scene4 穴
「ああ…帰りたい...」
「なんてこと言うんですか。まだお昼休み前ですよ」
教室でつけに突っ伏しうなだれる相良に対して、隣の席から返事が即返ってくる。
相良はゆっくりと顔を上げた。
そこには赤峰玲奈がいた。
昨日まで暗闇の悪魔に憑かれていた...と言うか憑けていた少女である。
「相良君、今日から一緒ですね」
「一緒は...ちょっと」
「ちょっと...って責任...取らないつもりですか...」
「は?」
教室の空気が止まり不穏な気配が漂った。
赤峰は胸に手を当て、悲しそうに続ける。
「私の大事なもの...奪ったのに!」
その一言に教室がざわついた。
ヒソヒソとした声が聞こえる中相良は立ち上がった。
「待て待て、その言い方は誤解を生んでるぞ!!」
「誤解...?事実ですわ。他人の誤解なんてどうでもいいです」
「よくねえよ!俺の平和な学校生活が台無しだろ」
「さあ次に食べる悪魔でも探しに行きましょう」
「人の話を聞けよ!」
相良は頭を抱えた。
「ああ...もう、って言うか、わざわざ探す必要なんかなくね」
「あります」
「なんでだよ。悪魔なんてまずいし苦いし辛いし...思い出しただけでも口の中がおかしくなってるんだけど...」
「ダメです!ちゃんと食べないと立派な悪魔にはなれませんわ」
「なりたくないんだよ」
「だって今の悪魔では...」
「今の悪魔では…?」
「明るすぎますわ」
「明るい...とは?」
相良は困惑した。
炎のパンチを繰り出す悪魔、赤黒い炎...。
「明るい要素が見当たらないんだけど...」
「いいえ明るすぎますわ。私に憑く悪魔は、暗く!陰湿で!闇が深くて!世界中の人たちを憂鬱にさせる力を持ってる...そんな悪魔でいて欲しいんです」
「いや...さすがにそれは...しんどくないか...?」
「そんなことありません」
赤峰は相良に半歩近づき指さした。
「陰キャでボッチの相良君にぴったりです」
「...なんかすごくディスられてるな...」
赤峰の言葉は相良の心に突き刺さりえぐっていた。
その様子を見ていた田中が相良の肩に手を置く。
「事実よ」
「事実じゃねえよフォローしろよ」
田中は無言で首をふる。
そして赤峰の熱弁は止まらない。
「今の悪魔...熱血系すぎますわ...悪魔って言うのはもっと...こう...じめじめしていて人生に絶望してて、他人の幸福を妬み嫉み呪う感じが理想ですわ」
「全然、共感できないんだけど...」
その時、相良の右手がピクリと動いた。
「おいおい、だりぃ事言ってんな。俺の何が気にらねえんだよ。やっちまうぞ」
「ほら、口が悪くて短気で短絡的で相良要素が一個もないじゃないですか」
「どんな要素だよ俺...」
ショックを受ける相良の横から田中が口をはさんだ。
「相良君...赤峰さんから離れたほうがいいわね」
「おいおい田中、急にどうした」
「そうですよ。なんで離れなきゃいけないんですか」
「赤峰さんあなたは相良君にとって悪影響よ」
「悪影響?ちょっと意味がわからないんですけど?」
「それはね。あなたの育成計画が最悪だからよ」
「何がいけないっていうんですか!」
「待て...そもそも育成計画ってなんだよ...」
相良がぼそりと突っ込むが誰も聞いていない。
そして田中の熱弁が続く。
「相良君の悪魔は強さの象徴であるべきよ。陽気で前向きで力強い悪魔、史上最強の悪魔を目指すべきなのよ」
「いや、待て、俺の意志は...」
「相良君の...意思...?あるの?」
「あるに決まってるだろ」
「そんなものは必要ないわ」
「必要だろ!」
赤峰も当然かのように大きくうなづく。
「必要ないわ。相良君は理想の悪魔になることだけ考えてたら良いんですわ」
「俺、人間なんだけど!?」
田中は相良の言葉などまったく関係ないと話を続ける。
「人間か悪魔かなんて些末なことよ。あなたが何を食べどう育っていくかよ。」
「子育てみたいに言うなよ」
「理想を言えば陽気で邪悪で前向きで破壊的な悪魔を中心に食していってほしいわね」
「そんな奴危険だろ完全に危険思想だろ」
机を叩き赤峰が田中の前に立った。
「そんなのダメですわ。まったくなっていません。相良君が食べるべきは陰気で陰湿で闇深な悪魔ですわ」
「完全に根暗で病んでるだろそれ」
「闇こそ力です!!」
「そんなわけないわ。爆発するパワーこそ正義!」
「悪魔なのに正義とかわけわかんねえよ」
相良は飽きた顔をする。
「陰湿!」
「破壊!」
「鬱!」
「暴力!」
田中と赤峰の思想がぶつかり合い火花を散らした。
ただ思想の中心にいるはずの相良はどちらの思想も持ち合わせてはいなかった。
「もうちょっと...お前ら…」
相良が何か言おうとしたその時だった。
相良の足元に、黒い染みのようなものが広がった。
「...え?なに?」
黒い染みは一瞬で”穴”へと変わり底の見えない闇となった。
「なっ!?」
とっさに飛び穴を避けた相良。
しかし、足が取られる。
闇へと落ちていく相良。
「相良君!」
「うわぁぁぁぁ!」
田中がとっさに出した手は間に合わない。
赤峰が穴に近づき覗き込んだ時には相良の姿はそこにはなかった。
「えっ、これってどういうことですの!?私の相良君を奪ったのですか?」
「知らないわよ。私のやったことじゃないわ」
二人は穴を覗き込む。
それは黒く深く沈んでいた。




