第13話「ソーハラですね②」
────ギイイィ…
「や、山田加奈子24歳…独身、しょ…職業は動画配信業を個人で営んでおります。今日はその…ハラスメントに詳しいと有名な先生のお噂を聞いて、ご相談したい事があって参りました…」
「……ども、ハラスメントにはそこまで詳しくない古林春信法律事務所の古林です」
「───え?」
鳴らされたチャイムの方向へ俺より頭ひとつ分小さい高天原と共に歩き、ゆっくりとドアを開けた先には、最近よく目にしていた絵そのものが佇んでいた。
「詳しいのは、助手の方です」
「こちらの…女子高生が…?」
くいっと親指を向けた先には呆けた面の女子高生がいて、そんな高天原が毎朝ずーっと相槌を打っていたスマホの中の住人と、ほぼ同じ容姿をしていたのだ。
「き、霧深夜さん…えええ? そ、そのまんまじゃないですか? 自分が見ていた人と同じ姿じゃないですか!?」
「き、ききき、霧深夜さんとは一体誰の事でしょう? わ、わわわ、私は山田加奈子と申しているのですが?」
「うえ!? ああ、すみません。そうですよね、そうでしたよね、VTuberさんはプライバシーや自身の安全を守る為、キャラクターの世界観を維持する為にも身バレを防ぐのが鉄則でしたものね、自分はいったい何を言ってるのでしょうかね?」
「……思いっ切りバラしてんじゃねえか。まあいいや、アンタ山田加奈子さんだっけ? 話聞くからさ取り敢えず中に入れよ」
「ええと、はい。すみません…」
露出が少ない真っ黒なロングスカートのゴシックドレスを着た端正な顔立ちの女性は、扉を開けた先でそう名乗り、俺の誘いに合わせて、腰まで届く程の長い銀髪の上にあるヘッドドレスを見せびらすように深々とお辞儀をしてきた。
「……興奮しすぎだバカ、ちっとは感情を抑えろよ」
「だって、声もそのまんまですし、装いも…」
「本人が否定してんだから取り敢えず乗っかといてやれ、あんな目立つ格好で目立ちたくないみてえな訳分かんねえ振る舞いをする奴は、下手に関わらない方が一番だ」
───ピタッ
「……あの、全部聞こえてますが。結構傷付いてこの場に崩れ落ちそうなんですが?」
玄関を上がって辺りを見回しながら歩く山田加奈子の影に隠れて、後ろでコソコソと高天原としていた会話を、どうやら前を歩く彼女に聞かれてしまっていたらしい。
だって、どう考えたって地毛じゃないような髪をサラサラ靡かせて歩く奴がプライバシーを気にする理由が分からねえからだ。
そんな一般人は普通は着ねえようなゴスロリ衣装で、街中を歩いてきた奴の心情を察しろって言う方が無理に決まってる。
「……言われるのが嫌だったら、何でそんな服着てんだよ?」
「黒衣に徹したいという気持ちの現れでして、配信を見に来てくれているリスナーの成功を陰から支えるのが私の目標でして、それを具現化した姿が今のこれなのです…」
「その髪は? 誰かさんと違って流石に地毛じゃねえよな?」
最近わりと気さくに話し掛けられるようになった二階に住む妖艶な魔女の姿を思い浮かべながら、リビングへと続く廊下の途中で問い掛ける。
「ええと…そこが難しい話でして、黒衣に徹したいという思いからこの衣装を着ているのですが…ですが鏡に映った自分を見たら、どうせならもっと苺花ちゃんに近付きたいという想いが芽生えてしまいまして、気付いた時には美容室に行って髪を…ああ、私はどうしてあんな行動を…私は目立ちたくないのにぃー……」
「苺花ちゃん……」
「黙ってろ高天原、こんな承認欲求と防衛本能がぶつかり合っているような滅茶苦茶な女、構うだけ無駄だ。さっさと相談だけ聞いてお引き取り願うのが一番だ」
結局その場に崩れ落ちて、さめざめと泣き始めた銀髪ゴスロリ美女は、控えめな性格の癖に根は目立ちたがり屋という、なんとも救いようのない性格をしていた。
「でもですね……」
「いいから放っとけっての」
謙遜や自虐が多く『私なんて…』と言いながら、実際には『そんなことないよ』と否定してほしくて、SNSの裏アカウントでネガティブな発信をしながら、本当は誰かに共感や心配をしてほしいという最も面倒臭い性格がこの女だ。
自分はすごいと思いたい気持ちと、自分に自信がない気持ちがぶつかり合い、目立ちたい気持ちと隠れたい気持ちが同時にあって、表に出にくい強い認められたい欲求のことを、巷では『隠れ承認欲求モンスター』等とも揶揄されている。
……まあ、どこの巷だよっていう話ではあるが。
「でも、それがそれこそが霧深夜苺花さんですから、仕方ないのかなって思います。普段の配信も自虐的な発言を自分達視聴者がウンウン頷きながら励ましの言葉を送るのが定例行事ですし」
