scene4 右手の中
暗闇。
果てしなく続く暗闇の中。
相良はゆっくりと沈んでいく。
何も考えなくていい。
つらいことなど何もない。
静かで、暖かくて、心地いい。
意識が遠のいていく。
…そうだ。
…もう、このまま......。
その時だった。
闇の奥から声が響いた。
「起きろ!!」
低くて威圧感がある声。
続いて聞こえてくる。
「起きなさい。相良君」
聞きなれた女性の声、
さらにもう一つ。
「ちょっと起きてよ」
少し高飛車で、自信満々の少女の声。
相良は眉をひそめ眠そうに呟く。
「…なんだよ。俺は…もう…このまま…」
その瞬間。
「相良!!!」
三人の声が重なる。
頭の中に声が響いた。
心地よかった闇の中に不快感が混ざる。
耳鳴り、頭痛。
穏やかにゆっくりと眠れるはずだったのに...。
相良は嫌々目を開ける。
ぼやけた視界の中、最初に見えたのは腕を組んで仁王立ちする数学教師だった。
「勝手に寝るな!」
「志水先生…」
その隣には呆れたようにため息をつく湊。
「寝てる場合じゃないのよ」
「湊先生...」
そして胸を張り堂々と立つ北条。
「ちゃんとやる事やってくれる?」
「北条さん…」
三人が並んで立っていた。
相良は何度も瞬きをする。
「…なんで?」
信じられなかった。
「だって…みんな...死んで…」
「勝手に殺すな!」
志水が即座に怒鳴る。
「...でも」
戸惑う相良に湊が肩をすくめた。
「だって悪魔は死なないのよ」
あっさりと言う。
すると北条も得意げに胸を張った。
「天使もね」
「…そこは頑ななんだな…」
「当然よ」
北条はうなずいた。
志水は相良の右手を指さした。
「俺たちは、お前の右手で生き続けている」
相良は右手を見る。
いつもと変わらない右手。
赤く、黒く歪んだ右手。
「でも今まで何も...感じなかった」
湊が静かに答える。
「普通なら感じることはないわ」
志水が腕を組みながら続ける。
「闇に飲み込まれた影響だろう」
精神世界。
心の奥底だからこそ、今だけこうして会話が出来る。
相良は改めて三人を見た。
北条がせっかちな口調で言う。
「いいから早く起きなさい」
相良を見る目は真剣だった。
「悪魔に飲み込まれるわ」
そして力強く宣言する。
「天使として絶対に許されないわ!!」
志水。
湊。
北条。
死んでしまったと思っていた存在。
それでも彼らは自分の中で生き続けていた。
心の闇がゆらぐ。
ほんの少しだけ胸の奥が温かくなる。
「……みんな」
自然と笑みがこぼれる。
暗闇の中に小さな光が差し込む。
相良はゆっくりと目を閉じる。
そして自分の意志でしっかりと目を開いた。
現実に戻るために。




