scene2 罪悪
白い空間の中央。
佐々木が膝をついた。
「…たっ倒したのか…」
北条佳奈だったものが倒れている。
黒く巨大な身体。
それはすでに人ではない。
ただの黒い塊。
そこに相良は駆けつける。
「…北条さん_」
返事はない。
そこには重力の歪みも咆哮もない。
田中がゆっくりと歩み寄る。
その表情は変わらない。
怒りも憎しみも悲しみもない。
ただそこに悪魔が倒れている。
その事実だけを見ていた。
田中は手を伸ばす。
「ハンド」
白い手が現れる。
倒れた北条だったものを掴んだ。
田中は振り返る。
「相良君。さあ」
「さあってなんだよ」
相良は後ずさる。
「無理だよ...出来ない...」
「何を言ってるの?もうこれは北条さんでもなければ湊先生でもないわ」
「…それでも…」
「ここで食べなければ復活して人に災いをもたらすだけよ」
静まり返った。
誰も反論しない。
肯定もしない。
ただ、静かに見つめる。
その沈黙が相良を追い詰めていく。
佐々木が相良に近づく。
「…それでも...やらないと…」
「じゃあお前がやれよ!」
相良は佐々木を睨みつける。
「…それは出来ない...」
佐々木は苦しそうに首を振った。
「俺が食えば北条と同じ結果になるだけだ…」
「だからって…!」
床に崩れ落ちる相良に赤峰が静かに告げる。
「食べるしか選択肢はありません」
「なんで俺なんだよ…」
泣き崩れる相良に金澤が言う。
「どうせ悪魔なんだし、気軽に食べたら?」
「何言ってんだよ...無理に決まってるだろ…」
相良の声が響く。
だけど誰も動かない。
誰も代わることができない。
責任を背負っているのは相良だけだった。
佐々木が相良の肩を掴んだ。
「相良...やるしかねえんだよ」
「佐々木……?」
「悪魔を消せるのはお前だけだ」
「やめろ…やめてくれ…」
「相良…頼む」
「嫌だ...嫌だ...」
崩れ落ちたままの相良。
「相良...すまねえ!」
次の瞬間。
佐々木が相良を引き起こし羽交い絞めにする。
「なっ、!?」
その動きに合わせるように黒い塊を持ち上げる。
塊がわずかに動き震える。
苦しそうに呻きその瞳が相良を見た。
「...待て!やめろ!放せ!!」
必死に抵抗しようとする相良。
懸命に押さえつける佐々木。
田中の動きに迷いはない。
悪魔を相良の口へと押し込んでいく。
「やめろぉぉぉぉ!!!」
北条だったものが相良の中へと流れ込んでいく。
冷たく、苦く、そして重い。
不気味な感覚が喉を奥へと沈んでいく。
吐き気、頭痛、腹痛。
重苦しい絶望。
そして何より自分が取り返しのつかないことをしたという感覚。
相良は床に手をついた。
「うっ...うぁぁ…」
吐こうとした。
でも何も出ない。
飲み込んだものはすでに身体の中にあった。
誰も言葉を発しない。
田中も。
佐々木も。
金澤も。
赤峰も。
誰一人何も...。
ただ苦しむ相良を見つめていた。
相良は絶望の中で思う。
もう普通には戻れない。
失った普通は戻ってこない。
そんな気がしていた...。
「…なんで...なんでこんな事に...」
志水、湊、そして北条...悪魔。
自らの手でその存在を消し去った。
普通の高校生活を送りたいだけだった。
別に何も特別な事を望んではいない。
それなのに自分の周りには悪魔がいて...そして相良の中に消えていく。
絶望する相良に田中が答えた。
「この世界に悪魔がいるからよ」
淡々とした口調。
そこに感情は感じられない。
ただ現実を伝えるだけのナレーション。
しかし相良は首を横に振る。
「...違う...そんなの…」
相良の言葉に出来ない感情があふれる。
佐々木が相良の前に立った。
「やらなきゃ人が悪魔に殺られるんだ」
その言葉には迷いがない。
悪魔ハンターとしての信念だった。
だが相良は目を伏せたままつぶやく。
「それでも...」
唇が震える。
「先生......北条...さん...」
助けることが出来なかった。
結局食べてしまった。
その現実が相良の胸を締め付ける。
その時、ふわりと包み込まれる感触。
誰かが後ろから相良を優しく抱きしめた。
「......え?」
振り返れなかった。
ただ聞こえてきたのは聞きなれた穏やかな声だった。
「相良君...」
赤峰。
彼女はまるで幼い子をあやすようにやさしく囁いた。
「良いんです」
相良の身体から力が抜けていく。
「そのままで」
「……そのまま?」
「ええ」
赤峰の声はどこまでも甘く、そして優しかった。
「そのまま絶望に身をゆだねるんです」
言葉が耳に染み込んでいく。
「…絶望に…」
相良の視界がゆっくりと暗く沈んでいく。
黒く染まった世界。
静かで。
温かい闇。
そこには誰もいない。
誰にも責められない。
誰にも期待されない。
相良一人だけの世界。
心地よかった。
「相良!」
佐々木が叫んだ。
「さ、相良!?」
相良は返事をしない。
その身体は眠るように闇へと沈んでいく。
田中が赤峰を睨みつけ叫んだ
「佐々木君!相良君から赤峰さんを引き離して!!」
「どういうことだ!?」
田中は赤峰から芽を離さない。
その瞳には強い確信があった。
「赤峰さん...あなた...」