「あ、あなた…もしかして『霧っ子』の1人?」
「あ、はい。申し遅れましたハンドルネームは『@カスミン』で、最近メンバーシップ入りしたばかりの駆け出しの霧深夜信者です」
主に信者とは、特定のアイドルや声優、作品やキャラクター、クリエイターなどを盲目的に熱狂して支持し、どんな言動や展開も無条件で肯定し擁護する奴等の事を言うんだが、 まさか高天原がそこまでイッていたとは知らなかった。
「……おい、月額料金はキチンと自分の財布から管理出来るんだろうな?」
「月480円ですから、なんとかなります。さっ、その為にはお話を聞いてお給料を稼がないと。ほら、山田さ…いえ、霧深夜さん立って下さい。あちらで先生と自分が依頼内容を聞きますから、恐らくこないだの気持ち悪い赤スパ事件に纏わるお悩みでしょうけど…」
珍しく眉間に皺を寄せた高天原はそう言いながら、泣いて座り込んでいた山田加奈子という依頼者を手を取って立たせていたのだが…
「やれやれ、何だか面倒臭え奴が面倒臭そうな相談を持ってきたな…」
────と、性格に難ありな美女二人を目の前に、たまには普通で素朴な相談者に巡り会いたいものだと、俺は玄関の前で大きく溜め息を吐いた。
†††
「……霧深夜たんみたいな面倒臭い性格の子を分かってあげられるのはきっと僕だけだから、僕だけの言うことを聞いてれば幸せになれるから、だから他の皆の意見は一切聞く必要はないんだよ霧深夜たん…僕だけが君の味方だし愛してるよ霧深夜たん、だから僕のコメントをこれ以上スルーしないでね霧深夜たん〟…だあ?」
「は、はい…」
「そ、想像以上にめんどくせ…いや、キメエな」
いつも通り対面式の接客用テーブルに着いた俺達は、ソファーに座りながら先日、山田加奈子もとい霧深夜苺花の元へ送られてきた強烈に臭い文面が書かれた赤スパのスクショを、並んで座る高天原と共に本人のスマホによって見せられていた。
「活動初期から応援して下さっている方なのですが、これまでずっと優しく応援して下さっていた方なのですが…ここ最近行き過ぎたコメントが増えてきて、ブロックするのもあれだし仕方なくスルーしていたのですけれど、この日は急に…このような視聴者として度を越えた文章を上限額である五万円の赤スパに乗せて送って来たのです…」
「……霧深夜さんは、いつも皆のコメントを欠かさず読んでいますものね」
「ふぅん…それで堪らずスクショを撮って、わざわざネットで調べて俺の元へ持ってきたと…」
「は、はい。ここなら人の目にも触れなそうな場所ですし…だ、誰にも見られないかなと思いまして……」
〝だったらもうちょっと地味な格好で来いよ〟と思う銀髪美女は、終始目線を合わせず俯き加減で、ゴスロリ衣装に皺を作らないよう背筋を伸ばして座っていた。
「……恐らく今回のケースは、ガチ恋距離のバグからくる嫌がらせですね。VTuberは2次元のアバターをまとっている性質上、受け手が『背後に実在の人間がいる』という事実を見失いやすく、配慮を欠いた言葉を軽い気持ちで投げかけやすい土壌にありますが、これは少し配慮を欠きすぎた問題ある言動です。非常に気持ち悪い言動です」
───と、接し方は普通に戻ってきたが、相変わらず俺との距離感がある高天原が、人一人分のスペースを開けて座ったソファーの上から更に眉間の皺を深くしてそう呟いた。
「2次元のアバターとか言って良いのかよ…?」
「この場合、致し方ありません」
久し振りに持ったメモ帳に既にビッシリと文字を書き込んでいる高天原を見て、俺の周りには一癖も二癖もある変人しか集まって来ないのかと、再び天を見上げて溜め息を吐く…
「ソーシャルメディアハラスメント、略して『ソーハラ』…SNSやメッセージアプリを通じて相手に不快感や精神的負担を与える嫌がらせ行為をそう呼ぶのですよ!」
───な、やっぱり変な奴しか集まって来ないだろ?
人差し指をピンと上げて、いつもより覇気を込めて説明を開始した高天原を見て、俺はついつい女性二人の前でテーブルにあったタバコに手を伸ばし、嫌がる高天原の存在も忘れて火をつけちまった。
────カチン、シュボ。
「あ、古林さん! 自分は良いとしても、霧深夜さんの前では吸わないで下さいよ!」
「……あ、あのう…出来れば私にも1本下さらないでしょうか?」
「────はい?」
……このように、面倒臭え奴らが集まる中での更に面倒臭え話の本編は、とっても長くなりそうなので次回へ続くって事になる訳だ。




