているようにも見えるが、それも違う。

 適度な柔軟性と協調性を持ち合わせていて、相手によって色々な顔を見せる社交の達人のようにも見えるのだが、本来はLIMEのお気に入りリストたった二人のただのボッチだ。


「……ブ、ブ(・)ラ(・)ハ(・)ラ(・)です。ブラッドタイプハラスメントです。いま古林さんが自分に行(おこ)なった事は、血液型を理由に人の性格や能力を決めつけたり、否定的に扱ったりする嫌がらせや差別的言動をしたのと一緒です」

「またハラスメントか……」

「何ですかその呆れ顔!? まるで何処ぞの『やれやれ系主人公』みたいに、周囲の常識外れな行動に振り回される苦労人みたいな腹立つ振る舞いは!? 真面目ゆえに心の中でツッコミを入れつつも、結局は面倒を見てしまうみたいなムカつく顔付き止めて貰っていいですかね!? 古林さんこそ絶対A型でしょう!?」

「……それもお前の言うブ(・)ラ(・)ハ(・)ラ(・)に該当するんじゃないのか」

「自分は当てられたから当て返しただけです! ハラスメントされたから人事部や信頼できる上司、相談窓口や外部の機関に頼る前に口頭でハッキリ『止めてほしい』と伝えただけです!」

「……んな滅茶苦茶な…」


 未だソファーに寝そべったままの俺に対して、真の上から目線で物を言うコイツが来て良かった事は、実は二つ程あって……


「自分は、自分でもどうして良いか分からないんですから、古林さんがもっとシッカリしてくれなきゃ困るんです! 毎日普通にそのソファーでタバコ吸ってるだけにして下さいよ! 自分を変な風に掻き乱さないで下さい!!」


 ───1つは、最近ではハラスメント以外にも事務所の評判を聞き付けた相談者が増えて、わりかし生活が潤って来ているって事と、3万円もする弁護士会費を支払ってもまだ生活に余裕があって、食卓に緑の彩りが増えたっていう事。


 そしてもう1つは……


「何をニヤニヤしてるんですか? もしかして馬鹿にしてるんですか!?」


 長い間、眉間に皺を寄せる事しか知らなかった俺の表情筋が、少しだけ和らいだっていう事なんだが……

 それは、いずれ高天原(コイツ)が俺の元を離れるその時まで、更にギャーギャー騒がれると面倒臭えから黙っている事にした。


「……ところでよ、AB型とA型は結構相性が良いって知ってたか?」

「─────え」


 先日テレビで見た胡散臭え情報を教えたら、そこでようやく掃除機を持った面倒臭い性格(タイプ)のAB型は静かになってくれたのだが、いい加減俺の前で生足をちらつかせるのは止めてくれねえかなって、動かぬ高天原を見ながら思ったのだった。

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― 新着の感想 ―
めっちゃくちゃ面白いです! 昔、ブラックを越えた企業で働いていた経験があるのですが……まさにハラスメントのオンパレードだったのでめっちゃ刺さりました……(まだ○○ハラがここまで表に出る前) 二人の掛け…
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